さくら父 財前寺龍人の苦悩
「良二くん。急に呼び出したりして、すまなかったね」
「い、いえ、とんでもないです」
電話で義父である財前寺龍人社長に呼び出しを受けた事を話すと、小坂さんに「仕事は引き受けるからすぐに行きな!」と会社を追われるように出て、俺は今、財前寺宅の応接間にて、財前寺龍人と向い合わせのソファ席で相対していた。
このタイミングで呼び出されたのは、やっぱりさくらと俺がうまく行っていないのを案じての事だろう。
お叱りを受ける受ける覚悟で、俺は背中を伸ばした。
「さくらから聞いたよ。君を傷付けてしまうようなお願いをしてしまったと……。詳しい内容までは言わなかったが、僕は今の状況からいって、大体の想像がつくような気がした。あの子の事だ。瀬川香織さんと一夫多妻制の婚姻関係を結び直してはとでも提案したのだろう?」
「…!!」
やはりその話かと、拳を握り締めた。
義父は娘の事を案じてか苦悩の表情を浮かべており、心労をかけてしまった事に強く胸が痛んだ。
ガタンッ!
「も、申し訳ありませんっっ!!」
「良二くんっ!?」
席を立ち、思い切り頭を下げると、義父は驚いたような声を上げた。
「自分が不甲斐ないばかりに、さくらさんにそんな事を言わせる程に追い詰めてしまいました。
さくらさんとのお付き合いを許して頂いた時に、お義父さんに、彼女を誰よりも優先して、幸せにすると誓ったにも関わらず……。
瀬川さんの自殺未遂で、動揺する姿を見せてしまいました。
今後は、何があろうと、瀬川さんに関わる事なく、さくらさんとスミレだけを大事にしますっ!」
「ちょっと待ちなさい、良二くん…! 頭を上げてくれ。」
義父は当惑したようにそう言い、俺の肩にポンと手をかけてきた。
「けれどっ」
「違うんだ。今日は君を責める為に呼び出したんじゃない。そうではなくて……」
自責の念を抑えられない俺に、義父は戸惑ったような表情で首を横に振り、驚くべき事を告げてきた。
「あの時、僕が言った『一人の女性を幸せになれる男になってくれ』という言葉を取り消させてくれないか?」
「…!? い、一体どういう事ですか?」
義父の言葉の真意が分からず、問い返すと、彼は切なげに視線を外して話し出した。
「君には、僕が至らないばかりに、二人の女性を幸せに出来なかったという話をしていたよね」
「え、ええ……」
俺は頷きながら、義父の過去の話を思い返した。
確か、義父は許嫁だったさくらの母と結婚してからも、留学中の恋人だった女性を忘れられず、長年夫婦仲がうまく行かなかったとか……。
その後、その女性が薬物の過剰摂取で亡くなったのを知り、心労のあまり体を壊した義父をさくらの母は献身的に看病し、やっと夫婦の絆が芽生え、さくらも生まれた数年後、病気が発覚して1年程で彼女も亡くなったと聞いていた。
今のさくら、香織、俺を取り巻く状況に似ている部分もあり、義父がずっと後悔している結末を繰り返してはならないと思ったのだが……。
「一夫多妻制の法案が可決されてから、ずっと考えていた事があるんだ……。
もしも当時、この制度があったならフィラ(さくらの母)もリコ(留学時代の恋人)も、両方生きている未来があったのかもしれないって……」
「お、お義父さん……?」
苦しそうに目を閉じ、眉間に皺を寄せる義父の言葉に戸惑っていると、彼は両手で顔を覆って、弱々しい声で呟いた。
「いや、分かっているんだ……。そんな事になったら、却って「フィラ」も「リコ」も貶め、傷付ける結果になるかもしれない。
あの白鳥の一夫多妻制家庭がいい例だろう……。
第一、今更そんな事を考えたとしても、過去は覆らない。無意味な事だ……」
「……。」
辛そうな義父に何も言えないでいると、彼は顔を覆っていた両手を下ろし、俺に目を向けた。
「でも、君達は違う。これからの選択次第で、いくらでも未来を変えていける」
「……!!」
「それなのに、老人の言葉で君を縛り、その選択肢を狭めてはならないと思ったんだ」
「お、お義父さん。そ、それでも、俺が妻にしていたいのは、さくらさん一人でっ…!」
「ああ。最終的に選択するのは、良二くんだから、それについて口を挟むつもりはないよ。よく考えてみてくれ」
義父の言いたい事は分かったものの、勧められている方向はやはり受け入れ難く、反論しようとしたが、義父はあっさり頷いた。
「だが…、もし、君が茨の道と分かっていてそれを選ぶなら…、私は君の敵にはならないし、それどころか、財前寺の力が必要な時に全面的に協力もしよう……!」
「……!!」
強い意志の籠もったさくらと同じ色の瞳に俺は気圧されていると、義父は苦笑いをした。
「せっかく幸せになった娘が辛い思いをするかもしれないのに、反対しないなんて、ひどい父と思うだろう?」
「い、いえ、そんな……」
「もちろん、私にだって、さくらに幸せになって欲しいという気持ちはある。
せっかく幸せになった娘が地獄に突き落とされるような事にはなって欲しくはない。
しかし、人生は、いつも何の曇りもなく順風満帆な道ばかり選べるものではないだろう。
一つ選べばもう一つの何かを失う。そんな究極の選択をしなければならない事だってある。
大抵の場合、大切なものは失って初めて分かるものだ。
君とさくらが心から救いたいと願う人がいて、ぎりぎり許容できる道があるのなら……。
その結果がどうなろうとも……、君を責める事はしない。
その責任を私も分担させてもらうよ……」
「お義父さん……」
俺は、義父である財前寺龍人の人生ごと重い選択を任されたような気がして、呆然と目を瞬かせていた。
*あとがき*
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