第二十七話「廃棄概念リサイクルショップ『カルマ』」
>視点座標:nの次元 NCity 廃棄概念リサイクルショップ「カルマ」
>話者:来店者・複数
>記録取得方法:来店記録および在庫台帳からの直接抽出
——一「来店者・NCity在住個体 入店記録」
扉を開けたら、匂いがした。
黴と錆と紙と、もう一つ別の何かが混ざった匂いだった。
照明が薄かった。
棚が並んでいた。木製の棚が、壁際と中央に並んでいた。
棚に商品が並んでいた。
一番手前の棚を見た。
手紙が並んでいた。値札がついていた。値札の数字が読めなかった。読もうとするたびに形が変わった。
手紙を一通手に取った。
「いつ手に取ったのか覚えていません」と言った。
カウンターの奥で本を読んでいたニ諦が、目を上げなかった。
「手に取った瞬間に支払いは完了しています」とニ諦が言った。
——二「在庫台帳・抜粋」
品番:KM4,441,000,001
品名:起動しないタイムマシン
第7,441番世界線の発明家が生涯をかけて製作した。
完成の翌日、世界線が終了した。
起動したことが一度もない。
外観は完全に動作するように見える。
実際に完全に動作する。
ただし行き先がない。
代償:来世の記憶 一ページ分
品番:KM4,441,000,002
品名:片方だけの靴下
第3,001番世界線の子どもの所持品。
洗濯中にもう片方を失った。
探しているうちに世界が終わった。
もう片方は現存しない。
もう片方が存在した世界線も現存しない。
代償:紛失した記憶 一件分
品番:KM4,441,000,003
品名:遺書 差出人不明
差出人不明。宛先不明。世界線不明。
書かれた日付のみ読める。
日付は世界線終了の前日と一致する。
読んだ者は何かを感じる。
感じた内容は読んだ者によって異なる。
内容は記録しない。
代償:読んだ記憶の最も大切な部分
品番:KM4,441,000,004
品名:最後の一票
第19,004番世界線の最終選挙において、集計終了後に発見された票。
投票先は記録されている。
選ばれなかった。
世界は終わった。
この票が何を変えたかは確定しない。
代償:「もし違っていたら」という思考 一回分
品番:KM4,441,000,005
品名:完成しなかった楽譜
第44,441番世界線の作曲家が完成の三日前に世界ごと消えた。
三分の二まで書かれている。
補完を試みた者が七名いる。
全員が諦めた。
諦めた理由は七名全員が異なる。
補完された楽譜は存在しない。
代償:未完成のまま終わったことの記憶 一件分
品番:KM4,441,000,006
品名:黒歴史(世界線規模)
引き出しに封入。
内容:ある世界線において、ある個体が別の個体を傷つけた記録。
傷つけた側の視点から記録されている。
理由、経緯、後悔、取り返せなかった事実を含む。
購入者の記憶として流入する。
流入後、元の記憶との区別がつかなくなる。
代償:購入者自身の黒歴史 一件分
品番:KM4,441,000,007
品名:世界線終了一秒前の沈黙
固形化されている。
形は不定。
触れると周囲の音が消える。
消えている間、来世がないかもしれないと感じる。
感じている間は正確。
代償:音がして安心した記憶 一件分
品番:KM4,441,000,008
品名:誰にも渡せなかったプレゼント
第1,004番世界線。包装済み。
誰が誰のために用意したかは記録されている。
記録は読めない。
渡せなかった理由のみ読める。
理由:世界が終わったため。
代償:誰かに渡したかったものの記憶 一件分
品番:KM4,441,000,009
品名:終わった世界線の最後の朝日
第7,411番世界線終了時の日光を瓶に封入。
橙色。現在も動いている。
開封すると最後の朝の匂いがする。
匂いの内容は開封者によって異なる。
開封した者は全員泣いた。
理由を説明できた者は一名もいない。
代償:朝が来ると思っていた日の記憶 一件分
品番:KM4,441,000,010
品名:最後に食べたバーガーの包み紙
世界線不明。金色。内側に甘い匂いが残存。
入荷経緯:記録しない。
代償:記録しない。
——三「来店者・第一号の再来店」
最初に来た個体が、また来た。
「また来ましたね」とニ諦が言った。本から目を上げなかった。
「何が欲しいか分からないが、来たかった」と来店者が言った。
「KM4,441,000,001の代償で来世の記憶を失いましたから」とニ諦が言った。「補充したいのでしょう」
「そうかもしれません」と来店者が言った。
「KM4,441,000,010を見ましたか」とニ諦が言った。
「代償が書いてありませんでした」と来店者が言った。
「知っています」とニ諦が言った。
「代償は何ですか」と来店者が言った。
「手に取った後に分かります」とニ諦が言った。
「分かった時には遅いということですか」と来店者が言った。
「そうです」とニ諦が言った。
来店者がC区画に向かった。
金色の包み紙の前で止まった。
手を伸ばした。
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補充記録No.027
分類:NCity施設記録(廃棄概念リサイクルショップ「カルマ」)
記録管理:NCity施設台帳
カルマの機能:
因果律プレス工場での処理後に残った、
素材として使用できないが廃棄もできない概念の
保管・販売施設。
販売による代償の徴収が廃棄の代替手段として機能する。
購入者の記憶・感情と概念が相殺されることで消滅する。
店主・ニ諦について:
全在庫の代償と購入者の反応を事前に把握している。
適切な代償設定が相殺の成立条件であるため、
ニ諦以外に店主が務まる個体は存在しない。
KM4,441,000,010について:
代償を記録しない理由:
ニ諦が代償を知っており、記録する必要がないと判断した。
代償の内容については記録しない。
再来店個体がKM4,441,000,010に手を伸ばした結果:
記録しない。
ただし本日付でKM4,441,000,010の在庫数が一つ減った。
在庫切れ、なし。
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