1章6節
その夜、ソファから立ち上がることは、いつにも増して億劫だった。
一晩で二人もの相手と過ごしたという事実を思い返すだけで、胸の奥へ鈍い嫌悪が沈んでいく。一体いつから、こんなふうになってしまったのだろう。何を言ったところで、結局は言い訳にしか聞こえない気がした。
プロデューサーに求められたときも、脚本家を名乗る男から誘われたときも、最後まで強く断ることはできなかった。それで仕事が増えたこともあれば、何も残らず終わったこともある。期待させられたまま連絡が途絶え、あとになって振り返れば、自分だけが覚えている時間だけが残っていたこともあった。
そのたび誰かへ相談しようと思い、やめた。スタッフに話せば面倒な子だと思われるかもしれない。事務所へ訴えれば、かえって自分の立場が悪くなるかもしれない。友達には何から説明すればいいのかわからず、両親にはなおさら言えなかった。
だから最後には、自分の胸の中へ押し込むしかなかった。
もとはと言えば、自分のせいなのだと思っておけば話は簡単だった。断れなかったことも、助けを求めなかったことも、ここまで来てしまったことも、全部自分の選択だったことにしてしまえばいい。
けれど、本当にそれだけなのだろうかと考えるたび、すぐに怖くなった。もし誰かを頼ったことで仕事がなくなったら。もし相手より自分のほうが悪者にされたら。そんな想像を繰り返しているうちに、若葉はいつの間にか、助けを求めることそのものを諦めるようになっていた。
それでも、誰かに傍にいてほしいと思うことだけは消えなかった。
何も聞かなくてもいいし、何も解決してくれなくてもいい。ただ、自分以外の誰かが同じ部屋にいて、眠りにつくまでのわずかな時間を一緒に過ごしてくれたら、それだけで少しは違うのではないか。
若葉はそんなことを考えながら、しばらく天井を見つめていた。
胸の上に置いたスマートフォンが、じんわりと熱を持っている。誰もいない部屋には、スタッフの声も、社長の声も、もう残っていない。
やがて小さく息を吐くと、胸の奥に沈んでいたものまで一緒に飲み下すように、若葉は身体を起こした。
「……よし。」
口にしてみても、たいして気合いは入らない。
それでも立ち上がり、重い脚を動かしてバスルームへ向かった。




