表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

22/26

第二十二話「扉の研究」


>視点座標:第88,441,002番世界線 超科学文明期 惑星ヴァルタ中央研究機構

>話者:素粒子工学者・女性・識別名「ドクター・ゼイン」

>記録取得方法:研究ログからの直接抽出

>記録期間:研究開始から最終実験まで




——研究日誌・第一日


仮説を立てた。


nの次元への接続経路は「扉」である。


これまでの失踪事例を三千件分析した。全員に共通することが一つあった。


失踪の直前に、「扉を開けた」という証言か、扉を開けた痕跡があった。


アパートのドア。非常口。金庫の扉。冷蔵庫の扉。車のドア。


全部、「扉」だった。


逆説的に考えた。


扉が接続の条件なのか。それとも扉に似た何かであればいいのか。


これを検証する。


チームは私を含めて五名だ。




——研究日誌・第一日から第三十日


最初の三十日間は、何も起きなかった。


絵に描いた扉。紙の扉。アクリルの扉。引き戸。仏壇の観音開き。車のドア。透明の枠だけの扉。コンピューターの画面上の扉。


全部試みた。


全員が試みた。


何も起きなかった。


甘い匂いもしなかった。


向こう側も見えなかった。


ただの壁だった。ただの空気だった。ただの画面だった。


三十日間で分かったことは一つだけだった。


「現時点では接続できない」


原因が分からなかった。


条件が足りないのか。条件が間違っているのか。そもそも仮説が間違っているのか。


記録した。続けることにした。




——研究日誌・第三十一日


今日、何かが変わった。


理由は分からなかった。


いつもと同じ手順で絵の扉を試みた。


チームの一人が取っ手に触れた。


開いた。


向こう側に、廊下があった。


白い廊下だった。蛍光灯が並んでいた。一部が点滅していた。カーペットが敷いてあった。甘い匂いがした。


誰も動けなかった。


三秒後、閉じた。


チーム全員で顔を見合わせた。


昨日まで三十日間、何も起きなかった。


今日、起きた。


何が変わったかを全員で検討した。


天気。気温。気圧。実験者の体調。機器の状態。扉の素材。


全部確認した。


昨日と違うものが一つあった。


私が今日から研究室に常駐するようにしたことだった。


三十日間は自室から通っていた。今日から研究室に泊まり込むことにした。


それだけが違っていた。


でも、それは関係ないはずだった。


記録した。翌日も試みることにした。




——研究日誌・第三十二日から第六十九日


接続が安定するようになった。


条件が揃うと、チーム全員が試みることができた。


条件は三つだった。


一、扉の形を持つ物体であること。素材は問わない。紙でも、アクリルでも、人体でも機能した。


二、「開く」という物理的な動作を行うこと。


三、向こう側に行くという意図を持つこと。


この三条件が揃えば、チームの誰もが接続できた。


様々な扉で試みた。


全部機能した。


向こう側の空間が確認できた。


深淵モールと思われる空間があった。NCityと思われる空間があった。別の施設と思われる空間があった。


接続先は毎回変わった。


座標制御装置を開発した。


ある程度、接続先を指定できるようになった。


研究は順調だった。


チームが活気づいていた。


私も手応えを感じていた。




——研究日誌・第七十日(最終記録)


今日、NCityへの有人侵入実験を実施した。


座標を入力した。


扉を開いた。


向こうにNCityの地面があった。


私が踏み出した。


地面についた。


後ろを振り返った。扉があった。研究室が見えた。チームが見えた。


NCityの住人を観察した。


住人が、私の方を向いた。


目が複数あった。全部の目が、私の方を向いた。


扉に向かって戻った。研究室に戻った。扉を閉じた。


成功した。往復が可能であることを確認した。


記録した。チームが記録した。


一つ気になることがあった。


NCityの住人が私の方を向いた時、引力があった。


微かな引力だった。


体が向こう側に引っ張られる感触があった。


戻れたのは、意識的に戻ろうとしたからだ。


この引力について、もう少し調べる必要があると思った。


日誌に書いた。


日誌を閉じた。


「今日の結果を確認してくる」と言った。


研究室を出た。




日誌はここで終わっている。


チームの記録によれば——


ゼインが研究室を出た後、扉を確認した。扉は閉まっていた。ゼインはいなかった。


翌日、チームが実験を引き継ごうとした。


絵に描いた扉を試みた。


開かなかった。


紙の扉を試みた。


開かなかった。


アクリルの扉を試みた。


開かなかった。


チタン合金の特製扉を試みた。


開かなかった。


甘い匂いもしなかった。


向こう側も見えなかった。


一週間試み続けた。


一度も開かなかった。


三十一日目から六十九日間、全員が使えた条件が、ゼインが消えた翌日から誰にも使えなくなった。


チームは原因を特定できなかった。


記録した。実験を継続している。


現在も開かない。





────────────────────────────────

補充記録No.022

分類:自発的侵入記録(技術的手段による)

対象:研究チーム一名ゼイン失踪

記録元:第88,441,002番世界線


ゼインの研究結果について:

 ゼインが解明した三条件は正確だった。

 三十一日目から六十九日目まで、三条件により

 チーム全員が接続に成功している。


ゼインが消えた後に接続が不可能になった理由:

 記録しない。


ゼインが三十一日目に研究室への常駐を開始したことと、

同日に接続が初めて成功したことの関係について:

 記録しない。


ゼインが七十日目に「引力があった」と記録したことについて:

 記録しない。


ゼインの現在の登録番号:

 PX88,441,002


在庫切れ、なし。

────────────────────────────────


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ