1章6節終盤
バスルームを出ると、部屋には先ほどまでと同じ静けさが戻っていた。
若葉は薄い部屋着へ腕を通し、そのままベッドへ横になる。十分に乾いていない髪が枕の上へ広がり、首筋に残った水気が布へ触れるたび、微かな冷たさを残した。
スマートフォンを手に取ると、スタッフからのメッセージにはすでに既読がついており、新しい通知はひとつも来ていない。若葉はそのまま画面を暗くし、部屋の明かりも落とした。
暗い天井を見つめながら布団を胸元まで引き上げると、温かなシャワーを浴びたばかりだというのに、身体にはまだ今日の名残が薄く残っているように思えた。柔らかな部屋着が肌へ触れ、シーツが脚へ沿うたび、普段なら意識すらしない感触が今夜に限って妙に近い。
脚の位置を少し変えると布が擦れ、そのわずかな刺激だけで、シャワーの中では静まったはずの感覚がどこかで小さく揺れた。
若葉はそれを確かめることもせず、ゆっくり息を吐いた。
洗って、拭いて、着替えて、もう何も残っていないはずなのに、今日という一日の輪郭だけは、薄い膜のようにまだ身体へまとわりついている。
やがて顔を横へ向けると、隣の枕が暗闇の中で白く浮かんでいた。
その何もない場所を見つめた途端、ソファで考えていたことがもう一度胸の奥へ戻ってくる。何かをしてくれなくても、何かを聞いてくれなくてもよかった。ただそこに誰かがいて、同じ暗闇の中で自分とは別の呼吸をしてくれていたら、それだけで今夜は少し違っていたのかもしれない。
けれど、隣には誰もいない。
若葉はしばらく空いた枕を見つめてから、静かに目を閉じた。
少なくとも眠っている間だけは、誰にも「若葉」でいることを求められずに済む。そう思いながらひとり分の布団の中でゆっくり身体を丸めると、まだ湿っている場所から零れた一滴が肌を伝い、そのまとわりつくようななま暖かさだけを残して、やがて寝具の奥底へと静かに吸い込まれていった。




