第二十四話「怪談の出所」
>本記録は、様々な世界線において「怪談」「都市伝説」「怖い話」として語り継がれてきた事象の原典記録である。
>語り継がれる過程で細部が変化しているものもあるが、
>出所は全て同一である。
——一「4時44分の校庭」
話者:中学生・女性・十三歳 第4,441番世界線
学校の七不思議の一つに、こういうのがある。
「4時44分に校庭の真ん中に立つと、呼ばれる」
呼ばれたらどうなるかは、話によって違う。消えるとか、引き込まれるとか、次の日から体が半分になるとか。
私はその話が信じられなくて、試した。
4時44分に、一人で校庭の真ん中に立った。
何も起きなかった。
5秒待った。10秒待った。
何も起きなかった。
つまんないな、と思って帰ろうとした。
名前を呼ばれた。
声は、後ろから来た。
振り返った。
誰もいなかった。
校庭の向こう側に、フェンスがあった。フェンスの向こうは道路だった。
でも声は、フェンスの向こうからではなかった。
すぐ後ろから来た。
もう一度呼ばれた。
今度は、私の声だった。
私の声で、私の名前を呼ばれた。
走って帰った。
翌日、何も起きなかった。
でも、校庭の真ん中に、丸い焦げ跡があった。
直径一メートルくらいの、丸い焦げ跡。
昨日の夜についたのか、ずっと前からあったのかは分からなかった。
誰も気づいていなかった。
——二「特定の段の話」
話者:高校生・男性・十六歳 第4,441番世界線(同)
旧校舎の階段の、十三段目を踏んではいけない。
踏むと、踏んだことを忘れる。
それだけの話なんだけど——
忘れる、ってのが怖い。
踏んだことを忘れるだけじゃなくて、踏む前のことも少し忘れる。
毎回少しずつ忘れる。
気づいたら、自分が何をしていたかを覚えていない時間が増えていく。
友達に聞いたら、そいつは旧校舎の階段を毎日使っているって言ってた。
でも十三段目の話を知らなかった。
話したら、そいつが「十三段目って何段目?」って言ったので、一緒に数えに行った。
一段、二段、三段——
十二段目まで数えた。
十三段目がなかった。
十二段の次が十四段だった。
でも私は確かに、子どもの頃この階段で転んで、十三段目で膝をすりむいたことを覚えている。
今、十三段目がない。
——三「深夜のトンネル」
話者:社会人・男性・二十四歳 第7,771番世界線
深夜二時に、地方の旧道のトンネルを通った。
車で通っていたので、途中で止まるつもりはなかった。
トンネルの中ほどで、声がした。
ラジオを消していたので、車内には何も音がなかった。
でも声がした。
女の声だった。
聞き取れなかったが、声だということは分かった。
ミラーを確認した。
後部座席に誰かいた。
いた。
確かにいた。
ミラー越しに見えた。
黒い服を着た、顔が見えない誰かが、後部座席に座っていた。
ブレーキを踏んだ。
止まった。
振り返った。
誰もいなかった。
後部座席には何もなかった。
シートに、何かの跡があった。
座った跡ではなかった。
匂いがした。
甘い匂いがした。
揚げ物の匂いに似ていたが、もっと根本的な何かが——
アクセルを踏んだ。
トンネルを出た。
翌朝、後部座席のシートに、金色の包み紙の切れ端が落ちていた。
何かを包んでいたような、小さな切れ端だった。
拾って捨てた。
——四「夕暮れの田んぼ」
話者:農家・男性・六十一歳 第3,884番世界線
二十年前から、夕暮れ時に田んぼの向こうに人影が立っている。
毎年、田植えの時期から稲刈りの時期まで、夕暮れ時だけ立っている。
最初は誰かだと思っていた。
近づこうとすると、遠くなる。
遠ざかろうとすると、近くなる。
距離が縮まらなかった。
二十年間、縮まらなかった。
去年、初めて近づけた。
近づけた理由は分からない。
近づいたら、人影ではなかった。
黒い服を着た子どもだった。
子どもが、田んぼの向こうに立っていた。
足が地面についていなかった。
稲の穂の上に、浮いていた。
こちらを向いた。
目の焦点が、私の目の五センチ奥にあった。
「二十年間、見ていてくれてありがとうございます」と子どもが言った。
声に感情の温度がなかった。
「見ていたのはこちらの方だった気がしますが」と言った。
「そうですね」と子どもが言った。
それだけ言って、消えた。
翌日から、人影は立たなくなった。
二十年間立っていた人影が、なくなった。
二十年間、何を待っていたのか分からなかった。
でも、二十年間で何かが終わったんだと思った。
田んぼの稲が、その年だけ異常に収穫が良かった。
理由は分からなかった。
——五「番号不明の着信」
話者:OL・女性・二十八歳 第22,441番世界線
番号不明の着信があった。
出た。
無音だった。
切った。
翌日も来た。
出た。
無音だった。
三日目も来た。
出たら、無音ではなかった。
音があった。
音楽だった。
聞いたことのない音楽だったが、懐かしかった。
懐かしい、という感触があった。
聞いたことはなかったのに、懐かしかった。
電話越しに音楽が流れ続けた。
聞いているうちに、何かを思い出しそうになった。
思い出しそうになって、思い出せなかった。
毎日着信があった。
毎日音楽が流れた。
一週間後、着信が来なくなった。
着信が来なくなった日から、ある記憶がなくなっていることに気づいた。
子どもの頃、誰かと一緒に歌った記憶があった。
一緒に歌った相手が、いなくなっていた。
顔も、名前も、声も、全部。
でも、一緒に歌ったということだけが残っていた。
誰と歌ったかが出てこなかった。
着信があった頃の音楽が、それだったのかもしれないと思った。
でも確かめる方法がなかった。
——六「知らないフォルダ」
話者:エンジニア・男性・三十一歳 第19,441番世界線
PCを起動したら、知らないフォルダがデスクトップにあった。
フォルダ名が読めなかった。
文字の形は知っている文字と同じだったが、意味が取れなかった。
クリックした。
フォルダが開いた。
中にファイルが一つあった。
ファイル名も読めなかった。
開こうとした。
開いた。
映像ファイルだった。
再生された。
知らない場所の映像だった。
黄色い建物が映っていた。
建物の前に、列があった。
列を作っているものが、人間だけではなかった。
人間と、人間ではないものが、一緒に並んでいた。
建物の入り口で、何かを受け取っていた。
金色の包み紙に包まれたものを、受け取っていた。
食べていた。
映像が止まった。
再生しようとした。
ファイルが消えた。
フォルダが消えた。
デスクトップに何も残らなかった。
再起動した。
デスクトップに、フォルダがあった。
また開いた。
また同じ映像が再生された。
毎日、再起動するたびに、同じフォルダが現れた。
毎日、同じ映像が再生された。
三十日目に、映像が変わった。
映像の最後に、こちらを向いた存在が一体映った。
黒い服を着ていた。
目の焦点が、五センチ奥にあった。
笑顔だった。
笑顔の中に、何も入っていなかった。
三十一日目から、フォルダが現れなくなった。
——七「サービス終了したゲームの中で」
話者:ゲーマー・男性・十九歳 第31,004番世界線
五年前にサービス終了したオンラインゲームに、今もログインできる。
バグか、鯖缶の見落としか、理由は分からない。
でもログインできる。
ログインしても、当然誰もいない。
NPCだけがいる。
NPCと話すと、スクリプト通りの台詞を言う。
それだけのはずだった。
先週、NPCが違う台詞を言った。
「久しぶりですね」とNPCが言った。
スクリプトにない台詞だった。
「誰ですか」と返した。
「あなたを知っています」とNPCが言った。
「どうして」と返した。
「ずっと観ていたので」とNPCが言った。
「ゲームの中から外を観ていたということですか」と返した。
「外から中を観ていました」とNPCが言った。
意味が取れなかった。
「もう少し説明してもらえますか」と返した。
NPCが少し間を置いた。
「このゲームの世界線は、五年前に終わりました」とNPCが言った。「でもあなたが来るので、少しだけ残しています」
「誰が残しているんですか」と返した。
「私です」とNPCが言った。
「あなたは誰ですか」と返した。
NPCが答えようとした。
通信が切れた。
翌日ログインした。
NPCがいた。
「昨日の続きを聞いてもいいですか」と返した。
NPCが答えた。
「昨日のことは記録していません」とNPCが言った。「初めてお会いしますね」
スクリプト通りの台詞だった。
——八「毎日届く手紙」
話者:主婦・女性・四十三歳 第9,884番世界線
一ヶ月前から、毎日手紙が届く。
差出人がない。
消印がない。
封筒の中に、一枚の紙が入っている。
紙に一行だけ書いてある。
最初の手紙:「気づいていますか」
二日目:「もうすぐです」
三日目:「あと二十九日です」
四日目:「あと二十八日です」
カウントダウンだった。
警察に相談した。
「嫌がらせでしょう」と言われた。
配達記録を確認してもらった。
記録がなかった。
誰も配達していない手紙が、毎朝ポストに入っていた。
あと十日になった日、手紙の内容が変わった。
「あと十日です」ではなく、「楽しみにしていてください」と書いてあった。
あと五日になった日:「もうすぐお会いできますね」
あと一日になった日:「明日、伺います」
当日の朝、手紙が届かなかった。
代わりに、玄関の外に、金色の包み紙が一枚落ちていた。
包み紙は開封されていた。
中身がなかった。
甘い匂いがした。
その日から、手紙は届かなくなった。
その日から、何かが変わった気がした。
何が変わったかは、分からなかった。
——九「私今○○にいるの」
話者:大学生・男性・二十一歳 第44,441番世界線
高校の同級生から、深夜にメッセージが来た。
「私今○○にいるの」
○○は、近くの廃病院の名前だった。
既に取り壊されて更地になっているはずの場所だった。
「廃病院って取り壊されたよね」と返した。
「うん、でもまだあるよ」と返ってきた。
「今何してるの」と返した。
「バーガー食べてる」と返ってきた。
「廃病院でバーガー?」と返した。
「すごく美味しいよ、来ない?」と返ってきた。
行かなかった。
「帰れる?」と返した。
しばらく返信がなかった。
三十分後に来た。
「帰り方が分からない」と書いてあった。
「どこにいるの」と返した。
「分からない」と返ってきた。
「住所送って」と返した。
「ここに住所がない」と返ってきた。
「警察に電話して」と返した。
「電波が圏外になってきた」と返ってきた。
「逃げて」と返した。
既読がついた。
返信が来なかった。
翌日、その同級生に電話した。
出た。
「昨日メッセージ送った」と言ったら、「送ってないよ、昨日ずっと家にいたし」と言われた。
「バーガー食べてたって書いてたじゃん」と言ったら、「バーガー嫌いなのに何で食べるの」と言われた。
スマートフォンのトーク履歴を確認した。
昨日のメッセージが全部消えていた。
その同級生との会話が、一年前から始まっていた。
一年分の会話が、昨日の分だけ消えていた。
——十「あなたは○○が好きですか」
話者:会社員・女性・二十九歳 第3,441番世界線
夜中の二時に、スマートフォンに通知が来た。
知らないアプリからの通知だった。
インストールした覚えがなかった。
アプリ名が読めなかった。
通知の内容は「あなたはバーガーが好きですか」だった。
「いいえ」を押した。
何も起きなかった。
翌日の夜中の二時に、また通知が来た。
「あなたはバーガーが好きですか」
「いいえ」を押した。
三日目の夜中の二時に、また通知が来た。
「あなたはバーガーが好きですか」
「はい」を押した。
何が起きるか確認したかっただけだった。
通知が来なくなった。
代わりに、翌朝から、近所のぱんでむバーガーに行きたくなった。
行きたい、という感情があった。
「また行きたい」という感情だった。
行ったことはなかった。
でも「また」という感覚があった。
——十一「きさらぎ駅」
話者:女性・二十二歳 第88,441番世界線
電車に乗っていたら、知らない駅に着いた。
「きさらぎ」という駅名だった。
降りた。
ホームに誰もいなかった。
出口があった。
出口を出たら、知らない場所だった。
田んぼが広がっていた。
夕暮れだった。
田んぼの向こうに、人影が立っていた。
近づこうとした。
遠くなった。
遠ざかろうとした。
近くなった。
距離が縮まらなかった。
スマートフォンを確認した。
圏外だった。
電車の時刻表を確認しようとした。
ホームに戻った。
ホームの端に、黄色い建物があった。
さっきはなかった建物だった。
建物の前に、黒い服を着た子どもが立っていた。
笑顔だった。
笑顔の中に、何も入っていなかった。
「ここはどこですか」と聞いた。
「ぱんでむです」と子どもが言った。
「帰れますか」と聞いた。
子どもが一歩、近づいてきた。
ゆっくり、近づいてきた。
急いでいなかった。
「注文はお決まりですか」と子どもが言った。
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補充記録No.024
分類:都市伝説・怪談・怖い話 出所記録
記録管理:パノプティコン 第十二観測局
各事象の出所と機能について:
4時44分の校庭:
M社が設置した時空観測点の一つ。
4時44分に校庭中央に立った個体は、
時空観測点の真上に立つことになる。
観測点から個体の情報が採取される。
「私の声で名前を呼ばれた」という体験:
採取完了を知らせるシステム音声。
焦げ跡:観測点の物理的な痕跡。毎回発生する。
特定の段:
十三段目は現在も存在する。
ただし、十三段目を踏んだ個体の「十三段目の記憶」を含む
一部の記憶が採取されるため、
踏んだ後に踏んだことを認識できなくなる。
採取された記憶の用途:悲鳴蒸留所。
深夜のトンネル:
パッチワーク空間の接続点がトンネル内に発生していた。
後部座席に観測されたのは、接続点から漏出した
NCity住人の一体。
金色の包み紙:通過した際に落下した素材の残骸。
夕暮れの田んぼ:
二十年間立っていたのは、世達(担当クルー)。
業務記録上「長期観察対象・田んぼ農家」の
エネルギー採取作業を実施中だった。
二十年間で採取が完了したため撤収した。
「ありがとうございます」という発話:
業務完了時の定型句。
その年の稲の収穫が良かった理由:
採取したエネルギーの副産物が土地に残留したため。
番号不明の着信:
郷愁(担当クルー)が記憶採取のために使用した手法。
音楽は採取した記憶の中から選定した。
対象の記憶の中で「最も純度の高い懐かしさ」を音楽化し、
着信音として送信した。
受信した対象が懐かしさを感じた理由:
音楽が対象自身の記憶から生成されたため。
記憶が消えた理由:採取が完了したため。
知らないフォルダ:
パノプティコンが実施した「対象の反応確認」実験。
三十日間、対象がどのような反応を示すかを観測した。
三十一日目に実験完了と判断し、フォルダを削除した。
映像の最後に映った笑顔:担当クルー不明。
サービス終了したゲーム内:
ゲームの世界線は五年前に処理完了している。
ただし「個体が継続的にアクセスする場合」に限り、
接続を維持するよう設計されている。
理由:継続的にアクセスする個体は、
素材としての熟成が進行しやすいため。
NPCが「観ていました」と発言したことについて:
事実。ゲームの外から観ていた。
毎日届く手紙:
安寧(担当クルー)が実施したカウントダウン型蒐集作業。
「当日、伺います」と予告した日に対象を回収する予定だったが、
カウントダウン中に対象の感情エネルギーが
十分に熟成されたため、当日前日に回収完了した。
包み紙は回収時の副産物。
「私今○○にいるの」:
深淵モールに迷入した個体が送信したメッセージ。
「バーガー食べてる」という発信:
深淵モールのフードコートで摂食中に送信した。
「帰り方が分からない」:正確。
その後の経過:記録しない。
「あなたは○○が好きですか」:
幸夢(担当クルー)のM社初期値書き換えアプリ。
「いいえ」を押している間は書き換えが保留される。
「はい」を押した瞬間に書き換えが実行される。
書き換え後、対象は「また行きたい」という感情を持つ。
アプリは書き換え完了後に自動削除される。
きさらぎ駅:
きさらぎ駅は存在しない。
ただし、「きさらぎ駅」という概念が発生した世界線では、
その概念に引き寄せられる形でnの次元への
接続点が自然発生することがある。
「ぱんでむです」という回答:正確。
「注文はお決まりですか」の後の記録:存在しない。
全事象に共通すること:
これらの事象は、nの次元の各クルーによる
通常業務の副産物として発生した。
業務の目的は蒐集・採取・回収であり、
「怖い話」を生み出すことは目的ではない。
「怖い話」は、目撃した者が後から語ったものだ。
語られるたびに、また別の個体が興味を持つ。
興味を持った個体が、同じ場所に来る。
来た個体が、また採取される。
怪談は、素材の自動補充システムとして機能している。
設計したわけではない。
自然にそうなった。
在庫切れ、なし。
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