第15話。「サクラの観察日記と、包囲網」
第15話「サクラの観察日記と、包囲網」
我が名はポチ。茶色のスピッツ。
カケルに「裏の黒幕」だと睨まれて以来、僕の胃はキリキリと鳴り続けている。
だが、木村家のリビングにさらなる試練が舞い込んできた。
「みんな、動かないでねー。今日から一週間、宿題の『ペットかんさつ日記』を書くからね!」
小学生のサクラちゃんが、ダイニングテーブルに大きな自由研究用のノートを広げた。
その瞬間、僕とタマ(茶トラ)とミケ(三毛)の間に、かつてない緊張が走る。
「(おいポチ、ミケ……。これはマズいぞ。サクラの目は純粋すぎて、ちょっとしたボロでもすぐノートに書かれちまう……)」
「(一週間、24時間、完全無欠の『ただのペット』を演じ切れってことね……。受けて立つわ)」
というわけで、
僕たちの……
「絶対に怪しい行動をしてはいけない一週間」が始まった。
タマはただの猫らしく、喉をゴロゴロ鳴らしてキャットタワーで丸くなる。
ミケも熱心に爪を研ぐ。
僕はサクラちゃんの足元でお行儀よくお座りだ。
サクラちゃんは
「みんな、とっても可愛いね!」
と笑顔で鉛筆を走らせている。
そこへ、高校生のカケルが学校から帰ってきた。
「ただいまー。……ん? サクラ、何してんだ?」
「ペットの観察日記! ほら、ポチは10分間一歩も動かないで、お利口にサクラを見てるんだよ」
「……何ぃ!?」
カケルの目がギラリと光った。
僕の前にしゃがみ込み、スマホを構える。
「10分間微動だにしないだと? 普通の犬なら、途中でハエを追ったりあくびしたりするはずだ。これは……サクラの目を欺くために、高度な忍耐術を使っている証拠だ! おいポチ、正体を現せ!」
言いがかりがすぎる。
僕はただ、サクラちゃんの宿題を邪魔しないように協力しているだけだ。
カケルが僕の耳元で
「ワン(お前が黒幕か?)」
と嘘の犬語で囁いてくるのを、僕は必死で無視した。
そして夜。
お父さんが仕事から帰ってきた。
「ただいま……あぁ、疲れた。サクラ、熱心に何か書いてるな?」
「お父さんお帰り! ペットの観察日記だよ。でもね、お兄ちゃんがさっきから『ポチは知能犯だ』ってうるさいの」
お父さんがカバンを置いた瞬間、カケルが真顔でお父さんの肩を掴んだ。
「お父さん、サクラの言う通りだよ。今朝のマタタビ事件、そしてこの異常なまでのお利口さ……。すべてが繋がった。タマたちが喋れるのは、この犬、ポチが裏で糸を引いているからなんだ。ポチこそが、木村家の平穏を脅かす真の黒幕だ!!」
「……なんだって!?」
お父さんは驚愕し、メガネの位置を直して僕を凝視した。
お母さんがキッチンから
「カケル、またバカなこと言って。あなたも真に受けないでよ」
と呆れ声を出すが、昨日タマのオッサン声(幻聴扱いされたもの)を聞いているお父さんの目は、すでにカケルくんと同じ狂気を帯びていた。
「確かに……昨日、タマにビールを要求された時、ポチは妙に落ち着いていた……。カケル、お前の推理は正しいかもしれない。おい、ポチ……お前が黒幕だろう!?」
木村家の男二人が、僕を取り囲んで指を突きつけてくる。
サクラちゃんは
「お父さんまでお兄ちゃんの変な病気がうつっちゃった」
とノートに
『おとうさん、あたまがおかしくなった』と書き込んでいる。
「(ククク……おいドン・ポチ、男たちの包囲網だぜ。どう切り抜けるんだ?)」
「(笑ってないで助けなさいよタマ! サクラちゃんが見てるのよ!)」
二匹の猫がソファの上でハラハラ(一部ニヤニヤ)しながら見守るなか、僕は立ち上がった。
ここで少しでも知性的な行動を見せたら、お父さんたちに「ほら見ろ!」と言われる。かといって、サクラちゃんの観察日記に「ポチが暴れた」と書かれるわけにもいかない。
僕はゆっくりとお父さんに近づき、お父さんのスリッパを優しく口に咥えた。
そして、そのまま尻尾を激しく振りながら、お父さんの膝にベタァッと頭を乗せた。
ただの「お父さんが大好きで、お出迎えの準備をしていた忠犬」のポーズだ。
「あ……ポチ、私のスリッパを持ってきてくれたのか? ……うう、可愛いなぁポチ、よしよし」
「お父さん! 騙されるな! それは奴の計算されたハニートラップだ!!」
「うるさいカケル! ポチがこんなに健気で可愛い黒幕なわけがあるか!」
お父さんは一瞬で僕の可愛さに買収され、僕をムギュッと抱きしめた。
カケルは
「お父さんの裏切り者ーー!」
と頭を抱えている。
サクラちゃんは満足そうに、ノートにこう締めくくった。
『ポチはおとうさんのスリッパをはこびました。おとうさんは泣いてよろこびました。ポチは世界一いい犬です』
お父さんの胸の中で、僕はそっと目を閉じた。
我が名はポチ。茶色のスピッツ。
とりあえず今夜の危機は去ったが、サクラちゃんの観察日記はあと6日も残っている。
僕たちのたたかいは、24時間監視体制のなかで、まだまだ続くらしい――。(第15話・終わり)




