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第十四話「ねんね、よしよし」


>視点座標:複数 時代不定 場所不定

>話者:複数

>記録取得方法:接触後の神経残存から自動抽出

>注記:本記録の話者たちは抽出時点において停止・液状化が進行中であった。

>   完了した後は、抽出できるものが残らない。

>   以下は、まだ残っていた間の記録である。




——一「現代 産婦人科病棟 廊下 看護師・二十九歳」


深夜二時の廊下に、子どもがいた。


白とピンクの服を着ていた。ウサギ耳がついていた。三歳か四歳に見えた。


「迷子ですか」と声をかけた。


その子が振り向いた。


目の奥に、底がなかった。


「ねんねしていいのよぉ」とその子が言った。


廊下の照明が止まった。


止まった、というのは消えたのではない。光が出たまま、届かなくなった。光が途中で止まっていた。


奥のナースステーションのモニターが止まった。電源が切れる音がしなかった。画面が映ったまま、止まった。映像が止まった。


病棟の奥でナースコールが鳴っていた。


止まった。


点滴の滴下が止まった。


呼吸器の稼働音が止まった。


廊下全体が、止まった。


止まっている中で、その子だけが動いていた。


一歩、近づいてきた。


「よしよし」とその子が言った。


私の足元から、温かくなった。


温かくなった場所が、なくなった。




——二「江戸時代 城下町 道場 剣客・四十五歳」


夜明け前の道場に、その子がいた。


白とピンクの着物。ウサギ耳。


弟子たちと稽古の最中だった。


「ねんねしていいのよぉ」とその子が言った。


弟子が全員止まった。


素振りの途中で止まった。刀を振り上げた姿勢のまま、止まった。倒れなかった。呼吸していた。目が開いていた。動かなかった。


板張りの床が止まった。木材の繊維が止まった。


松明の炎が止まった。燃えたまま、止まった。炎の形が固定された。


刀を抜いた。


「ねんねしていいのよぉ」とその子がまた言った。


刀が止まった。


空中で止まった。重力が届かなくなった。


筋肉が止まった。


止まった空気の中で、その子が近づいてきた。


「よしよし」とその子が言った。


止まった弟子の一人が、足元から温かくなった。


温かくなった場所が、なくなっていた。




——三「未来 軌道上の戦闘艦 艦橋 艦長・五十八歳」


戦闘中に、艦橋に現れた。


白とピンクの服。ウサギ耳。小さな体。


艦橋のど真ん中に立っていた。


武器を向けた乗員が三名いた。


「ねんねしていいのよぉ」とその子が言った。


三名が止まった。武器を構えた姿勢のまま、止まった。


コンソールが一つずつ止まった。消える音がしなかった。画面が映ったまま、止まった。推進系、兵装系、通信系、順番に止まった。


「総員、戦闘態勢を——」と言いかけた。


声帯が止まった。


空気が止まった。艦橋全体の空気が、止まった。


止まった空気の中を、その子だけが歩いていた。


止まった乗員の間を、一人ずつ歩いていた。


「よしよし」とその子が言った。


一人目の乗員の肩に触れた。


肩から、温かくなった。


温かくなった場所が、なくなっていた。


「よしよし」とその子が言った。


二人目に触れた。




——四「時代不明 場所不明 人物不明」


止まっている。


温かい。




——五「現代 核融合発電施設 制御室 技術者・三十七歳」


警報が鳴った。


炉心温度の異常低下だった。


モニターを見た。


核融合反応が止まっていた。


止まる、という現象が核融合炉で起きていた。


起きてはならない現象が、起きていた。


制御室の窓から炉心を見た。


プラズマが止まっていた。


一億度のプラズマが、止まっていた。


燃えたまま、止まっていた。


制御室のドアが開いた。


白とピンクの服を着た子どもが入ってきた。ウサギ耳がついていた。


「ねんねしていいのよぉ」とその子が言った。


警報が止まった。


「よしよし」とその子が言った。


床が温かくなった。


温かくなった床が、なくなった。


制御室が静かになった。


施設全体が、静かになった。




——六「現代 同じ街の別の場所 通行人・複数」


街の一角が、静かになった。


信号が止まった。


車が止まった。エンジンがかかったまま、止まった。


風が止まった。


葉が止まった。


川の水が止まった。流れたまま、止まった。


犬が止まった。吠えたまま、止まった。


人が止まった。歩いたまま、止まった。走ったまま、止まった。笑ったまま、止まった。泣いたまま、止まった。


止まっている街の中を、小さな子どもが歩いていた。


白とピンクの服。ウサギ耳。


一人ずつ、触れていた。


「よしよし」と言いながら、触れていた。


触れた場所から、温かくなった。


温かくなった場所が、なくなった。


子どもが触れて回った後、街に何も残らなかった。


建物があった。道路があった。信号があった。


でも、何もなかった。


子どもが次の街に向かって歩いていった。


急いでいなかった。





────────────────────────────────

補充記録No.014

分類:停止・液状化素材(母性接触型)複数個体・複数施設一括

担当クルー:空無

供給先:因果律プレス工場 素材投入口A(液状素材専用)


本日の「ねんね」適用範囲:

 産婦人科病棟(一棟)

 道場(一棟・弟子含む十一名)

 軌道上戦闘艦(一隻・乗員二百四十名)

 核融合発電施設(一棟・周辺地域含む)

 市街地一区画(建物・車両・生物・気象含む全て)


「ねんね」の機能について:

 空無が「ねんねしていいのよぉ」と言った対象は、

 有機物・無機物・エネルギー・概念を問わず停止する。

 停止は消滅ではない。

 存在したまま、止まる。

 炎は燃えたまま止まる。

 水は流れたまま止まる。

 声は出たまま止まる。

 

 止まった状態は、空無が「よしよし」と触れるまで継続する。

 「ねんね」で止めてから「よしよし」で回収する。

 これが空無の標準稼働手順である。


「よしよし」の機能について:

 空無が「よしよし」と言いながら触れた対象は、

 接触点から液状化が始まる。

 液状化は温感を伴う。

 痛覚は発生しない。

 「温かい」という感覚のまま、なくなる。

 

 「ねんね」で止めてあるため、

 対象は液状化の進行に抵抗できない。

 止まっているから、逃げられない。

 止まっているから、叫べない。

 止まっているから、気づかない場合もある。


話者四について:

 「止まっている。温かい。」のみ残存。

 停止中に液状化が始まった個体の記録。

 最後まで温かかったことだけが記録に残った。

 これが最も効率的な状態である。


街区一件について:

 建物・道路・気象・生物の全てに「ねんね」を適用後、

 「よしよし」で順次回収。

 所要時間:空無の主観時間で「少し」。

 残存物:建物の外殻・道路の表面・信号機の筐体。

 (内容物が液状化したため、外形だけが残った)

 外形が残った街区は、遠目には通常の街に見える。

 内部が空洞であることは、近づかなければ分からない。

 

空無の引力について:

 空無は動かなくてもいい。

 引力場で個体が来る。

 来た個体に「ねんねしていいのよぉ」と言う。

 止まった個体に「よしよし」と触れる。

 それだけである。

 

 今日、空無が動いたのは街区一件のみ。

 それ以外は「ゆりかご」にいた。

 個体が来た。

 止めた。

 回収した。

 それだけである。


空無の稼働評価:最高効率

介入の必要:なし


在庫切れ、なし。

────────────────────────────────


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