情報収集
二人は教室へ向かった。
朝の校舎には、昨日までと変わらない喧騒があった。
廊下を走る生徒。
友達同士で話しながら歩く生徒。
教室から聞こえる笑い声。
それなのに、蓮にはすべてが遠く感じられた。
昨日までなら、その中に悠真もいた。
くだらない話をして。
授業が始まれば、いつものように真面目な顔をして。休み時間になれば、蓮たちのところへ来る。
それが当たり前だった。
なのに――。
もう、いない。
「……蓮」
「ん?」
神谷が前を向いたまま言った。
「まず、確認しよう」
「何を?」
「黒田が、本当に消えたのか」
蓮は足を止めた。
「……どういう意味だ?」
「黒田は確かに消えた、でもそれが存在ごと消えたのか。それとも記憶には残ってるのか。」
蓮は少し考えた。
「……聞いてみるか」
「うん」
二人は教室へ入った。
まだ朝のホームルーム前だった。
何人かの生徒が席についている。
蓮は、その中の一人に声をかけた。
「なあ」
「ん?」
「黒田って知ってる?」
「……黒田?」
生徒は少し考える。
その数秒が、やけに長く感じられた。
「黒田悠真だよ。クラスの」
「ああ、知ってるけど」
蓮の胸が、少しだけ軽くなった。
「昨日、委員会に行ってたんだけどさ。戻ってこなくて」
「そうなの?」
「ああ」
「今日、休みじゃない?」
「……え?」
蓮が顔を上げる。
「今日、黒田休みだろ?」
「……」
その言葉に、蓮は何も返せなかった。
知っている。
この生徒は悠真を知っている。
「……他の奴にも聞こう」
神谷が小さく言った。
二人は何人かの生徒に同じ質問をした。
結果は、ほとんど同じだった。
黒田悠真という生徒を知っている。
同じクラスだったことも覚えている。
悠真が普通に欠席しているだけのように話す。
教室を見渡した。
悠真の机。
そこには何も変わらず置かれている。
机も椅子もある。
まるで今日も悠真が来ることを待っているようだった。
「私たちは、まだ覚えてる」
「……それもいつまで続くかはわかんねぇな」
蓮は誰に言うでもなく呟いた。
そのとき、チャイムが鳴った。
二人は席へ戻った。
担任は朝の出欠連絡を告げる。
「今日は水野と白石が休みだ。」
「共に欠席理由は体調不良だそうだ。」
教室の中から、何人かが小さく話す声が聞こえる。
そんな声も、蓮には遠く聞こえた。
そして最後。
「黒田」
担任は名簿を見て、少しだけ眉を寄せた。
「……黒田も欠席か」
その言葉に、蓮の心臓が跳ねた。
――欠席。
違う。
悠真は欠席なんかじゃない。
蓮は俯いて、強く拳を握った。
そして、授業が始まっても蓮は黒板を見ていなかった。
頭の中にあるのは、悠真のことだけだった。
授業が終わる。
次の授業が始まる。
そしてまた終わる。
時間だけが過ぎていく。
昼休み。
蓮は一人、教室の隅から悠真の机を見ていた。
誰もそこに座らない。
誰も気に留めない。
まるで――最初から空席だったかのように。
「……蓮」
神谷が隣に立った。
「先生にも聞こう」
「うん」
二人は昼休みに職員室へ向かった。
「先生」
「どうした?」
「黒田悠真のことなんですけど」
担任は顔を上げた。
「ああ。今日は休みだな」
「……先生」
「ん?」
「黒田って、昨日……委員会に行きましたよね?」
「昨日?」
「はい」
担任は少し考えた。
「……委員会?」
「黒田が、昨日」
「黒田は昨日、委員会には来てないぞ」
蓮は息を止めた。
「……え?」
「そもそも昨日の委員会に、黒田の名前はなかったと思うが」
神谷を見る。
神谷も、同じように固まっていた。
蓮の脳裏に、昨日の光景が蘇る。
委員会へ向かう悠真。
戻ってこない悠真。
そして――六時の放送。
あの声。
返事。
消えた姿。
「……先生」
「なんだ?」
「黒田って……昨日、普通に学校にいましたよね?」
担任は不思議そうな顔をした。
「もちろん。朝からいたよ」
「……」
「どうした?」
「……いえ、失礼しました。」
二人は職員室を出た。
廊下に出た瞬間、蓮は壁に背中を預けた。
「……分からなくなってきた」
「私も」
神谷が答える。
「悠真はいた。でも、昨日の委員会にはいなかった」
「……」
「悠真は確かに消えたはずなのに、みんな悠真を知ってる。」
「……」
蓮は俯いた。
何かが、少しずつ狂っている。
けれど、その「何か」が何なのか分からない。
「……神谷」
「うん」
「もしかしたら俺たちも皆のように悠真が消えた事を疑わなくなるかもしれない。」
「そうならない前に、全部調べよう」
「そのつもり」
神谷は少しだけ間を置いた。
「それで、一つ疑問がある」
「何?」
「図書室」
「図書室?」
「学校の昔の記録が残ってるかもしれない」
蓮は神谷を見る。
蓮は無策で神谷が動くとは到底思えなかった。
「……行くか」
「うん」
二人は並んで歩き出した。
向かう先は、図書室。
黒田悠真が消えた理由。
六時の放送。
そして、この学校で何が起きているのか。
まだ何一つ分からない。
それでも。
蓮は歩くのをやめなかった。
ポケットの中には、昨日拾った黒田の学生証が入っている。
冷たい感触が、そこに残っている。
黒田が確かに存在していた証拠。
それだけを頼りに、二人は図書室へ向かった。
*
その頃。
紗季は、家にいた。
窓から差し込む光は、もう夕方の色に変わり始めている。




