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あの教室には、五人しかいない  作者: 飛べない夜鷹/渡辺はるき
第三章

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担任の伝言

教室の扉が開き、掃除を終えた生徒たちが次々と戻ってくる。

「暑っ……」

「今日の掃除マジで疲れた」

「早く帰ろうぜ」

さっきまで静かだった教室が、一気に騒がしくなった。

机を引く音。

椅子を戻す音。

友達同士の笑い声。

いつもの放課後の風景。

鞄の中には、白石美月のノートが入っている。

その存在が、ずっと頭から離れなかった。

───六人目になった人は、七人目が来るまでに教室を出なければならない。

あの文章を思い出すだけで、胸の奥が重くなる。

「……蓮」

紗季が小さな声で呼んだ。


「ん?」


「ノート……どうする?」


蓮は鞄に目を落とした。


「持って帰る」


「先生には?」


「……まだ言わない」


紗季は少し不安そうな顔をした。


「どうして?」


「まだ分からないことが多すぎるから」


蓮は小さく息を吐く。


「先生に見せる前に、俺たちで調べたい」


「……分かった」


紗季が頷く。

理央も白石の席を見つめながら口を開いた。


「私も、その方がいいと思う」


「理央も?」


「うん」


理央は声を落とした。


「最後に書いてあったことが気になる」


「六人目……」


蓮が呟く。


「それと七人目」


理央が続けた。


「昨日まで、そんな話は聞いてない」


「……ああ」


蓮は白石の机を見る。

そこには、誰も座っていない。

ただ、教科書だけが置かれている。

「でも、白石は知ってた」

三人の間に、沈黙が落ちた。

そのとき。

「ほら、席つけー」

担任が教室へ入ってきた。

三人はそれ以上話さなかった。


*


終礼が終わる。

「じゃあ、気をつけて帰れよ」

担任が教卓を離れる。

生徒たちが一斉に立ち上がった。

「また明日なー!」

「部活行こうぜ!」

教室から次々と生徒が出ていく。

三人も帰る準備を始めた。

蓮が鞄を肩に掛ける。

「……帰ろうか」

紗季が言った。

「ああ」

三人が教室を出ようとした。

そのとき。

「佐伯」

担任に呼び止められた。


「……はい?」


「少し聞きたいことがある」


担任の表情は、さっきまでとは違っていた。

蓮は足を止める。


「黒田のことなんだが」


その名前を聞いた瞬間。

胸の奥が、強く締めつけられた。


「……黒田?」


「一昨日、最後に黒田と話したのは佐伯だったか?」


蓮は黙った。

脳裏に浮かんだのは、悠真の姿。

そして、最後の言葉。

───頼んだぞ、蓮。


「……はい」


「何か変わった様子はなかったか?」


蓮は視線を落とした。

言えるわけがない。

目の前から消えたなんて。

そんな話をしたところで、誰も信じてくれない。


「……少し、疲れているようには見えました」


「そうか……」


担任が小さく息を吐く。


「実はな。今日、黒田のお母さんから学校に連絡があった」


蓮が顔を上げる。


「母親から?」


「ああ」


担任は少し言葉を選ぶように続けた。


「昨日から帰ってきていないことを、かなり心配しているらしい」


その言葉を聞いた瞬間。

蓮の胸が痛んだ。

───母さんには、迷惑かけちまうな。

悠真の最後の言葉が、頭の中に蘇る。


「それで、明日時間があれば母親が聞きたいことがあると」


「……どこでですか?」


「病院だ」


「......」


担任は蓮を見る。

蓮は黙った。

病院。

悠真の母親。

何を聞かされるのか。

何を知っているのか。

考えるほど、胸の奥が重くなっていく。


「佐伯には迷惑かけるな。」


「……いえいえ。」


「黒田と一番仲が良かったから何か知っていると思ったが。」


その言葉に、蓮は俯いた。

一番仲が良かった。

その言葉が、今はひどく重かった。

すると。

「私も行きます」

紗季が言った。

「水野も?」

「はい。私も悠真のこと、知りたいから」

蓮は紗季を見る。

その目には、不安が浮かんでいた。

それでも、逃げようとはしていなかった。

「……私も」

理央も続ける。

担任は少し驚いた顔をした。


「神谷もか」


「はい」


少しの沈黙。

やがて担任は頷いた。


「分かった。じゃあ明日の放課後、三人で病院に行ってくれ」


「……はい」


担任が教室を出ていく。

残された三人は、しばらく黙っていた。

窓の外を見る。

夕方の光はもう薄く、校舎の廊下には長い影が伸びていた。

紗季が小さく口を開く。


「……明日、悠真のお母さんに会うんだね」


「ああ」


蓮は答えた。

鞄の中にあるノートの感触を確かめる。

二十年前の六月十七日。

白石美月。

六人目。

そして、昨日消えた黒田悠真。

一つずつ調べていくたびに、二つの出来事が近づいているような感覚があった。

「……明日、何か分かるかもしれない」

蓮が呟く。

三人は静かになった教室を後にした。

夕暮れの廊下を歩く足音だけが、校舎の中に響いていた。

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