12.ガルフのダンジョン
12.ガルフのダンジョン
「これが今朝マスターの言っていた、ガルフのダンジョンか」
「ああ」
村のはずれにある森の奥深くに、そのダンジョンはあった。悪名高きダンジョンに村の名がついていることを、快く思っている村人は誰ひとりとしていない。しかし冒険者の間でそう呼ばれている以上、簡単に変えることはできない。
「里帰りとか理由をつけて、本当の目的はこれだったんですね。それならそうと、あらかじめ言ってくれてもよかったのに」
「このダンジョンは僕の父さんにとって、とても大事な場所でね。順序としてまず父さんと話す必要があったから、ふたりには黙ってたんだ。だから急な話になって申し訳ないけど、力を貸してくれないか」
「もちろんだとも。私たちはマスターのしもべだ。この程度のことで謝る必要なんてない」
「キャンの言う通りですよ。むしろ謝るべきなのは、昨晩私を襲わなかったことについてじゃないですか?」
ララはそう言うと、悪戯っぽく笑った。襲わなかったから謝れとか意味不明だが、おそらく軽い冗談なんだろう。
「攻略の難易度は、かなり高そうだな」
「昔から村に被害が出るたびに、村長がギルドに助けを求めたんだそうだ。その都度ランクの高い冒険者パーティーが、このダンジョンに派遣されたらしい。だけど攻略はおろか、生きて戻ってきた冒険者すら数えるほどしかいなかったって話だ。ちなみにその生存者のひとりが、僕の父さんだよ」
「えっ? そうなのか?」
「僕も詳しいことは知らない。だけどパーティーは父さん以外全滅だったらしい」
「そうか……」
瀕死の重傷を負った父さんを介抱したのが、若い母さんだった。やがてふたりは恋に落ち、父さんは村で所帯を持った。だけどそれは父さんにとって、簡単な決断ではなかったに違いない。
鍛冶場にひとり佇む父さんは墓守だ。
リベンジしなかったことを、悔やんでいるのだろうか。
死んだ仲間を差し置いて家族を持ったことに、後ろめたさを感じているのだろうか。
聞いても答えてはくれないだろう。
だが父さんは僕に、長剣を託してくれた。
その時俺は決意した。
父さんの思いが詰まった長剣と共に、新たな一歩を踏み出すのだと。
「よしっ! それじゃあ、行こう」
「おうっ!」
と、意気込んではみたものの……。
「魔獣、出てきませんね」
「マスターが留守にしている間に、攻略されてしまったのではないか?」
「いや、そんなはずはないんだけど……」
しかし3階層に至っても、魔獣は一向に姿を見せない。魔素浄化力の強化で、忌避する魔獣のレベルが上がったのは間違いないだろう。だがダンジョンのレベルから考えると、それだけが理由じゃないような……。
「御主人様、あれっ!」
ララが指差す先にあったのは、累々たるゴブリンの死骸だった。その鮮やかな切り口から流れる青い血は、まだ固まり切ってはいない。
「まだ新しい。死後数時間といったところだ」
「先客がいるってことか」
剣筋から見た限りではかなりの手練れのようだが、過去の事例から考えると放ってはおけない。
「よし、急ごう」
ふたりを従え、足早にダンジョンを下っていく。さすがに中階層ともなると魔獣に襲われ始め、その都度足止めを食らう。もどかしさを押し殺しながら、僕たちは先を急いだ。
「うわぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」
やっとの思いで下階層に到達した途端、男の叫び声がフロアに響き渡る。かなり近い。
「こっちだ!」
キャンが指示した方に向かって走る。
「ぎゃああああああああああっ!!!」
最初に目に飛び込んできたのは、槍で鎧ごと刺し貫かれた男の姿だった。周囲に目を向けると、リザードマンの大群に10名程度の冒険者が襲われていた。女剣士が孤軍奮闘してはいるが、その他の冒険者は防戦一方。戦況は絶望的だ。これは実戦経験とか言ってる場合じゃない。素早くケリをつけなくては。
「ララ、キャン、少し時間を稼いでくれ!」
「「了解!」」
ララは口を大きく開け、火炎を吐き出す。キャンはシルヴァーファングに姿を変え、鋭い爪と牙でリザードマンたちをなぎ倒していく。僕は目を閉じて、手のひらに力を集中させる。
「ブランキュエル・アロー!」
僕はキャンとの契約で獲得した神通力と、自らの魔素浄化力から錬成した、無数の光の矢を放った。矢は闇属性を持つものを、自動的に攻撃する。立て続けに放った矢はことごとくリザードマンに命中し、その命を確実に奪っていった。
「大丈夫ですか」
リザードマンは撃退したものの、冒険者たちのほとんどが深手を負っていた。ララとキャンが手分けをして、手持ちのポーションを分け与える。しかしポーションの回復力にも限界がある。結局半数以上の冒険者が、戦線離脱を余儀なくされた。
「あの、すみません」
振り返るとそこには、女剣士が立っていた。青い艶やかな髪は短く切りそろえられ、その凛々しい顔立ちと相まって中性的な印象を受ける。さぞや女性にモテるんだろうな、というのが僕の第一印象だった。それにしてもこの顔、どっかで見たような……。
「危ないところをお救いいただき、ありがとうございます。私はこの特命パーティーのリーダー、セシルと申します」
「女剣士でセシルって……ひょっとして第一王女ですか?」
「はい」
道理で見覚えがあったはずだ。確かによく見れば、リリアに似ている。まあ、高貴さという点においては、似ても似つかないけど。もちろんセシルの圧勝だ。
「あの、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」
「申し遅れました。僕の名はノーマン=アーヴィング。そして彼女たちはララと、キャンデリーナです」
「早速ですがノーマン様。あなた方の実力を見込んで、ひとつお願いがあるのですが」
「ダンジョン攻略に力を貸してくれ、ですか? まあ、この惨状を無視するわけにはいきませんし、そもそも目的は一緒ですから断る理由がありません。喜んでお手伝いさせていただきます」
「いえ、そうではありません」
「え?」
あれ? 僕の早とちりだった? だったらめちゃくちゃ恥ずかしいんだけど。
「ご助力いただきたいのはもちろんですが、あえて願い出る必要がないのは分かっていました。ですからお願いはほかにあります」
「なるほど。ではお願いというのは?」
そこでセシルは片膝をつき、頭を下げた。会ったばかりの王女様に忠誠や永遠の愛を誓われる筋合いがあるはずもなく、僕は大いにうろたえた。
「ノーマン様。勇者になってはくれませんか」
僕が更にうろたえたのは、言うまでもない。
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