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第二十話 「深淵モール・永久閉店記録」


> 視点座標:nの次元 NCity 深淵モール全区画

> 話者:複数(入館者・在籍者)

> 記録取得方法:各種手段による自動抽出

> 注記:深淵モールに入館した者の記録を抽出するためには、

>    当該個体がまだ「話者」である状態を保っている必要がある。

>    「話者」でなくなった後の記録については、末尾の備考を参照。




——一「入館者・女性・三十一歳 入館から推定一時間後」


ドアを開けたら、モールだった。


アパートの自室のドアを開けたら、モールの通路だった。


後ろを振り返ったら、ドアがなかった。


壁があった。壁の両側に、通路が続いていた。


照明がついていた。天井の蛍光灯が、白い光を出していた。でも一部が点滅していた。点滅のリズムが、一定ではなかった。


カーペットが敷いてあった。ベージュのカーペットだった。古かった。繊維が毛羽立っていた。


匂いがした。古い建物の匂い。合成繊維の匂い。防腐剤の匂い。その下に、肉の匂いがした。


店が並んでいた。


シャッターが閉まっている店があった。


開いている店があった。


開いている店に、商品が並んでいた。


商品を確認しようとした。


近づいた。


陳列棚に、何かが並んでいた。


人の手だった。


切断された人の手が、複数、棚に並んでいた。値札がついていた。値札の数字が読めなかった。数字の形が、知っている数字と少し違った。


逃げた。


走った。


通路の角を曲がった。


また通路だった。


また店が並んでいた。


また走った。


また角を曲がった。


また通路だった。




——二「入館者・同一人物 入館から推定六時間後」


走るのをやめた。


走り続けたが、どこにも出られなかった。


通路が続いている。


角を曲がると、また通路がある。


エスカレーターがある。上に行っても、下に行っても、また通路に出る。


出口の看板がある。


看板が指す方向に歩く。


また看板がある。また同じ方向を指している。


その方向に歩く。


また看板がある。


看板を無視して反対方向に歩いてみた。


また看板があった。同じ方向を指していた。


出口がない。


ベンチがあった。座った。


天井を見た。蛍光灯が点滅していた。


遠くで、BGMが流れていた。


何の曲か分からなかった。でも曲だった。


店の中の安っぽいポップスに似ていた。


でも歌詞が聞き取れなかった。


歌詞の音が、言語ではなかった。


ベンチの隣に、誰かが座っていた。


気づかなかった。いつからいたか分からなかった。


制服を着ていた。


黒いジャケットに、名札がついていた。名札の名前が読めなかった。


こちらを見ていた。


目の焦点が、私の目の五センチ奥にあった。


「いらっしゃいませ」と言った。


声に感情の温度がなかった。




——三「入館者・同一人物 入館から推定三日後」


時間の感覚がなくなった。


照明の明るさが変わらない。


昼も夜もない。


眠くなったが眠れなかった。


眠ろうとするたびに、BGMが変わった。音量が上がった。眠れなくなった。


食べ物がなかった。


腹が減った。


フードコートがあった。


カウンターに誰かがいた。


制服を着ていた。


メニューがあった。読めなかった。


「何かありますか」と聞いた。


「本日のお勧めです」とカウンターの誰かが言った。


皿を出してきた。


皿の上に、バーガーがあった。


金色の包み紙に包まれていた。


食べた。


食べながら、棚を見た。


フードコートの棚に、商品が並んでいた。


瓶があった。瓶の中に、何かが入っていた。


液体だった。


液体の中に、何かが浮いていた。


目だった。


人の目が、瓶の中に浮いていた。


値札がついていた。




——四「別の入館者・男性・四十四歳 入館から推定二週間後」


もうここに慣れた。


最初は怖かった。


今は慣れた。


出口がないことは分かった。


出口を探すのをやめた。


代わりに、モールの中を歩き回っている。


店が多い。


毎日、知らない店が増えている。


昨日はなかった店が、今日ある。


今日ある店が、明日なくなっていることもある。


店の中に入った。


衣料品の店だった。


服が並んでいた。


服を手に取った。


重かった。


服の重さではなかった。


服の中に、何かが詰まっていた。


詰まっているものが動いた。


服を戻した。


別の店に入った。


電器製品の店だった。


テレビが並んでいた。


全部のテレビが、同じ映像を映していた。


このモールの通路を歩いている人間の映像だった。


映像の中に、私が映っていた。


今この瞬間の私が、全部のテレビに映っていた。


テレビを見ながら自分を確認した。


自分の服が変わっていた。


入館した時の服ではなかった。


制服になっていた。


黒いジャケットに、名札がついていた。


名札の名前が読めなかった。




——五「在籍者・識別番号不明 在籍期間不明」


本日の業務を記録する。


フロア巡回を実施した。


異常なし。


在庫確認を実施した。


B区画の棚に欠品があった。補充した。


補充した在庫の内容については、業務マニュアル第七項に基づき記録しない。


C区画のエスカレーターが停止していた。


原因を確認した。


エスカレーターのチェーンに、何かが挟まっていた。


確認した。


取り除いた。


エスカレーターが再稼働した。


D区画で迷子を確認した。


迷子の対応をした。


ガイダンスに従い、迷子を適切な場所に案内した。


案内先については、業務マニュアル第十三項に基づき記録しない。


本日の迷子対応件数:七件。


本日の新規在籍者登録件数:三件。


本日の業務、以上。




——六「入館者・女性・三十一歳(最初の話者) 入館から推定一ヶ月後」


手に値札がついていた。


気づいたのは今日だった。


右手の手首に、値札がついていた。


いつからついていたか分からなかった。


値札の数字が読めなかった。


剥がそうとした。


剥がせなかった。


皮膚と値札の境界がなかった。


値札が皮膚の一部になっていた。


鏡を探した。


モールの中に鏡があった。


鏡の前に立った。


制服を着ていた。


いつから着ていたか分からなかった。


名札がついていた。


名札の名前が読めなかった。


でも、自分の名前だという感触があった。


鏡の中の自分を見た。


目の焦点が、合う場所の五センチ奥にあった。


いつからそうだったか分からなかった。


遠くでBGMが流れていた。


「いらっしゃいませ」という声が、自分の口から出た。


出した記憶がなかった。


でも出た。


通路の向こうから、誰かが歩いてきた。


「出口はどこですか」とその人が言った。


「いらっしゃいませ」と私は言った。


それだけ言った。




——七「在籍者による館内アナウンス記録」


館内アナウンスが、一定間隔で流れていた。


内容を採取した。


「本日も深淵モールにご来館いただき、誠にありがとうございます」


「現在、B区画にてセール実施中です。是非ご利用ください」


「迷子のお客様は、最寄りのスタッフまでお声がけください」


「本日の閉店時間は——」


アナウンスがそこで途切れた。


三秒の沈黙があった。


また始まった。


「本日も深淵モールにご来館いただき、誠にありがとうございます」





────────────────────────────────

補充記録 No.020

分類:深淵モール在籍記録・複数個体

管理:深淵モール管理部門


深淵モールの構造:

 消費欲が産み落とした異次元の廃モール。

 物理的な入口は世界線のいかなる扉にも接続される可能性がある。

 出口は存在しない。

 「出口」の看板は存在する。

 看板は常に存在しているが、看板が指す先に出口はない。


在籍化のプロセス:

 入館から一定時間が経過した個体は、段階的に在籍化が進行する。

 段階一:方向感覚の喪失(入館から数時間)

 段階二:時間感覚の喪失(入館から数日)

 段階三:衣服が制服に変化(入館から一〜二週間。本人は気づかない場合が多い)

 段階四:値札の付与(入館から数週間。剥離不能)

 段階五:自発的接客行動の開始(入館から一ヶ月前後)

 段階六:「話者」としての機能の消失(時期は個体により異なる)

 

 段階六に達した個体は「在籍者」として登録される。

 在籍者は業務を遂行する。

 業務内容は在籍者の旧来の人格や記憶とは無関係に割り当てられる。

 在籍者が何を考えているかは、記録管理局には伝達されない。


在籍者が何を考えているかについて:

 記録管理局には伝達されない。

 伝達されないが、記録は存在する。

 記録は深淵モールの棚に保管されている。

 棚の場所は変動する。

 棚の内容は変動する。

 読める者がいるかどうかは不明。


「閉店時間」について:

 深淵モールに閉店時間は存在しない。

 アナウンスは毎回「閉店時間は——」で途切れる。

 途切れた後に何を言うべきかを、

 アナウンス担当の在籍者は知らない。

 知らないまま、アナウンスを続けている。

 

 在庫切れ、なし。

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