第14話。「酔っぱらいと、疑惑のスピッツ」
第14話「酔っ払い猫と、疑惑のスピッツ」
我が名はポチ。茶色のスピッツ。
前言撤回させてほしい。
僕たちの戦いは、続くどころか僕への「全面戦争」へと突入してしまった。
原因は、今朝の僕のファインプレー(テレビのリモコンを絶妙なタイミングで踏んだこと)だ。
学校から帰ってきた高校生のカケルくんは、リビングに入るなり、お母さんの膝の上でデロデロに溶けている茶トラのタマには目もくれず、僕の前に仁王立ちした。
「……ポチ。お前、今朝わざとリモコン踏んだだろ」
ギクッ。
僕は必死に首を横に振り、犬特有の「何も分かりません」という純粋無垢な目でカケルを見上げた。
「騙されないぞ。あのタイミングでタマの声を消すようにテレビの音量を上げるなんて、普通の犬にできるわけがない。……ハッ、まさか、本当の黒幕はお前なのか!? 猫たちを裏で操る、天才犬ポチ……!」
ものすごい陰謀論をぶち上げてきた。
高校生の想像力は恐ろしい。
カケルが僕をジロジロと凝視しながら、スマホを構えて「証拠を撮ってやる」と一歩近づいてくる。
その時、お母さんの膝の上から、とんでもない音が響いた。
「ウ〜ップ……。おい、お代わり。次は熱燗な、熱燗……」
マタタビの粉を頭からかぶってしまったタマが、完全に酔っ払ったオッサンと化して寝言をぶちまけたのだ。
声が隠せていない。
丸聞こえだ。
「おい! 今タマが『熱燗』って言っ――」
「(ポチ、何とかしなさいよ!)」
ソファの影からミケが必死な顔で僕に合図を送る。
カケルがタマの方を振り向くより早く、僕は決断した。
ここでタマのオッサン化がバレたら、黒幕(とされる僕)の立場も危うい。僕は素早く前足を伸ばし、カケルのズボンの裾をグイッと引っ張った。
カ「うおっ!? なんだよポチ、引っ張るなよ!」
カケルの意識が僕に向いた瞬間、僕は彼の足元で、自らのプライドをすべて捨てて激しくゴロゴロと転がってみせた。
お腹を見せて、全力で「ただの可愛いバカな犬」を演じる作戦だ。
「なんだよ、お腹撫でてほしいのか? ……いや、待て、これは俺の気を逸らすための高度な情報工作か!?」
深読みしすぎだ、この高校生!
カケルが僕の必死の演技(工作)に気を取られている隙に、ミケが驚異的なスピードで動き出した。
お母さんの膝の上で「へっへっへ、親父ぃ……」とフニャフニャ笑っているタマの首根っこを咥えると、そのままズササササとソファの裏へと引きずり込んで隠したのだ。
「ただいまー! あれ? お兄ちゃん、ポチと遊んでるの?」
タイミングよく小学生のサクラちゃんが学校から帰ってきた。
「サクラ! 違うんだ、ポチが今、俺に心理戦を仕掛けてきて……!」
「お兄ちゃん、またポチに変な言いがかりつけてる。ポチは可愛いワンちゃんだよ。ねー?」
サクラちゃんに優しく頭を撫でられ、僕は「クーン」と情けない声をあげてみせた。
その姿を見たカケルは、ぐぬぬと歯噛みする。
「……今回は見逃してやる。だがなポチ、俺はお前が『言語を操る知能犯』だってことを絶対に暴いてみせるからな!」
カケルはそう言い残して、自分の部屋へと上がっていった。
夜になり、ようやくマタタビの酔いが覚めたタマが、ソファの裏からノコノコと這い出てきた。
「あー……頭が痛え。なんか泥水の中に飛び込む夢を見た気がするな……」
「夢じゃないわよ。あんたの代わりにポチが床で泥臭いダンスを踊って守ってくれたのよ」
「ほう、そりゃ重畳だな。ありがとよ、相棒」
タマが僕の背中をポンと叩いた。
相棒じゃない、巻き込まれただけだ。
カケルの疑いの矛先が僕に向いた今、僕の胃の痛みは限界突破している。
僕は自分の小屋に頭を突っ込みながら、そっとため息をついた。
我が名はポチ。茶色のスピッツ。
僕たちのたたかいは、ターゲットが僕に変わって、まだまだ続くらしい――。(第14話・終わり)




