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第13話。「男たちの同盟と、禁断の赤い粉」

第13話「男たちの同盟と、禁断の赤い粉」


我が名はポチ。茶色のスピッツ。


夕べの修羅場を経て、木村家に気まずい朝がやってきた。

お父さんと高校生のカケル。


昨日、タマのオッサン声を聞いた(と主張する)二人の男が、ダイニングテーブルの端っこで、じっとこちらを睨みつけている。


視線の先にいるのは、僕の横で呑気に朝の毛づくろいをしている茶トラのタマだ。


「……お父さん。やっぱり昨日、聞こえたよな?」


「あ、あぁ……。確かに『おい、親父、ビール』って、まるで会社の取引先の部長みたいな声で言われた気がするんだ……」


二人はお母さんと小学生のサクラちゃんがゴミ出しに出かけた隙を狙い、声を潜めて「男の同盟」を結んでいた。


「だろ!? あいつら絶対に人間の言葉が喋れるんだ。今日こそ証拠を掴んで、母さんとサクラに認めさせてやる!」

カケルがポケットから取り出したのは、一本の小瓶だった。


「カケル、それは何だ?」


「フフフ……これはネットで取り寄せた『最高級・無添加またたび粉』さ! 猫の理性を完全にぶっ飛ばす、禁断の赤い粉(実際は茶色い)だ。どんなにトボけてるタマだって、これを使えば本音をブチまけるに違いない!」


おいおい、高校生にもなって何て恐ろしい作戦を考えているんだ。カケルはお父さんと目配せすると、タマの前にその小瓶を差し出し、手のひらに少量の粉を出した。


「ほーらタマ〜。良いものがあるぞ〜?」


タマがピクッと鼻を動かした。


その瞬間、茶トラの目がギラリと見開かれる。


「(……ほう、マタタビか。しかも結構な上物じゃねえか)」


心の声が、僕の脳内に直接響いてくる。


タマのオッサン魂が激しく揺さぶられているのが分かった。


しかし、タマもタダの猫ではない。

ここでガツガツいけば、カケルの罠にハマる。


「にゃ〜ん?(なあに、それ?)」


タマはわざとらしく小首を傾げ、サクラちゃんに見せるような極上の可愛い声を絞り出した。


「チッ、まだトボけやがるか。お父さん、作戦Bだ!」


「よし、これならどうだ!」


お父さんが冷蔵庫から取り出してきたのは、なんと昨日のお残りの高級マグロ缶。


その上に、カケルがマタタビ粉をこれでもかと振りかける。


「マグロ×マタタビ」


という、猫界における最凶の合法ドラッグが完成してしまった。


リビングに広がる、強烈な誘惑の香り。


これにはソファの裏で静観していた三毛猫のミケも、ゴクリと生唾を飲み込む音が聞こえた。


「(ぐっ……! お、おいミケ、これはヤバいぞ……。あいつら、俺たちの急所を完全に理解していやがる……!)」


「(耐えなさいタマ! 喋ったら負けよ! ほら、サクラちゃんが帰ってくるまであと数分の辛抱よ!)」


二匹の猫が、目でお互いを鼓舞し合っている。


カケルくんとお父さんは、じりじりとタマを追い詰めるように、皿を鼻先に近づけた。


「さあ食えよタマ! 美味いだろ? 喋っちゃえよ!」


「白状しなさいタマ! お父さんは怒らないから!」


タマの額に脂汗のようなものがにじむ。


マグロの誘惑、マタタビの魔力。


オッサン猫の理性が、今まさに崩壊しようとしていた。


タマの口が、わなわなと震え出す。


「ア……ア……」


「(来た……! 喋るぞ……!)」


タマが大きく口を開けた。


出る、オッサン声が出るぞ――!


そう確信した次の瞬間。


「ア、アンビリーバボーな美味さだぜ、コノヤロー!!」


出た。思いっきりガラ悪く、本音が出た。


だが、その声はタマの口からではなく、リビングのテレビから大音量で流れたものだった。


「えっ!?」


驚いて振り返る二人の視線の先。


テレビのリモコンを、僕の肉球がしっかりと踏み抜いていた。


たまたまついていた海外のB級映画の吹き替えセリフが、奇跡のタイミングでリビングに響き渡ったのだ。


タマはその隙を逃さなかった。


一瞬でマグロの皿をひっくり返し、マタタビ粉ごと全部床にぶち撒けると、そのまま何事もなかったかのように激しく床を舐め始めた。


ただの食い意地の張った猫のポーズだ。


ガチャ、


と玄関が開く音がした。


「ただいまー! あれ? お父さんお兄ちゃん、何してるの?」


「ちょっと! 朝からリビングで何を騒いでるの! 床にこんなもの溢して!」


帰ってきたお母さんに思いっきり怒られるお父さんとカケル。


その横で、マタタビの成分が少し回ってしまったのか、タマが床に寝そべりながら、僕にだけ聞こえる声でフフッと笑った。


「(ありがとな、ポチ。お前、美味い引き際を知ってやがる。今度、お前のドッグフードにマグロ分けてやるよ……)」


「(絶対に混ぜないでくれ)」


男たちの同盟は、僕のファインプレー(?)によってあっけなく崩れ去った。


僕は散らかったリビングを見つめながら、そっとため息をついた。


我が名は、ポチ。茶色のスピッツ。

僕たちのたたかいは、朝飯前から、まだまだ続くらしい――。(第13話・終わり)

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