第66話 地獄の始まり
「なあマウロ。ハムについてもっと詳しく知りたいんだけど」
マウロは真剣な眼差しを俺に向けた。
「ヤツは異常者だよ。暗殺という仕事で仕方なく殺しをやっている僕らとはワケが違う。他者の生命を終わらせること自体に快感を覚える人間だ」
怖っ!要はあの殺人事件を起こした境界人と同じようなもんだろ。
「ハムは部隊に入る前から人を殺しまくってたのか?」
「ああ、というか例の完璧なハイドを悪用して町や村で自由気ままに人を殺しまくっていたところを、せめてその能力を世間の為に使えとロジャーに暗殺部隊に入れられたって感じかな。部隊は犯罪者の殺しがメインだったから犯罪はそれ以降めっきり減ったねー」
マウロは少し上を見上げてそう話してくれた。そして思い出したように付け加えた。
「ただ最近は殺しに飽きてきたようなんだ。動画でも言ってたと思うけど」
「興味が殺人から何かに移ったってこと?」
「……人間」
ポツリとつぶやくマウロ。気になるじゃねーか。
「え、人間って何?どういう事??」
「ヤツは最近人の心に興味を持ち始めた。だから単純に人を殺すというより人を観察する事が多くなった……それが良いか悪いかは僕には分からないが……」
それを聞いて俺はちょっと気が緩んだ。
「観察か……うーん、なんか話し合いで解決したりしねーかな?」
そんな呑気な事を言う俺をマウロは一蹴した。
「タイチ、何か勘違いしているんじゃないか?今の状況は常に死神のカマが喉元にあるのと同じだ。ここから話が良い方向に転ぶことはまずない。だからタイチ、君にはどうやって奴を仕留めるか――それだけを考えていて欲しい!」
マウロの目は真剣のものだった。
そうか。まあ同期でハムをずっと見てきたマウロが言うならそうなんだろう。
俺はそう考えている時、エノキの視線に気付いた。
「なんだよ?」
「……」
エノキは珍しくつっかかって来ず俺と香織の事を見ているだけだった。
「なんてゆーか不吉なんだよなー。……タイチ、カオリ。お前ら絶対死ぬなよな」
「エノキよ、お前に言われるまでもない!俺達は死なん」
俺は大きな声でエノキの不安を一蹴し、香織に手を回し引き寄せた。
エノキは何とも言えない顔をしていた。
香織もやはり不安なようで顔色は良くない。
「出来たわ。タイチこれ首にかけてみて」
シャロがネックマウント型に細工したカメラを渡してきた。かけてみると胸の上あたりにちょうどレンズがくる位置におさまった。バッチリだな。
ちょっと離れたところにいるジョージもノートパソコンのモニターを眺めグッドサインを送っている。そしてグッドラック!と、やはり静かなテンションで言ってくれた。
そして俺のスマホが10時を示した頃。
「じゃあそろそろ出発するか。デヴォンシャーの留守は頼むぞジャンタン」
ウェイバーは出発の合図をした。
「うっす!タイチ、カオリ……無事で帰ってこいよ!」
「おう!」
「……」
香織は不安からか口を閉ざしていた。
ヴォイニッツ洞窟の近くまで俺、香織、ウェイバー、エノキ、マウロ、シャロ、ジョージといった布陣で近づいた。もちろん洞窟内に入るのは俺と香織だけだ。
今回、風魔法で俺達をそこまで送ってくれたのはエノキだった。
レベルアップしたせいか以前にも増して魔法の威力が強くなっているような気がした。
「じゃあ行ってくるよ」
俺と香織は後ろにいる皆を振り向きながら別れを告げた。
ドクン……ドクン……。
俺は今になってやっと緊張して来た。
香織と二人で岩山を登っていくとヴォイニッツ洞窟の入り口が見えた。エノキも言っていたがかなり大きな洞窟だ。
光輪を出し、明るさを調節し俺達は中に入っていく。洞窟は奥へと続いている。――そして俺達は円形の広場のような所に出た。
そこには明かりが灯されていた。俺は光輪をさらに明るくして辺りを見回したが誰もいないようだった……。
昼過ぎと言っていたから奴はまだ来てないのかも知れない――。
そう思っていたら突如鋭い男の声がこだました。
「ハッ。待ってたぞササキタイチ!」
その声は奥の祭壇のような岩場から聞こえて来た。見てみるとそこには人が一人寝そべっていた。
そして科学魔法の象徴である緑の魔方陣がしっかり展開されていた。
「逃げずによく来たな。しかも本当に二人で来るとは……ああ、デヴォンシャーでマウロの忠告を受けたのか、なるほど」
こちらは何も言っていないのにどんどん自分達の記憶を読み取られていく……とんでもない精度の『読心』!間違いない、コイツがハムだ!!
「ふっ、そうだよ。俺がハムだ。マウロからある程度俺の話は聞いてるよな?自己紹介はしねーぜ」
やや気だるげにそう話すこの男からは緊張感のかけらも感じられない。
「あ、あの子はどこにいるの?」
香織はちょっと震えながらもハムにそう聞いた。
「イシダカオリか……」
そう言うとハムはすぐ横に向かってアゴで誰かに何かを指示した。すると突然俺達も見たことのある二人が出現した。
それは俺達が連れ戻そうとしていたあの少女と、そしてダッバーフだった。
「あ、あの子だ!それにダッバーフも!?……やっぱりハム、お前が連れて行ったんだな!?」
「フッ、その通り。ちなみにこのガキはお前達がここに来る確率を上げるためのおとりだ、もう用はない」
そのセリフを聞いて俺は警戒感を抱いた。用済みになった少女をハムが殺すのではないかと思ったからだ。
「おいおい、別に俺はガキに何かするような趣味はねえぜ?」
一々心を読んでくるハム。
しかしハムの言葉は嘘ではないらしく少女はダッバーフの元を離れて俺達の元へ駆け寄って来た。
「うっ……タイチ、カオリ……!」
少女は泣きながら俺達の名前を呼んだ。
以前のように感情が全て消え去ったような状態ではなかったので俺は少しだけホッとした。
だが安心させて後ろからグサリ……みたいな事を警戒して俺はハムの方をずっと睨んでいた。
「そう警戒すんなよ。言ったろ?ガキに興味ないって」
俺達の元へ走って来た少女を軽く抱いてから俺はハムに聞いた。
「ハム、お前何のために俺達を呼んだんだよ?」
すると帰ってきたのは意外な言葉だった。
「お前に惚れたんだ」
ええー嫌すぎる!
「まあ……」
まあ、じゃねえよ香織!香織は両頬に手を当てている。
「い、いや。ちょっとよく分からない……言っとくけど、お、俺はそういう気はないぞ!?」
するとハムは呆れたような歪んだ笑顔でこう答えた。
「気色悪い勘違いすんな。俺の観察対象として優秀っつー話だ」
俺は安心していいのかダメなのかよく分からない状態になった。
「俺はしばらくタイチ、お前のことを近くで見てたんだぜ?ドラゴン退治からソリオンでロジャー先生と酒を飲んでデヴォンシャーに帰るまでずっと側にいたぞ。それに読心を強めにかけて深いところまでお前の心を読んだ。いやーホントいいわーお前。その真っ直ぐさ、歪みの無さ!――最高の素材だ!!」
俺は今までの俺の行動範囲にずっとコイツがいたことに恐怖を感じ鳥肌が立った。
「……な、何がしたいんだよ?お前は」
俺がそう尋ねるとハムはニーッっととてつもなく狂気的な笑顔をつくる。こんな恐ろしい顔は生まれて初めて見たかも知れない。
「ワハハハハハ!」
するとここで突如ダッバーフが笑い出し、そして高らかに演説を始めた。
「このお方はすべての生物の生殺権を握っておられるお方!もはや神といっても過言ではない。さあ今そこそのお力で世界を――」
ドスッ!!……。
ダッバーフが言い終わる前にハムの剣がダッバーフの胸部を貫いた。
「ガ……ガハッ……!」
大量の血を吹き出すダッバーフ。こ、これは即死だ……。
「うっ……!」思わず目を伏せる香織。
「フン。科学魔法使いを大量に連れてくるというお前の役割はもう終わった。お前自体には毛ほどの興味もない。世界征服なんて幼稚な事して何が面白いんだ?」
淡々と何の感情も抱かず人を簡単に殺せる人間、まさにその現場を目撃した俺は戦慄した。
「知ってるかもしれねーが、この世界……お前らがオルターと呼んでいるここの魔法は低級魔法ばかりだ。それ以上の魔法は各所に封印されている」
「……上位の魔法が危険だからだろ?」
俺はデヴォンシャーの図書館で見た歴史書の内容を思い出した。
「しかぁし!俺にとっては封印など関係ない。どこへでも侵入し誰の脳でも覗くことが出来る。そうして得た情報を元に俺は新たな科学魔法を作り上げた!」
ハムは両手を広げたポーズを取ると地面に見たこともない色の魔法陣が現れた。
アレは緑……いや宇治色か!?
そして俺と香織を囲うように緑の魔法陣が次々と展開されていった!
どうやら今まで科学魔法使いがハイドで大量に隠れていたらしい。
ビタッ……!!
その瞬間俺の身体が金縛りのように動かなくなった!!え、なに!?体が……動かない!なんで??
ハムは俺の前にゆっくり歩いてくる。
「俺の『読心』は相手の感情、記憶、そして言語といった脳の全ての部位に干渉し――高い精度で読み取ることが出来る。……ところでタイチ。そのお前が首からぶら下げてるカメラってのは便利なもんだな?」
そう言ってハムは俺の胸元を指さした。
「ぐっ……くそっ……!」
相変わらず俺は動くことが出来ない。
「でもよぉ盗撮なんてダメだろぉ?タイチ」
ザクッ!
ゴオオッ……。
胸元のカメラをハムに剣で切り取られ、火魔法で焼き壊された。
「さあっ、お楽しみの時間だ……クク」
ハムがそう言うと俺の意志とは無関係に手から光輪が5つ出てきた!
「なっ何だ……よ……コレッ!!」
必死に抗おうとするがどうにもならない!
「一体何をした!?」
「なーに、一時的にお前の脳の一部を乗っ取っただけさ」
ハムは薄ら笑いを浮かべながら全ての光輪を刃状に鋭く変形させた……そして。
それらを全て香織の身体にはめていった……おいっ!!!!




