第二十一話「全次元監視センター・パノプティコン」
>視点座標:nの次元 NCity 全次元監視センター「パノプティコン」
>話者:複数(侵入者・作業員・観測対象)
>記録取得方法:各種手段による自動抽出
——一「侵入者・男性・三十四歳 侵入から三時間後」
扉を開けたら、モニターがあった。
天井まで、左右の壁まで、床まで、全面にモニターが並んでいた。
部屋の広さが分からなかった。
どこまで奥行きがあるかが分からなかった。
歩いた。
一枚目に近づいた。
自分の部屋が映っていた。
今この瞬間の自分の部屋が、無人のまま映っていた。
二枚目に近づいた。
自分が生まれた病院の分娩室が映っていた。
映像は鮮明だった。生まれた瞬間の映像だった。
泣き声があった。
三枚目に近づいた。
暗かった。
暗い、丸い空間が映っていた。
何かが動いていた。
細胞だった。
受精直後の細胞が映っていた。
分裂していた。
自分が受精した瞬間の映像だった。
四枚目に近づいた。
また暗かった。
暗い空間に、何もなかった。
でも、何かがあった。
形のない何かがあった。
映像の端に、タイムスタンプがあった。
タイムスタンプが示す時刻は、自分が生まれる九ヶ月前より、さらに前だった。
——二「侵入者・同一人物 侵入から五時間後」
列の奥に進んだ。
モニターの種類が変わった。
前世の記録だった。
別の体で生きていた自分が映っていた。
別の時代だった。
別の土地だった。
別の言語を話していた。
死ぬところが映っていた。
死んだ後の映像があった。
死んだ後の意識が、体から離れていく映像があった。
意識が漂う映像があった。
漂いながら、何かに引き寄せられていく映像があった。
引き寄せられた先で、また別の体に入っていく映像があった。
入った瞬間の映像があった。
また別の前世が始まっていた。
列はまだ続いていた。
——三「侵入者・同一人物 侵入から七時間後」
さらに奥に進んだ。
モニターの内容がまた変わった。
未来の映像だった。
自分の未来が映っていた。
明日の自分が映っていた。
来年の自分が映っていた。
老いていく自分が映っていた。
死ぬ日の映像があった。
日付が映っていた。
読んだ。
読んだ後、目を逸らした。
でも読んでしまった後だった。
死んだ後の映像が続いていた。
自分の意識が体から離れていく映像があった。
漂う映像があった。
次の体に入る映像があった。
その体で生きる映像があった。
その体で死ぬ映像があった。
また次の体に入る映像があった。
列は終わらなかった。
自分の輪廻の全記録が、モニターの列として並んでいた。
どこまで続くか確認しようとして、歩き続けた。
歩き続けた。
終わりが見えなかった。
——四「作業員・識別番号DC7771 作業記録」
本日の作業記録。
区画A・B・C:通常稼働。
区画D:長期監視対象の輪廻データ更新を実施した。
輪廻回数が一万回を超えた対象の整理をした。
整理した対象数:約三十億件。
区画E:空間シミュレーター七十二番が高負荷状態になった。
確認したところ、輪廻回数が十万回を超えた対象の
追体験シミュレーションを同時実行していたためだった。
処理を分散した。通常稼働に戻った。
区画F:侵入者を確認した。
侵入者は現在、自分の輪廻記録の列を歩いている。
業務マニュアル第十七項に従い対応を開始した。
侵入者の全記録を登録番号PX19,441,002として登録した。
スケジュール:永続。
空間シミュレーターへの侵入者データの投入:
マニュアル第十七項・別紙に従い実施した。
実施内容については記録しない。
——五「空間シミュレーター区画 解説記録」
パノプティコンの中核施設は、空間シミュレーター区画だ。
外観は球形のドームが無数に並んだエリアだ。
各ドームの内部に、監視対象の「完全な人生の再現空間」が生成されている。
再現範囲:
対象の前世の最初の生から、現世の受精の瞬間、誕生、成長、死、死後の意識体の漂流、次の転生、その次の転生、さらにその次——
輪廻転生の全ループを含む完全記録が空間として再現される。
再現精度:
監視データがリアルタイムで反映されるため、
対象が今この瞬間に何を感じているかも含めて再現される。
再現速度:
高速追体験モードでは、対象の一生涯を〇・〇一秒で再生できる。
輪廻百回分を一秒以内に追体験できる。
使用目的:
バーガー化前の「素材の品質確認」として使用する。
対象の感情の密度・絶望の純度・希望の残存量を
人生の全記録から算出する。
算出結果が、バーガーの品質評価になる。
現在稼働中のドーム数:計測不能。
——六「侵入者・同一人物 侵入から十二時間後」
列の終わりを見つけようとして、歩き続けた。
あきらめて立ち止まった時に、別の通路があった。
通路の先に、扉があった。
扉を開けた。
球形のドームが並んでいた。
一つのドームに近づいた。
透明だった。
中が見えた。
中に、空間があった。
空間の中に、光があった。
光の中に、人が見えた。
赤ちゃんだった。
生まれた瞬間の赤ちゃんが、光の中にいた。
泣き声があった。
光が変化した。
赤ちゃんが成長した。
一秒で十年が経った。
老人になった。
死んだ。
意識が体から離れた。
また別の体が生まれた。
また成長した。
また死んだ。
また生まれた。
ドームの中で、輪廻が高速で回転していた。
一秒に何十年分も経過していた。
どこかの瞬間に、その人が笑っていた。
笑った顔を確認しようとした。
次の瞬間にはもう老人になっていた。
次の瞬間には死んでいた。
次の瞬間には別の体で生まれていた。
全部が見えていた。
全部が記録されていた。
全部が、外側から見えていた。
隣のドームを見た。
また別の誰かの輪廻が回転していた。
また別のドームを見た。
また別の輪廻だった。
どこまで行っても、ドームが並んでいた。
全部のドームで、誰かの輪廻が回転していた。
全部が同時に回転していた。
全部が外から見えていた。
——七「観測対象・女性・二十七歳 別の世界線」
スマートフォンのインカメラに切り替えた。
背景がドームだった。
自分の背後が、ドームの列になっていた。
一つのドームが、自分の背後の中心にあった。
ドームの中が見えた。
自分がいた。
ドームの中に、自分がいた。
自分の人生が、高速で再生されていた。
生まれた瞬間があった。
幼い自分があった。
今日の朝の自分があった。
今この瞬間の自分があった。
インカメラを向けている自分があった。
ドームの中の自分が、インカメラを見ていた。
ドームの中の自分が、このドームを見ていた。
見ている自分がドームの中にいて、見られている自分がインカメラの前にいた。
どちらが外でどちらが内か、分からなくなった。
インカメラを切った。
公園の景色に戻った。
ベンチに誰かが座っていた。
黒と黄色の服を着ていた。
スマートフォンをこちらに向けていた。
インカメラが向いていた。
——八「侵入者・男性・三十四歳 侵入から二十時間後」
自分のドームを見つけた。
どうやって自分のドームだと分かったかは、説明できない。
近づいた時に分かった。
中を見た。
自分がいた。
前世の自分が高速で再生されていた。
何十人分も、連続して再生されていた。
全部が自分だった。
全部が違う顔をしていた。
全部が違う時代を生きていた。
全部が死んでいた。
全部が生まれ直していた。
現世の自分が生まれる場面が来た。
生まれた。
成長した。
一秒に数年のペースで進んでいた。
今日の朝が再生された。
朝食が映った。
このパノプティコンに来た場面が映った。
今この瞬間が映った。
ドームの外からドームを見ている自分が映った。
ドームの中から、自分がこちらを見ていた。
ドームの中の自分と、目が合った。
ドームの中の自分が、手を伸ばした。
ドームの内側の表面に、手のひらが触れた。
外側から触れようとした。
手のひらを表面に当てた。
冷たかった。
硬かった。
中の自分が、また手を伸ばした。
重ねた。
ガラスの向こうから、重ねた。
それだけだった。
次の瞬間、ドームの中で自分が死んでいた。
次の瞬間、ドームの中でまた自分が生まれていた。
何世代目か分からない自分が、また手を伸ばした。
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補充記録No.021
分類:全次元監視センター「パノプティコン」運営記録
管理:NCity 全次元監視センター管理部門
パノプティコンの監視範囲:
各個体について、以下の全てが記録・保存されている。
前世の全記録:
当該個体が現世に至るまでの全ての輪廻周回。
第一周(最初の生)から現世まで。
輪廻回数が一万回を超える個体も存在する。
全周回の全瞬間が記録されている。
現世の記録:
受精の瞬間から記録開始。
細胞分裂・器官形成・誕生・成長・現在まで。
思考・感情・夢の内容を含む全情報を記録。
対象が認識していない自身の無意識領域も記録対象。
死後の記録:
死亡した瞬間から意識体の分離を記録。
意識体が漂流する期間を記録。
次の体への転生の瞬間を記録。
来世の全記録:
現世以降の全転生周回の記録。
来世はリアルタイムで生成・記録される。
最終的な輪廻の終点まで記録が継続される。
「最終的な輪廻の終点」がいつか:個体により異なる。
終点のない個体が存在するかどうか:現時点では不明。
空間シミュレーターの機能:
通常再生モード:実時間と同速で追体験可能。
高速追体験モード:一生涯を〇・〇一秒で再生。
輪廻百回分を一秒以内に追体験。
輪廻一万回分を百秒以内に追体験。
完全没入モード:シミュレーター内部に入り、
対象の視点から対象の全人生を体験できる。
体験者は体験中、自分が誰であるかを忘れる場合がある。
忘れた体験者がシミュレーターから出られるかどうか:
出られた事例:あり。
出られなかった事例:あり。
比率:記録しない。
侵入者(PX19,441,002)の現在:
侵入者は自分のドームの前にいる。
ドームに手のひらを当てている。
ドームの内側から、同じ侵入者の別周回が手を重ねている。
外側から見ると、手のひらが重なっているように見える。
ドームの内側の個体は、外の侵入者を認識している。
外の侵入者は、内の個体を認識している。
この状態が何を意味するかについては、判断しない。
侵入者の輪廻記録は現在も更新中。
現時点での輪廻周回数:この周回を含めて三百十七回。
三百十七回分の全記録が、ドームの中で今も回転している。
侵入者がパノプティコンに来たことが、
三百十七回の全記録に遡及的に追記された。
前世の自分も、全員、今日のことを記録の中に持っている。
全員、知らないまま持っている。
在庫切れ、なし。
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