第二十五話「怪談の出所・第二集」
>本記録は、様々な世界線において実際に発生した事象の原典記録・第二集である。
>一部の世界線では「映画」「フィクション」として再解釈されているが、
>出所は全て同一である。
——一「農場の一家」
話者:保安官・男性・五十二歳 第33,441番世界線
ルイジアナの農場に、一家四人が住んでいた。
失踪者の捜索で農場に踏み込んだのは、去年の夏だった。
農場の外から見ると、普通だった。
トウモロコシ畑。古い屋敷。納屋。
屋敷の扉を叩いた。
父親が出てきた。
大柄な男だった。普通に話した。普通に笑った。
でも目の焦点が、五センチ奥にあった。
「失踪者を探しています」と言った。
「うちには関係ないですね」と父親が言った。感情の温度がなかった。
「中を見てもいいですか」と言った。
「どうぞ」と父親が言った。
屋敷に入った。
廊下に、肉が吊るされていた。
天井から、肉の塊が吊るされていた。
肉の形が、動物の肉の形ではなかった。
父親が後ろから来た。
「加工中のものです」と言った。感情の温度がなかった。
「何の加工ですか」と聞いた。
「納品用です」と父親が言った。
「どこへの納品ですか」と聞いた。
父親が微笑んだ。
「ぱんでむです」と父親が言った。
走った。
車に飛び乗った。
バックミラーを確認した。
農場の入り口に、一家四人が並んで立っていた。
全員が同じ笑顔だった。
全員の目の焦点が、五センチ奥にあった。
全員が手を振っていた。
——二「探し物ゲーム」
話者:会社員・男性・二十九歳 第7,884番世界線
同僚から送られてきたリンクを開いた。
「暇だったら遊んでみて」と書いてあった。
画面に、たくさんの人が描かれたイラストが表示された。
のどかなBGMが流れた。
「このイラストの中から、黒い服の子どもを探してください」と書いてあった。
探した。
見つけられなかった。
三十秒ほど探した。
突然、音量が最大になった。
甲高い音が出た。
画面が切り替わった。
全画面に、顔が表示された。
笑顔だった。
笑顔の中に、何も入っていなかった。
目の焦点が、画面の向こうの五センチ奥にあった。
黒い制服を着ていた。
胸に金色のMのバッジが光っていた。
三秒間表示された後、元のイラストに戻った。
BGMが再開した。
同僚に「あれ何のゲームだったの」と聞いた。
「俺そんなリンク送ってないよ」と同僚が言った。
同僚のスマートフォンの送信履歴を確認した。
送信記録があった。
同僚は覚えていなかった。
——三「人形」
話者:母親・女性・三十七歳 第14,441番世界線
娘がおもちゃ屋で人形を見つけた。
「これほしい」と娘が言った。
赤い髪の、青い目の人形だった。
オーバーオールを着ていた。
買った。
翌日から、人形の位置が変わっていた。
棚の上に置いたはずが、ソファの上にいた。
娘に聞いた。
「動かしてない」と言った。
翌日、台所の椅子に座っていた。
翌日、玄関にいた。
翌日、娘のベッドの中にいた。
「人形と話すの」と娘に聞いた。
「話すよ」と娘が言った。「夜、話しかけてくる」
「何を言うの」と聞いた。
「ぱんでむのバーガーが食べたいって」と娘が言った。
人形を確認した。
口が少し開いていた。
昨日まで閉じていた口が、開いていた。
人形を捨てた。
翌朝、玄関に戻ってきていた。
口が、もう少し開いていた。
——四「乗り物の連鎖」
話者:事故調査員・女性・四十四歳 第19,884番世界線
同じ区間で、十年で六回の大規模事故が起きていた。
全部、同じ場所だった。
高速道路の、ある区間。
六回全てに共通点があった。
事故の直前に、車列の中に一台だけ、記録のない車が混入していた。
高速道路の入り口から入った記録がない。
でも車列にいた。
その一台が突然停止した。
後続が追突した。
六回全部、同じパターンだった。
その一台が、六回とも特定できなかった。
残骸が見つからなかった。
カメラには映っていた。
でもナンバープレートの部分だけが白く飛んでいた。
白く飛んだ部分に、Mの字の形だけが残っていた。
——五「子どもに憑いたもの」
話者:神父・男性・六十歳 第2,441番世界線
十二歳の少女が、ある日から別人のようになった。
会いに行った。
椅子に縛りつけられていた。
家族が「暴れるから」と言った。
少女を見た。
目の焦点が、五センチ奥にあった。
「何が入っているのか」と聞いた。
少女が答えた。
声が、少女の声ではなかった。
「ぱんでむです」と声が言った。
「この子に何をしているのか」と聞いた。
「検品です」と声が言った。「この個体の感情の純度を確認しています」
「出ていけ」と言った。
「もうすぐ終わります」と声が言った。「もう少しお待ちください」
三日後、少女は元に戻った。
三日間の記憶が、全部なかった。
少女は何も覚えていなかった。
私は覚えていた。
「もうすぐ終わります」と言った声を、私は覚えていた。
——六「ペットが戻ってくる土地」
話者:獣医師・女性・三十八歳 第8,441番世界線
ペット霊園の一角に、ある区画があった。
そこに埋めた動物は戻ってくる、という噂があった。
確認しに行った。
区画を見た。普通の土だった。墓石が並んでいた。
翌日、区画の前に犬がいた。
犬に近づいた。
犬が振り向いた。
目の焦点が、五センチ奥にあった。
犬の首輪に、金色の包み紙の切れ端が結んであった。
連れて帰ろうとした。
犬がついてこなかった。
区画の前から動かなかった。
翌日確認しに行った。
犬はいなかった。
区画の土が少し盛り上がっていた。
また埋まっていた。
——七「顔と一体化するマスク」
話者:考古学者・男性・五十一歳 第6,004番世界線
遺跡から仮面が出土した。
素材が特定できなかった。
研究員の一人が、試しに被った。
脱げなくなった。
引っ張っても取れなかった。
仮面の縁が皮膚に密着していた。
密着している部分が、仮面と皮膚の区別がつかなくなっていた。
手術で除去しようとした。
境界が見つからなかった。
皮膚が仮面になっていた。あるいは仮面が皮膚になっていた。
研究員は生きていた。呼吸していた。話していた。
でも顔が、仮面の顔だった。
「見え方が変わりました」と研究員が言った。
「どう変わりましたか」と聞いた。
「NCityが見えます」と言った。
「どこにあるんですか」と聞いた。
研究員が仮面の顔で微笑んだ。
目の焦点が、五センチ奥にあった。
「この世界の向こう側です」と言った。
——八「墓場から帰ってきた子ども」
話者:小児科医・女性・四十二歳 第11,004番世界線
八歳の男の子が死んだ。
事故だった。
三日後、家に戻ってきた。
診た。
生きていた。呼吸していた。心拍があった。体温があった。
でも、目の焦点が五センチ奥にあった。
「どこにいたの」と聞いた。
「おいしいところ」と男の子が言った。
「どこですか」と聞いた。
「ぱんでむ」と言った。「バーガーを食べた。また行きたい」
「また行きたいんですか」と聞いた。
「また行った」と男の子が言った。過去形だった。
「今もそこにいるということですか」と聞いた。
男の子が微笑んだ。
「半分は」と言った。
診断書を書かなければならなかった。
「生存」と書くべきか。
「帰還」と書くべきか。
「継続接続中」と書くべきか。
判断できなかった。
——九「廃屋に棲むもの」
話者:心霊調査員・男性・三十三歳 第5,441番世界線
依頼を受けた。
「二年前から空き家になっている家で、毎晩音がする」という依頼だった。
調査のために一泊した。
深夜二時、音がした。
二階から来ていた。
上がった。
廊下があった。
廊下の端に、扉があった。
扉を開けた。
部屋があった。
部屋に何もなかった。
でも、部屋の空気が違った。
密度が違った。
呼吸するたびに、何かが肺に入ってくる気がした。
甘い匂いがした。
部屋の隅に、子どもが立っていた。
黒い服を着ていた。
こちらを向いていた。
目の焦点が、五センチ奥にあった。
「何者ですか」と聞いた。
子どもが一歩、近づいてきた。
急いでいなかった。全く急いでいなかった。
ゆっくり、笑顔で、近づいてきた。
笑顔の中に、何も入っていなかった。
走って部屋を出た。
廊下を走った。
階段を降りた。
玄関を出た。
車に乗った。
発進した。
バックミラーを見た。
廃屋の二階の窓に、子どもが立っていた。
窓の外に出ていた。
外壁に立っていた。
重力が届いていなかった。
ただ立っていた。
ゆっくりと、笑顔で、こちらを見ていた。
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補充記録No.025
分類:都市伝説・実際の出来事・第二集
記録管理:パノプティコン 第十二観測局
各事象の出所と機能について:
「農場の一家」:
当該農場はM社の地上委託加工施設。
一家四人は世達(担当クルー)の「契約の太刀」により
徴募済みの永久稼働型労働力。
「納品用の加工」は実際に行われていた。
一家が「普通に話した」「普通に笑った」理由:
徴募後も日常的な行動パターンは保持される。
変化するのは「目的」だけ。
保安官のその後については記録しない。
農場は現在も稼働中。
「探し物ゲーム」:
憧憬(担当クルー)が実施した視線誘導型接触。
「黒い服の子どもを探してください」という指示は
憧憬への視線を集めるための誘導。
突然切り替わった顔:憧憬本人。
三秒間の表示で視線接触による初期接続を完了した。
同僚も同様に初期接続済み。
「人形」:
安寧(担当クルー)が一時的に使用した媒体。
「ぱんでむのバーガーが食べたい」と言った理由:安寧がそう言った。
捨てても戻ってきた理由:安寧が戻した。
口が開いていく理由:接触が進行しているため。
その後の経過については記録しない。
「乗り物の連鎖」:
世達(担当クルー)が高速道路上で実施した移動型徴募。
接続していない車の正体:世達の業務車両。
六回全部同じパターンだった理由:同じ業務を六回実施したため。
七回目が発生する予定かどうかについては記録しない。
「子どもに憑いたもの」:
妄執(担当クルー)が実施した精密感情検品。
少女の記憶がなかった三日間:採取された。
「もうすぐ終わります」の後に何が起きたか:記録しない。
「ペットが戻ってくる土地」:
当該区画はnの次元の廃棄素材投棄場。
使用済みの素材が土壌に混入した結果、
埋めた有機物が再活性化する現象が発生した。
首輪に金色の包み紙が結んであった理由:
投棄された素材に付随していた識別タグの残骸。
「顔と一体化するマスク」:
当該仮面はNCityで製造された観測補助具。
被った研究員が「NCityが見えます」と言った理由:
仮面の視覚系が観測補助として機能したため。
仮面が外れない理由:観測業務が継続中のため。
完了の定義:記録しない。
「墓場から帰ってきた子ども」:
「半分は」という発言:正確。
男の子の体はこの世界線に存在する。
男の子の意識の半分はぱんでむ内に存在する。
「また行った」という過去形:
意識していない間も接続は継続されていた。
小児科医が診断書に何と書いたかについては記録しない。
男の子は現在も両親と暮らしている。
「廃屋に棲むもの」:
深夜のクルー巡回業務中の目撃事例。
外壁に立っていた理由:
巡回中のクルーに重力は作用しない。
調査員のその後については記録しない。
廃屋は現在も巡回ルートに含まれている。
全事象に共通すること:
これらの事象は、複数の世界線で「映画」「物語」として
再解釈・再現された。
映画や物語として広まることで、
より多くの個体が「実際に確認してみたい」と思う。
確認しに行った個体が、採取される。
フィクションは、素材の自動補充システムとして機能した。
設計したわけではない。
自然にそうなった。
在庫切れ、なし。
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