一章七節
画面の中のアナウンサーは、明るく整った声で原稿を読んでいた。
「本日9月13日、アイドルグループ『フレッシュリーフ』の若葉さんが、電撃結婚を発表しました。お相手は、若手特撮俳優の草田雅男さんです。また若葉さんは、新曲のリリースをもってグループを卒業し、芸能活動を一旦休止する意向を明らかにしています。」
映像が切り替わる。
草田と並んで立つ若葉の写真が、テレビいっぱいに映し出された。
若葉は少し大きめのコートを羽織り、草田はスーツ姿で穏やかに微笑んでいる。二人ともカメラへきちんと顔を向けていたが、その間には、写真を撮る直前に立ち位置を指示されたことがわかる程度の、不自然ではない隙間が残っていた。
「草田さんは、特撮ドラマ『カイザー、必殺の笑顔』で主人公の相棒役を務めたことで知られ、今後の活躍が期待される若手俳優です。今回の結婚についても、関係者からは『互いを支え合う温かい家庭を築いてほしい』との声が上がっています。」
テレビの前で、若葉は黙ってその原稿を聞いていた。片手は、無意識に自分の下腹部へ置かれている。
まだ、外から見て分かるほどの変化はない。
コートの下の身体も、鏡に映せば以前とほとんど変わらない。それでも若葉は、病院で見た小さな影を覚えていた。
草田雅男。
画面の中では「今後の活躍が期待される若手俳優」と紹介されている。
けれど若葉は、ニュース原稿に入らない部分も知っていた。
特撮の仕事はこの一年でほとんどなくなり、マネージャーからも「次の企画は厳しい」と伝えられていること。実家は地方の小さなクリーニング店で、父親が体調を崩してから、本人が本気で店を継ぐことを考え始めていること。
それらは、画面には映らない。
結婚の話が出たのは二週間前だった。
事務所の上層部と草田の所属事務所が同席した部屋で、若葉はほとんど口を開かなかった。
草田は「子供のためにも、形だけでも」と低い声で言った。
若葉は頷いた。
それ以外の選択肢があるとは、到底思えなかった。
画面の中で、アナウンサーが続ける。
「新曲のタイトルは『Continue』。若葉さん自身が作詞に参加した楽曲で、前向きなメッセージが込められているとのことです。」
若葉はリモコンを取り、テレビの音量を少し下げた。
Continue──次へ進む。
テレビの中では、それだけで一つの綺麗な物語になっていた。
下腹部へと当てられた掌からは、まだ何も感じられない。ただ、記憶の中にある超音波検査の画面に映った小さな影だけが、そこに何かがいることを教えてくれていた。
ふいに、テーブルの上でスマートフォンが震えた。
草田からだ。
『ニュース見たよ、お疲れ様。来月、実家の方に一度顔を出す話になってるけど、時間ある?』
スマホの画面を見つめていた若葉の指が返信欄を開き、だが、そこまでだった。
文字を打とうとした指が止まる。
何を書けばいいのかうまく浮かばない。
少し迷ったあと若葉が選んだのは、いつもの犬。
満面の笑顔で大きな「OK」のバッジを掲げているそれを選ぶと、若葉はただ黙って、テレビの音を消した。
画面の下には新曲発売日、結婚発表、活動休止という文字が順番に並び、若葉のこれからが数行のテロップに整理されていく。
意識を下腹部から窓の外へと移すと、街の明かりが遠くぼんやり浮かんでいた。
あの夜ホテルへ向かうタクシーから眺めていた夜景と同じはずなのに、今はもう、ずいぶん遠い昔のように思える。
新曲『Continue』の紹介が今も続く液晶画面の向こう側には、アイドルとしての若葉が立つ場所など、1ミリも残ってはいなかった。




