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第十八話「継ぎ接ぎの外側」


>視点座標:nの次元 NCity外縁部 世界線断片集積区画

>話者:複数(迷入者)

>記録取得方法:断片区画内での神経活動から自動抽出

>注記:本記録の話者たちは断片区画に迷入した後、

>   それぞれ異なる世界線の断片の中に取り込まれた。

>   以下は、取り込まれるまでの記録と、

>   取り込まれた後に残った意識の断片である。




——一「現代日本 物理学者・男性・四十一歳」


実験中に消えた。


正確には、実験装置が予期しない出力を出した瞬間に、実験室が消えた。


消えた、というより、実験室の外側が変わった。


床はあった。足元に床があった。


でも床の素材が変わっていた。石畳だった。


さっきまでコンクリートだった床が、古い石畳になっていた。


見上げた。天井がなかった。


天井がなかった場所に、空があった。


空の色がおかしかった。


橙色だった。夕暮れでもなく、朝でもなく、ただ橙色だった。


橙色の空の下に、街があった。


知らない街だった。建築様式が分からなかった。どの時代のどの地域の建物かが分からなかった。でも確かに建物だった。石造りで、窓があって、扉があって、でも中に誰もいなかった。


歩いた。


歩きながら確認した。街には誰もいなかった。


角を曲がったら、別の街になった。


石畳の街から、木造の街になった。


空の色が変わった。橙色から、青紫になった。


また角を曲がった。


砂漠になった。


砂漠の中に、電柱が一本立っていた。


電柱に、電線が繋がっていた。


電線の先を目で追った。


何もない空中に繋がっていた。




——二「同一人物 続き」


歩き続けた。


歩くたびに景色が変わった。


変わる、というより、繋がっていた。


砂漠の砂の上を歩いていたら、気づいたら石造りの廊下の中にいた。


廊下の壁が、別の街の外壁だった。


廊下の床が、また別の時代の石畳だった。


天井が、海だった。


天井の位置に、海があった。


海は落ちてこなかった。天井の位置で、海が広がっていた。


魚が泳いでいた。


天井を見上げながら、魚が泳いでいるのを見た。


廊下の先に扉があった。


扉を開けた。


現代の都市だった。


東京に似ていた。でも東京ではなかった。


看板の文字が読めなかった。文字の形は日本語に似ていたが、一文字ずつが微妙にずれていた。


車が通っていた。


車の形が分かった。でも車のタイヤが回転していなかった。


タイヤが回転していないのに、車が動いていた。


歩道に人がいた。


近づいた。


人の顔を確認しようとした。


顔が、正面から見ると正面の顔だった。


でも横から見ると、また正面の顔だった。


どこから見ても正面の顔だった。


後ろから見た。


正面の顔があった。




——三「別の迷入者 女性・二十七歳 異なる世界線から」


気がついたら、森の中にいた。


森だった。


木が生えていた。光が差していた。


普通の森に見えた。


でも一歩踏み出したら、森が終わった。


森の外側に、宇宙があった。


宇宙空間が、森のすぐ外側にあった。


木々の間の空気は普通だった。でも森の端から一歩出ると、そこは真空だった。


何度も確認した。


森の端で手を伸ばすと、手が宇宙空間に入った。


宇宙空間に入った手が、凍え始めた。


引っ込めた。


森の中に戻った。


上を見た。


空があった。青い空だった。雲があった。


空の端が、宇宙空間に接続していた。


空が円形に広がっていて、その円の外側が宇宙だった。


直径はおそらく数百メートルだった。


円形の空の中に、森が収まっていた。


切り取られていた。


この森は、どこかの世界線から切り取られて、ここに置かれていた。


置かれた森の外側が、宇宙空間だった。


森の中に、古い家があった。


扉が開いていた。


中に入った。




——四「同一人物 続き」


家の中は、家の外側と大きさが合っていなかった。


外から見た家より、中が広かった。


広い、というより、家の中に別の場所があった。


廊下があった。廊下の先に部屋があった。部屋の中に、窓があった。


窓の外が、砂漠だった。


さっきまで森の中にいたのに、窓の外が砂漠だった。


窓を開けた。


砂漠の熱気が入ってきた。


窓から出た。


砂漠に出た。


振り返ったら、家がなかった。


窓だけがあった。


砂漠の中に、窓枠だけが立っていた。


窓枠の向こうに、森が見えた。


窓枠の向こう側は、森の中だった。


窓枠の手前側は、砂漠だった。


もう一度窓から家の中に戻ろうとした。


窓をくぐった。


砂漠に出た。


どちらからくぐっても、砂漠に出た。




——五「別の迷入者 老人・男性・七十八歳」


海岸にいた。


波が打ち寄せていた。


空が、二枚あった。


上を見たら、空が二層になっていた。


手前側の空は青かった。


奥側の空は赤黒かった。


二枚の空の間に、空白があった。


空白の中に、何かが浮いていた。


島だった。


空中に、島が浮いていた。


島の上に、森があった。


島の下に、滝があった。


島の下から水が落ちていた。


落ちた水は、波に混ざっていた。


海岸を歩いた。


砂が普通の砂だった。


貝殻が落ちていた。


貝殻を拾った。


重さがあった。


普通の貝殻の重さだった。


でも貝殻の内側に、街があった。


貝殻の内側を覗いたら、街があった。


建物が並んでいた。人が歩いていた。


人が、こちらを見ていた。


貝殻の内側の人が、こちらを見ていた。


手を振った。


振ってきた。


貝殻を置いた。




——六「同一人物 続き」


海岸に座って、しばらく考えた。


ここがどういう場所か、考えた。


別の世界線が、全部ここに繋がっている。


繋がっているのではなく、重なっている。


重なっているのでもなく、混ざっている。


混ざっているのでもなく——


言葉が見つからなかった。


空中の島を見た。


森を歩いていた人が、さっきまでそこにいた。


いなくなっていた。


どこに行ったかは分からなかった。


砂漠の中に、窓枠が立っているのが見えた。


物理学者がさっきそこから砂漠に出た。


窓枠の前に、物理学者がいなかった。


どこに行ったかは分からなかった。


貝殻の内側の街の人が、まだこちらを見ていた。


座って、海を見た。


波が打ち寄せていた。


波の色が変わっていた。


打ち寄せるたびに色が変わった。


青い波が来た。


赤い波が来た。


黒い波が来た。


次の波が来た時に気づいた。


波の中に、何かがあった。


流れてきた。


形は、人だった。


波が引いた後、砂浜に残った。


人だった。


目が開いていた。


呼吸していなかった。


でも腐敗していなかった。


どこかの世界線から流れてきた何かだった。


どの世界線から来たかは、分からなかった。




——七「物理学者 再び」


どこかの世界線の廃墟にいた。


廃墟の中を歩きながら、記録を書いていた。


書けるものがあったから書いていた。


ここがどういう場所かを考えていた。


世界線が終わった後、世界線の空間が消えない。


消えずに残る。


残った空間が、ここに集積する。


集積した空間は繋がりを失って、でも空間として存在する。


繋がりを失った空間が、ランダムに隣接している。


だから角を曲がると別の世界線になる。


扉を開けると別の時代になる。


窓の外が宇宙になる。


貝殻の内側に街がある。


全部が本物だった。


全部が本物の世界線の断片だった。


どの断片にも、かつて誰かがいた。


誰かが生きていた。


笑っていた。泣いていた。働いていた。眠っていた。


その誰かが今どこにいるかは、分からなかった。


廃墟の窓から外を見た。


橙色の空だった。


空の向こうに、NCityが見えた。


工場の煙突から煙が出ていた。


タワーが見えた。


タワーの窓に光があった。


廃墟から断片区画までの距離が、さっきより縮んでいた。


縮んでいるのではなく、断片区画が移動していた。


断片がNCityに近づいていた。


近づきながら、一枚ずつ処理されていた。




——八「記録なし」





────────────────────────────────

補充記録No.018

分類:世界線断片集積区画(通称:パッチワーク空間)記録

管理:nの次元 NCity外縁部管理局


パッチワーク空間の構造:

 世界線が因果律プレス工場で処理される前段階として、

 空間の断片が一時集積される区画。

 

 世界線が終わる時、その世界線の「空間」は消滅しない。

 空間は物質であり、物質は消えない。

 終わった世界線の空間断片が、nの次元外縁部に漂着する。

 漂着した断片は互いに接続されないまま隣接する。

 

 結果として:

  角を曲がるたびに異なる世界線の断片に入る。

  扉・窓・穴・水面などが異なる断片への接続点になる。

  重力・時間・空気の物理法則が断片ごとに異なる。

  断片の境界に立つと、複数の物理法則が同時に作用する。


迷入者について:

 パッチワーク空間への迷入は年間数千件発生する。

 迷入者の多くは断片の境界で物理法則の矛盾に晒されて停止する。

 停止した迷入者は断片の一部として固定される。

 固定された迷入者は断片ごと処理される。

 

 今回の三名について:

  物理学者:断片の境界で複数の重力に同時に引かれた。

       現在、砂漠の断片と宇宙空間の断片の境界に固定されている。

       境界の位置が処理対象リストに追加された。

  若い女性:森の断片が処理されたため、

       森ごと因果律プレス工場に送られた。

  老人:波に流されてきた固定済み個体を触れた。

     接触した瞬間に固定プロセスが伝播した。

     現在、海岸の断片に固定されている。


貝殻の内側の街について:

 これは独立した小規模世界線の断片である。

 内部に生存者が確認されているが、

 貝殻サイズの空間に圧縮されているため、

 内部の時間経過は外部の数万倍速い。

 迷入者が「手を振ったら振り返した」時点で、

 内部では数百年が経過していた。

 現在の内部状態:確認不能(時間経過により処理済みと推定)


パッチワーク空間の現在の移動方向:

 NCityに向かって毎時十七メートルで移動中。

 移動は自律的であり、管理局の関与はない。

 到達予定:三百四十二日後。

 到達後、全断片が因果律プレス工場に投入される。


「記録なし」について:

 話者七の後に続くはずの話者八の記録が存在しない。

 記録が存在しない理由:

  抽出開始前に処理が完了した可能性。

  あるいは、話者が存在しなかった可能性。

  あるいは、話者がパッチワーク空間そのものに

  なった可能性。

 いずれも確認できない。

 

 在庫切れ、なし。

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