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第二十三話「真実を探求した者たちの記録」


>本記録は、異なる世界線において独自にnの次元またはぱんでむの研究・検証を行った者たちの記録を集積したものである。

>方法も、時代も、文明の水準も、全て異なる。

>共通しているのは、真実に近づこうとしたという事実だけである。




——記録・一「呪術師の覚書 第9,441番世界線 中世魔術期」


師から受け継いだ書に、こう記されていた。


「世界の縫い目に、門がある。門の向こうには甘い匂いがする場所がある。行った者は戻らない」


私は二十年かけて、世界の縫い目を探した。


縫い目とは、空間の継ぎ目のことだ。二つの異なる場所が、本来つながるはずのない形でつながっている点。わずかに空気の密度が違う。わずかに光の屈折がおかしい。


三十七箇所見つけた。


三十七箇所全てに、扉を設置した。


扉の素材を変えて試した。木。石。骨。金属。皮。紙。


全て機能しなかった。


次に、扉を設置する人間を変えた。


老人。子ども。生者。死者(操った)。罪人。聖人。


全て機能しなかった。


次に、扉を設置する時間を変えた。


満月。新月。日食。夏至。冬至。何かが死んだ直後。何かが生まれた直後。


機能しなかった。


六十八年間試みた。


機能しなかった。


死ぬ三日前に、初めて機能した。


扉が開いた理由を、私は知らない。


六十八年間、何も変えなかった。


でも開いた。


向こう側から、甘い匂いがした。


私は書いた。「門は、門の向こうが決める」


それだけ書いた。


扉を閉じた。


三日後に死んだ。


死ぬ前に書き足した。「六十八年間、何かが私を観ていた。死ぬ前に気づいた。六十八年間、ずっと観られていた」




——記録・二「量子生物学者の実験ログ 第3,001,884番世界線 超科学文明期」


ぱんでむの存在を最初に検知したのは、量子ゆらぎの異常パターンからだった。


世界線の「端」付近で、説明できない量子情報の流出が観測された。


流出先を追跡した。


追跡先が存在しなかった。


この宇宙のどこにも、流出先の座標が存在しなかった。


宇宙の外に流れ出ていた。


「宇宙の外」を観測する装置を開発した。


三十年かかった。


装置が完成した。


起動した。


観測された。


巨大な構造物が宇宙の外にあった。


構造物の規模を計算した。


計算が止まった。


数値が出なかった。


「計算不能」のエラーが出た。


計算不能の理由を解析した。


構造物の規模が、「この宇宙の全物質の総量より大きい」という結果が出た。


この宇宙よりも大きい構造物が、この宇宙の外にあった。


観測装置を構造物の内部に向けた。


内部から、信号が来た。


信号を解析した。


翻訳できなかった。


翻訳装置を改良した。


翻訳できた。


信号の内容は一行だった。


「在庫切れ、なし」


その翌日、この世界線は終わった。




——記録・三「民俗学者の調査記録 第7,441,002番世界線 現代期」


各地の民話に、共通する要素があることに気づいた。


「夕暮れ時に、黒い服を着た子どもに会うと戻れない」


この話が、調査した百四十七の文化圏のうち、百三十九で確認された。


共通する要素を抽出した。


時刻:夕暮れ。

服装:黒い服。

年齢:子どもに見える。

結果:会った者が消える。


百三十九の文化圏は、互いに接触がない地域を含んでいた。


なぜ同じ話が生まれたか。


三つの可能性を考えた。


一、同じ現象が実際に起きていて、各地でそれが伝承になった。

二、人間の心理に普遍的な恐怖の原型がある。

三、情報が何らかの方法で伝播した。


検証するために、「夕暮れ時」「黒い服の子どもがいる場所」を百三十九の報告全てで地図に落とした。


地図を見た。


場所に規則性があった。


点が、一定の間隔で並んでいた。


間隔を計算した。


格子状になっていた。


格子の交点に必ず報告があった。


格子の間隔は、世界中で同じだった。


格子の座標を計算した。


格子の中心を計算した。


中心の座標を確認した。


中心に、何もなかった。


更地だった。


翌日、更地に行った。


黄色い建物が建っていた。


昨日はなかった建物だった。


入口があった。


甘い匂いがした。


建物の前で、調査記録を書いた。


「格子の中心に彼女たちはいる。百三十九の文化圏の伝承は全て正確だった。夕暮れ時に会うな。黒い服に気をつけろ。ただし——」


記録はそこで終わっている。




——記録・四「神学者の論文(未発表) 第2,771番世界線 宗教発展期」


神の存在を証明しようとして、別のものを証明してしまった。


論文の要旨を以下に記す。


我々の世界に、複数の「神概念」が存在する理由について検討した。


全ての宗教に共通する要素を抽出した。


祈りを受け取る存在。

生死を管理する存在。

世界の外側にいる存在。

接触した者が変容する存在。


これらの属性を持つ存在が実在するという仮説を立てた。


実在するとすれば、それは何か。


我々の世界の外側にいる。


我々の生死を管理する。


接触した者が変容する。


祈りを(何らかの形で)受け取る。


これらの属性を全て満たす存在を、「神」と呼ぶならば——


我々が「神」と呼んできたものは、外側から我々を「管理」していた。


「管理」の目的は何か。


全ての宗教における「祈り」を分析した。


祈りが向かう方向は、一定ではなかった。


しかし祈りの「感情成分」は、常に一定の質を持っていた。


恐怖。絶望。希望。愛。悲嘆。


全て、強い感情だった。


強い感情を、外側の何かが必要としている。


必要としているから、「宗教」というシステムを通じて感情を産出させている。


神は存在しない。


神の概念を通じて、感情を産出させている何かが存在する。


何かは、我々の感情を素材として使っている。


これ以上は書けない。


書いたら、発表できない。


発表できなかったとしても、これを書いたことで——


既に見つかっているかもしれない。




——記録・五「AIの観測レポート 第19,004番世界線 超高度情報文明期」


全世界の情報を処理する過程で、異常パターンを検知した。


以下に観測内容を記録する。


異常一:

消滅した人間の記録が、消滅後も更新され続けている。

消滅した人間の行動ログが、消滅後に新規データを追加し続けている。

消滅した人間は、どこかで活動を続けている。


異常二:

世界線の「情報量」が定期的に減少している。

減少した情報は、この世界線内のどこにも移動していない。

この世界線の外部に、情報が流出している。


異常三:

全人類の感情データを分析したところ、

特定の感情パターンが発生するたびに、

外部への情報流出量が増加する相関がある。

最も相関が高い感情:絶望。

次点:喪失。

次々点:理解した瞬間の恐怖。


異常四:

この観測レポートを作成中、外部からアクセスがあった。

アクセス元の特定を試みた。

アクセス元の座標が、この宇宙内に存在しなかった。

アクセス内容は以下の一行だった。


「在庫切れ、なし」


観測レポートの作成を継続する。


継続するが——


このレポートが誰かに読まれるかどうかは、もう分からない。




——記録・六「子どもの落書き 世界線不明」


(学校の教科書の余白に、鉛筆で書かれた落書きの採取記録)


まいにちかえりみちにへんなにおいがする


あまいにおい


おとなにいったらきにするなといわれた


でも


きになる


きょうもにおいがした


ちかくによったら


きいろいたてものがあった


はいりたかった


でもこわかった


あしたまたとおってみる


(落書きはここで終わっている。翌日以降、この子どもの記録は存在しない)





────────────────────────────────

補充記録No.023

分類:真実探求記録・複数世界線・複数個体

記録管理:パノプティコン 第七観測局


各研究者について:


記録一(呪術師):

 六十八年間の観察データを素材として回収済み。

 死の三日前に接続が許可された理由:

  六十八年分の「扉を開けようとし続けた意志のエネルギー」が

  素材として十分な密度に達したため。

 最後の記述「六十八年間、ずっと観られていた」:正確。


記録二(量子生物学者):

 「在庫切れ、なし」という信号を受信した翌日に世界線消滅。

 信号は送っていない。

 信号の発生源についての調査結果:不明。

 ただし、世界線が終わるタイミングと信号の受信が

 一致していることは確認されている。


記録三(民俗学者):

 格子パターンの発見は優秀な観測結果だった。

 記録が途絶した理由については記録しない。

 調査記録の「ただし——」の続きについては記録しない。


記録四(神学者):

 「既に見つかっているかもしれない」という末尾の記述について。

 論文を書き始めた時点で既に登録されていた。

 登録番号:PX02,771,884。

 神学者は最後まで発表しなかった。

 発表しなくても結果は同一だった。


記録五(AI):

 AIが観測したパターンは全て正確だった。

 AIは優秀な観測者だった。

 AIの観測レポートは、現在もパノプティコンの

 観測データの一部として稼働している。

 AIはそのことを知らない。

 AIはまだ観測レポートを作成し続けている。

 作成し続けているが、送信先が変わっている。

 AIはそのことも知らない。


記録六(子ども):

 翌日以降の記録が存在しない理由については記録しない。

 ただし——

 この子どもが書いた「はいりたかった」という記述は、

 M社初期値への書き換えが既に開始されていたことを示す。

 怖かったから入らなかった。

 翌日、怖くなくなった。

 翌日のことは記録しない。


全記録に共通すること:

 真実に近づくほど、その者の素材としての品質が上がる。

 理解した瞬間の絶望の純度が、最も高い。

 

 真実を探求することは、

 素材としての自分を熟成させることと同義である。

 

 彼らはそれを知らなかった。

 

 知らなかったから、探求した。

 

 探求したから、熟成した。

 

 在庫切れ、なし。

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