担任の伝言
教室の扉が開き、掃除を終えた生徒たちが次々と戻ってくる。
「暑っ……」
「今日の掃除マジで疲れた」
「早く帰ろうぜ」
さっきまで静かだった教室が、一気に騒がしくなった。
机を引く音。
椅子を戻す音。
友達同士の笑い声。
いつもの放課後の風景。
鞄の中には、白石美月のノートが入っている。
その存在が、ずっと頭から離れなかった。
───六人目になった人は、七人目が来るまでに教室を出なければならない。
あの文章を思い出すだけで、胸の奥が重くなる。
「……蓮」
紗季が小さな声で呼んだ。
「ん?」
「ノート……どうする?」
蓮は鞄に目を落とした。
「持って帰る」
「先生には?」
「……まだ言わない」
紗季は少し不安そうな顔をした。
「どうして?」
「まだ分からないことが多すぎるから」
蓮は小さく息を吐く。
「先生に見せる前に、俺たちで調べたい」
「……分かった」
紗季が頷く。
理央も白石の席を見つめながら口を開いた。
「私も、その方がいいと思う」
「理央も?」
「うん」
理央は声を落とした。
「最後に書いてあったことが気になる」
「六人目……」
蓮が呟く。
「それと七人目」
理央が続けた。
「昨日まで、そんな話は聞いてない」
「……ああ」
蓮は白石の机を見る。
そこには、誰も座っていない。
ただ、教科書だけが置かれている。
「でも、白石は知ってた」
三人の間に、沈黙が落ちた。
そのとき。
「ほら、席つけー」
担任が教室へ入ってきた。
三人はそれ以上話さなかった。
*
終礼が終わる。
「じゃあ、気をつけて帰れよ」
担任が教卓を離れる。
生徒たちが一斉に立ち上がった。
「また明日なー!」
「部活行こうぜ!」
教室から次々と生徒が出ていく。
三人も帰る準備を始めた。
蓮が鞄を肩に掛ける。
「……帰ろうか」
紗季が言った。
「ああ」
三人が教室を出ようとした。
そのとき。
「佐伯」
担任に呼び止められた。
「……はい?」
「少し聞きたいことがある」
担任の表情は、さっきまでとは違っていた。
蓮は足を止める。
「黒田のことなんだが」
その名前を聞いた瞬間。
胸の奥が、強く締めつけられた。
「……黒田?」
「一昨日、最後に黒田と話したのは佐伯だったか?」
蓮は黙った。
脳裏に浮かんだのは、悠真の姿。
そして、最後の言葉。
───頼んだぞ、蓮。
「……はい」
「何か変わった様子はなかったか?」
蓮は視線を落とした。
言えるわけがない。
目の前から消えたなんて。
そんな話をしたところで、誰も信じてくれない。
「……少し、疲れているようには見えました」
「そうか……」
担任が小さく息を吐く。
「実はな。今日、黒田のお母さんから学校に連絡があった」
蓮が顔を上げる。
「母親から?」
「ああ」
担任は少し言葉を選ぶように続けた。
「昨日から帰ってきていないことを、かなり心配しているらしい」
その言葉を聞いた瞬間。
蓮の胸が痛んだ。
───母さんには、迷惑かけちまうな。
悠真の最後の言葉が、頭の中に蘇る。
「それで、明日時間があれば母親が聞きたいことがあると」
「……どこでですか?」
「病院だ」
「......」
担任は蓮を見る。
蓮は黙った。
病院。
悠真の母親。
何を聞かされるのか。
何を知っているのか。
考えるほど、胸の奥が重くなっていく。
「佐伯には迷惑かけるな。」
「……いえいえ。」
「黒田と一番仲が良かったから何か知っていると思ったが。」
その言葉に、蓮は俯いた。
一番仲が良かった。
その言葉が、今はひどく重かった。
すると。
「私も行きます」
紗季が言った。
「水野も?」
「はい。私も悠真のこと、知りたいから」
蓮は紗季を見る。
その目には、不安が浮かんでいた。
それでも、逃げようとはしていなかった。
「……私も」
理央も続ける。
担任は少し驚いた顔をした。
「神谷もか」
「はい」
少しの沈黙。
やがて担任は頷いた。
「分かった。じゃあ明日の放課後、三人で病院に行ってくれ」
「……はい」
担任が教室を出ていく。
残された三人は、しばらく黙っていた。
窓の外を見る。
夕方の光はもう薄く、校舎の廊下には長い影が伸びていた。
紗季が小さく口を開く。
「……明日、悠真のお母さんに会うんだね」
「ああ」
蓮は答えた。
鞄の中にあるノートの感触を確かめる。
二十年前の六月十七日。
白石美月。
六人目。
そして、昨日消えた黒田悠真。
一つずつ調べていくたびに、二つの出来事が近づいているような感覚があった。
「……明日、何か分かるかもしれない」
蓮が呟く。
三人は静かになった教室を後にした。
夕暮れの廊下を歩く足音だけが、校舎の中に響いていた。




