第十六話「また来たくなった理由」
>視点座標:第14,883,002番世界線 現代相当期 ある国の大都市——銀河系全域
>話者:複数
>記録取得方法:神経活動から直接抽出
>記録期間:第一次電磁異常発生からゲート開放まで
——一「会社員・女性・三十四歳」
朝、電車の中で、行きたい場所ができた。
名前を知らなかった。
場所も知らなかった。
どこにあるかも知らなかった。
でも行きたかった。
また行きたかった。
また、という感覚があった。
行ったことはなかった。
電車が止まった。
停電だった。
五分後に再起動した。
再起動した後も、行きたかった。
仕事に行った。
仕事中も、行きたかった。
帰りの電車の中でも、行きたかった。
家に帰った。
眠った。
翌朝、起きた瞬間から、行きたかった。
——二「神経科学者・男性・四十七歳」
停電の原因が電磁パルスだったと分かった。
発生源は特定できなかった。
損傷なしで再起動させるEMPは理論上存在しない。
被害報告を集めた。
全員が同じことを言っていた。
「行きたい場所ができた」
場所の名前を誰も知らなかった。
住所を誰も知らなかった。
行き方を誰も知らなかった。
「また行きたい」と全員が言った。
「また」という言葉が全員に共通していた。
行ったことがない場所に「また行きたい」と言っていた。
三日後、研究を続けていたら気づいた。
自分も、行きたかった。
どこかは分からなかった。
でも行きたかった。
また行きたかった。
——三「気象観測員・男性・二十九歳」
同種の電磁異常が世界の百七十都市で連続発生していた。
発生間隔が縮まっていた。
六分から始まり、三分になり、一分になっていた。
発生規模が拡大していた。
都市一つ分から、国一つ分を超えていた。
加速していた。
加速の法則を計算した。
七十二時間以内に地球全体を覆う数字が出た。
計算し直した。
同じ数字が出た。
報告書を書いた。
書き終えた後、行きたかった。
どこかに行きたかった。
また行きたかった。
報告書を机に置いた。
立ち上がった。
——四「宇宙ステーション・クルー・女性・三十三歳」
地球の外にいた。
全機器が落ちた。
再起動した。
行きたい場所ができていた。
宇宙にいるのに、行きたかった。
窓から地球を見た。
夜側の大陸が、停電と再起動を繰り返していた。
波のように広がっていた。
止まらなかった。
地球全体が点滅するまで、止まらなかった。
点滅が止まった後、地球が静かになった。
静かになった地球を見ながら、行きたかった。
また行きたかった。
——五「別の太陽系 惑星の住民 種族不明」
空が一瞬、光った。
全ての機器が落ちた。
再起動した。
行きたい場所ができていた。
名前を知らなかった。
場所を知らなかった。
この宇宙にそれがあるかどうかも知らなかった。
でも行きたかった。
また行きたかった。
仲間たちも行きたがっていた。
全員が行きたがっていた。
全員が名前を知らなかった。
全員が場所を知らなかった。
全員が「また行きたい」と言っていた。
——六「銀河系外縁部 観測データ」
電磁波の異常を観測した。
波源を特定しようとした。
特定できなかった。
波が、あらゆる方向から来ていた。
中心がなかった。
あらゆる場所が、波の発生源だった。
銀河系全体が、波の中にあった。
波の密度が増していた。
閾値を超えた。
——七「ゲート開放・当日」
朝だった。夜だった。時刻は関係なかった。
全ての場所で、同時だった。
全ての生命体の眼前に、扉が開いた。
扉の向こうに、光があった。
甘い匂いがした。
行きたかった。
また行きたかった。
全員が、行きたかった。
扉が来た。
行けた。
全員が行った。
——八「ゲート開放・六時間後」
ある都市の監視カメラが、街を映し続けていた。
街に誰もいなかった。
建物があった。車があった。信号が動いていた。
食べかけの食事が、テーブルの上にあった。
読みかけの本が、開いたまま置いてあった。
子どものおもちゃが、床に散らばっていた。
誰もいなかった。
犬もいなかった。鳥もいなかった。虫もいなかった。
川の魚もいなかった。
土の中の微生物も、いなかった。
全ての生命体が、いなかった。
監視カメラが映し続けていた。
誰も見ていなかった。
風が吹いた。
読みかけの本のページが、めくれた。
誰も読まなかった。
——九「同じ都市 一年後」
監視カメラのバッテリーが切れた。
映像が止まった。
街は、まだそこにあった。
誰もいなかった。
建物が少し朽ちていた。
植物が、道路の隙間から生えていた。
生えた植物も、生命体だった。
植物も、いなくなった。
また、誰もいなくなった。
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補充記録No.016
分類:銀河系全域・全生命体一括蒐集
起因クルー:幸夢
供給先:ぱんでむ本店 来客数供給ライン(容量:無制限)
経緯:
電磁異常の連鎖が銀河系全域に到達した。
全知的生命体の感情設定がM社初期値に書き換えられた。
感情が閾値を超えた時点で、ゲートが自動開放された。
全生命体が自発的に入った。
場所を知らなくても行きたい状態について:
場所を知っていると、行かない選択が生まれる。
場所を知らなければ、行かない選択が生まれない。
ただ「行きたい」だけが残る。
「行きたい」が閾値を超えた時、ゲートが来る。
ゲートが来た時、場所はもう関係ない。
ゲート開放はM社のシステムが自動判断した。
誰も強制していない。
全員が行きたかったから行った。
全員が「また来た」と思いながら入った。
初めて来たのに、また来たと思いながら入った。
第14,883,002番世界線の現在状態:
全生命体:蒐集済み
建造物:残存(価値なし)
気象:継続中
時間:経過中
この世界線に、記録を読む者はいない。
この記録は、読まれない。
在庫切れ、なし。
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