代償に失うもの 得るもの
突然倒れたさくらの姿を見て、俺は幸せだった世界が閉ざされ、目の前が真っ暗になったような気がした。
呼びかけにも反応しなくなったさくらに、俺はすぐさま救急車を呼び、香織にスミレやあんずの事を頼んで病院に向かった。
香織が言うには、夕食の時に、既にさくらには腹痛があったというが、俺には言わないように言われていたらしい。
「………」
「さくらっ……」
病院で検査を受けた後、ベッドに寝かされたさくらの青白い顔を見つめ、俺は堪らない思いで問いかけた。
「こんなに体調悪いなら……なんで言わなかったんだよっ。もしかしてっ……」
俺には言い辛いほど、深刻な持病でもあったたのだろうか?
悪い予感と共にさくらのお母さんが若くして亡くなった事が頭を過ぎった。
一夫多妻制婚姻を選んだ代償として、その心労によって彼女を失うような事があれば、俺は自分を一生許せないし、スミレにも申し訳が立たないだろう。
「さくら、ごめんっ……!本当にごめんっ……!」
さくらの手を握り、俺は祈るように思った。
俺の生命と引き換えにしてでも、彼女をどうか助けてくれと……!
「う……ん……」
「さくらっ……!!」
さくらの瞼がうっすらと開き、か細い声で、俺の名を呼んだ。
「良二……さん……?私、どうし……。ここは……??」
周りをキョロキョロする彼女は、今は痛むところはなさそうで、取り敢えず安堵して状況を伝えた。
「君は急に倒れて病院に運ばれてたんだよ。体辛いなら、無理に起きなくていいからな」
「あ……。私……。///は、はい……。大丈夫……です」
さくらがゆっくりと身を起こしたところへ、救急診療の年配の女医さんが入って来た。
「ああ。石藤桜さん、気が付かれましたね。そのままの姿勢で大丈夫ですよ?
では、大事な事をお伝えしますので、旦那さんと一緒に話を聞いてもらえますか?」
「「は、はい……」」
改まった言い方に、俺とさくらは緊張気味に返事をし、女医さんは更に付け足した。
「これから、石藤桜さんはご家族の支えが必要になりますからね」
「……!||||||||」
「……!///」
家族の支えが必要になるぐらい、余程深刻な疾患が見つかってしまったということか……!
悪い予感が当たってしまった事に俺は青褪め、さくらは俯いた。
「は、はい……!お、おれっ、これからさくらを精一杯支えて……看護しますっ……。う、ううっ……」
「ふえっ? 良二さんっ!? 何故泣いて……!?」
「あらあら……?」
ショックで溢れてくる涙を拭いながら、そう宣言する俺に、さくらは目を剥き、女医さんは首を傾げた。
「こんなに優しくて、綺麗で、料理もうまい世界一の奥さんもらっておきながら、一夫多妻制の家庭にして、彼女に心労をかけてしまった俺が悪かったんですっ!
さくらが病気になってしまったのは、俺のせいですっ!」
「いや、あの、良二さん??違っ……」
「俺、これからは死ぬ気で彼女に尽くしていきますっ。輸血でも臓器移植でもできる事はなんでもしますっ……!
だから、先生、彼女の病気を直してやって下さい!!
お願いしますっ……!! お願いしますっ……!! うううっ……。ふぐうっ……」
彼女を失いたくない一心で、泣き縋って頼み込む俺に、女医さんは困ったように笑った。
「はい。旦那さんのお気持ちはよーく分かりましたよ?
でも、奥さん、今回は、そんな生命に関わるような病気じゃなくて、食べ過ぎによる胃痛ですからね? お薬出しますから、家で安静にするだけで大丈夫ですよ?」
「へ?」
「良二さん……///」
「それから、石藤桜さん、妊娠5週目になります。おめでとうございます」
「……!! やっぱり、そうでしたか……。///ありがとうございます」
「へ?へ?」
「旦那さん、優しくて、綺麗で、料理もうまい世界一のあなたの奥さん、これから体を大事にしなければいけませんから、さっきぐらいの心意気で守って差し上げて下さいね」
「はい……。はい……?」
「ふふっ。良二さん、私の為にあんな風に言って下さって嬉しいです。これで、良二さん、3児の父になりますね。私達の事、守って下さいね?」
「う、うん……。うん……?」
俺は目の前の状況がうまく整理できないまま、嬉しそうに恥ずかしそうに顔を赤らめるさくらと女医さんとのその後のやり取りを聞いていたのだった。




