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あいどるwakaba 全ての紳士たちへと贈るR15の輝き  作者: 鈴木 厳流彩


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1章三節終盤


 節の太い指。少し硬い掌。肌へ触れたときに残る、独特のざらつき。肩へ来た手が次にどこへ移るのか、その前にどれほど間を置くのか、こちらがどんな表情をすれば機嫌よく笑うのか。


 最初は、そのひとつひとつが嫌だった。


 何をされるかわからないことが怖くて、触れられるたび身体を固くし、早く離れてほしいと思っていた。


 けれど同じ時間を何度か繰り返すうちに、知らないことが減っていった。


 次が予測できる。


 その次も、おおよそわかる。


 だから身構える場所を決められるし、驚かなくて済む。


 そのことに安堵している自分が、若葉は嫌だった。


「……っ。」


 不意に肩が小さく揺れた。


「どうした?」


「なんでも……ありません。」


「若葉ちゃん、ほんとわかりやすいな。」


「……そんなこと、言わないでください。」


 声が少しだけ柔らかくなる。


 それも自分で選んだのか、反射だったのか、若葉にはわからない。


 社長は笑い、若葉をベッドへ導いた。背中が柔らかなシーツへ沈み、間接照明が急に近くなったように眩しく感じられて、若葉は片腕で目元を隠した。


 その腕を、社長がそっと退ける。


「顔、見せてよ。」


「……恥ずかしいです。」


「今さら?」


「今さらでも、です。」


 そんな会話だけを切り取れば、恋人同士にだって聞こえるだろう。


 そう考えたら少しおかしくて、けれど同じくらい悲しくもあった。


 顔が近づく気配に、若葉は目を閉じる。首筋へ息が触れ、髪の生え際へ指がかかる。知らない相手なら、そのたびに次を考えていたのだろう。


 この人なら、考えなくてもわかる。


「……社長。」


「ん?」


「もう少し……優しくしてください。」


 その言葉だけは、考える前に出た。


 社長の動きが緩む。


 髪へ触れる手も、肩を包む掌も、それまでより慎重になった。


「これくらい?」


「……はい。」


 目を閉じたまま答える。


 指先のざらつきまで、若葉は知っている。


 好きではない。


 この時間を望んで来たわけでもない。


 それでも、知らない相手ではないというだけで、身体のどこかから余計な力が抜けてしまう。


 その安堵へ名前をつけるのが嫌だった。


「……あ。」


 小さな声が零れた。


 社長がわずかに笑う。


「ほら。」


「……言わないで。」


 若葉は顔を背けた。


 耳のあたりまで赤くなっていくのが、自分でもわかった。


 この人が好きだからではない。


 ここにいたいからでもない。


 ただ、知らない相手よりも、何をしてくるのか知っている相手のほうが楽になってしまった。


 それを「慣れ」と呼ぶことだけは、まだしたくなかった。


「若葉ちゃん。」


 名前を呼ばれ、若葉は目を開けた。


 見下ろしてくる社長の表情には、仕事の打ち合わせでも始めるような穏やかさがあった。


「次のシングル、決まったよ。リリースは来月。」


「……っ。」


 息が止まった。


「本当……ですか?」


「ああ。」


 胸の奥で、何かが勢いよく跳ねた。


 今度だけは違った。


 待ち続けていた言葉だった。


 まだ歌える。


 まだ名前を出してもらえる。


 まだ、自分の声が入ったCDが店に並ぶ。


 嬉しい。


 その感情だけは、疑いようもなく若葉自身のものだった。


 気づけば、社長の背中へ腕を回していた。


「ありがとうございます……社長。」


 指先が、シャツを強く掴む。


 社長はそんな若葉を見て、満足そうに笑った。


 再び二人の距離が縮まり、柔らかなシーツがゆっくり沈んでいく。


 次のシングルは来月。


 まだ、自分は終わっていない。


 その言葉を胸の中で繰り返している間だけは、この夜にも何か意味があるのだと思えた。


 窓の外では街の明かりが、こちらの事情など何も知らずに瞬いている。


 若葉は社長の肩へ顔を寄せ、その光を見ないように目を閉じた。

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