シライシミツキ
家の中は妙に静かだった。
机の上には、開いたままの教科書とノート。
紗季はそれらに一度も手をつけていなかった。
視線だけが、ぼんやりと窓の外を向いている。
いつもなら学校から帰っている時間だ。
「……」
紗季はベッドの上で、膝を抱えていた。
頭の中から、昨日のことが離れない。
六時の放送。
返事。
そして──消えた悠真。
「……なんで私達が狙われるの」
小さく呟く。
今日、学校に行けば。
いつも通りに悠真がいるような気がする。
でも、もしいなかったら?
「……怖い」
紗季はスマホを握りしめた。
五人のグループチャットを開く。
蓮。
悠真。
理央。
美月。
そして自分。
昨日までは、くだらない話をしていた。
それなのに。
悠真からも、美月からも何も来ない。
「……」
嫌な考えが浮かぶ。
もし。
悠真を連れていった"何か"が、まだいるのなら。
次に狙われるのは──。
「……やめよう」
紗季は首を振った。
「考えすぎだよ……」
そう言い聞かせる。
ただの噂。
そうに決まっている。
けれど。
「……悠真」
紗季は顔を伏せた。
時計を見る。
午後六時。
その瞬間。
───ピンポーン。
「……っ」
紗季の肩が跳ねた。
心臓が大きく鳴る。
「……誰?」
返事はない。
紗季は動けなかった。
まさか。
悠真を連れていった"何か"が来たのか。
そんな考えが頭をよぎる。
「……そんなわけない」
自分に言い聞かせる。
「考えすぎ……」
宅配かもしれない。
家族かもしれない。
友達かもしれない。
なのに。
玄関の向こうにいるものを確かめるのが、どうしても怖かった。
───ピンポーン。
もう一度。
チャイムが鳴る。
「……」
紗季はゆっくり立ち上がった。
一歩。
また一歩。
玄関へ近づく。
そして。
「……紗季」
ドアの向こうから声がした。
「……え?」
「俺。蓮」
聞き慣れた声。
紗季はドアの前で立ち止まった。
「……蓮?」
「うん」
紗季はしばらく黙っていた。
それから、ゆっくりドアを開ける。
「……どうしたの?」
「話したいことがある」
蓮はいつもより真剣な顔をしていた。
「……入って」
*
────その日の昼休み。
少し時間を遡る。
図書室。
蓮と神谷は、古い資料が並ぶ棚の前に立っていた。
「二十年前の学校の記録……」
神谷が背表紙を指でなぞっていく。
「この辺りだと思う」
「よく分かるな」
「なんとなく」
「なんとなくで見つけるなよ……」
神谷は返事をせず、一冊のファイルを取り出した。
机に置き、ページをめくる。
「……違う」
「こっちも違うな」
二人は黙々と資料を探した。
しばらくして、神谷が顔を上げた。
「……蓮」
「ん?」
「私とあなたは、今から謎を解き明かすパートナーなんだから」
「……」
「神谷じゃなくて、理央って呼んで」
蓮は少し驚いた。
「……分かった」
「では、そこの本を取ってちょうだい。ワトソン君」
「……分かったよ、ホームズ。」
「蓮って意外に物知りなのね。」
「意外にってなんだよ」
二人は顔を見合わせる。
そして。
久しぶりに笑った。
「……久しぶりに笑ったな」
蓮が呟く。
「……うん」
理央も小さく笑った。
だが、
その笑顔は、当然すぐに消えた。
「……これ」
理央が一冊の古いファイルを取り出した。
表紙には、
――県立朝倉高校 学校記録
――二十年前
と書かれている。
蓮はファイルを開いた。
数ページめくる。
当時のクラス名簿。
行事記録。
写真。
そして───
「……二年三組」
蓮の指が止まった。
そこには、二十年前の二年三組の記録が残っていた。
写真の横には、生徒の名前が並んでいる。
「……五人」
蓮がページを覗き込む。
そこには、当時のクラス写真が載っていた。
写っている生徒は五人。
だが、その下に並んでいる名前は六つあった。
「……おかしい」
六つの名前のうち、五つは黒く塗りつぶされている。
唯一読むことのできる名前。
───白石美月。
「……白石、美月」
蓮が呟いた。
その瞬間。
「……やっぱり」
理央が小さく呟いた。
「……何が?」
蓮が振り向く。
「今、やっぱりって言ったよな?」
「うん」
「知ってたのか?」
「確信はなかった」
理央は写真から目を離さずに答えた。
「でも、前から気になってたことがあった」
「何?」
「白石の弁当箱」
「弁当箱?」
「初めて見たとき、私、聞いたでしょ」
理央は少し考える。
「『それ、いつ買ったの?』って」
「ああ……そういえば」
蓮は思い出した。
転校してきたばかりの美月が持っていた、少し古びた弁当箱。
理央は、それを見た瞬間に尋ねていた。
「白石の弁当箱やけに古かったってお母さんに言ったら形状を聞かれてさ、その形状の特徴が昔お母さんが使ってた弁当箱と同じだった。」
「同じ?」
理央は頷いた。
「だから、ずっと引っかかっていたの。使い古したお弁当箱を使ってるなぁって。」
「それが、二十年前と関係あるのか?」
「そのときは、何も分からなかった」
理央は白石美月の名前をゆっくりなぞる。
「でも……今、分かった」
「……」
「二十年前の記録に、白石美月がいる」
蓮は息を飲んだ。
理央は古い記録に再度、目を戻す。
蓮はもう一度、写真を見た。
五人の生徒。
六つの名前。
そして、その中にある──白石美月。
「……偶然じゃないってことか」
「たぶん」
理央は静かに答えた。
「白石は、二十年前からこの学校にいた」
蓮は言葉を失った。
昨日まで普通に話していた白石美月。
その存在が、二十年前の記録の中にも確かに残っている。
なのに───。
なぜ五人しか写っていないのか。
そして、なぜ残りの名前は黒く塗りつぶされているのか。
「……白石は、一体何なんだ?」
「……ねぇ、これ」
理央が指を指した。
そこには、短くこう書かれていた。
**二十年前、二年三組所属生徒四名が行方不明。**
「四人......」
理央が呟く。
「今の俺たちと同じ人数だ」
「これ、写真撮っておこう」
「うん」
二人は資料を撮影した。
そして昼休みが終わる前に、図書室を出た。




