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月を喰む夜に、君を娶る  作者: 冬馬美沙
第4章 千年の残照
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第38話 本当の願い

 叩きつけるような激しい雨が、容赦なく美月の身体を打ち据えていた。


 泥まみれになった両膝を冷たい土につき、美月は竹林の真ん中で身を縮めていた。全身の筋肉が寒さで激しく打ち震え、手足の感覚はすでに麻痺しつつある。濡れそぼった髪が顔にへばりつき、雨水と涙が混じり合って視界を白く遮っていた。


 (寒い……息が、苦しい……)


 視界の端が暗く狭まり、意識の輪郭が薄れていく。

 このまま冷たい泥の中で凍え死んでしまうのではないかという恐怖。そしてそれ以上に、結局あの人の千年の孤独に何ひとつ触れられないまま終わってしまうという絶望が、彼女の心を容赦なく苛んでいた。


 なぜ自分は、ここまでしてあの人を追うのだろうか。


 会社を守るため? 祖父の遺言に応えるため? それとも、彼に与えてしまった冷酷な傷に対する「償い」のためなのだろうか。


 違う。

 美月は泥の中に突いた手にぎゅっと力を込め、固く目を閉じた。


誰かの代わりでも、義理でも、免罪符が欲しいからでもない。

会社なんてどうなったっていい。菊池家の家督も、祖父の遺言の重みも、すべてはどうでもよかった。


(私は……ただ……)


雨音が脳裏で遠のいていく中、美月は自分の胸のいちばん深い、いちばん柔らかい場所に隠されていた感情を、ついに解き放った。


守られたかったわけじゃない。

菊池貿易を奇跡で救ってほしかったわけでも、都合のいい夫になってほしかったわけでもない。


ただ、三日月朔夜という一人の男に、そこにいてほしかったのだ。


朝の静けさの中で、ハーブにそっと触れていたあの大きな手。

冷たい月光をその身に浴びながら、誰よりも寂しそうに遠くを見つめていた背中。

美月がどれほど冷たい言葉を投げつけても、一度も責めることなく、ただ静かに彼女の無事を祈り続けてくれた、あの深く澄んだ眼差し。


自分がただ弱かったから。傷つくのを恐れて鎧を纏い、彼の差し出そうとしていた無言の温もりから逃げていただけだった。


もし彼がこのまま二度と現れず、永遠に自分の前から消えてしまったとしたら、自分はこの先の一生を後悔だけで埋め尽くして生きることになるだろう。それはどんなビジネスの失敗よりも、どんな孤独よりも耐え難い、本当の破滅にほかならない。


「……三日月さん……っ……!」


美月は絞り出すような声を上げた。

雨水に濡れた泥を掴み、力を振り絞って顔を上げる。


「会社のためじゃない……おじい様のためでも……償いなんかじゃない……!」


雨音が轟く竹林の中で、美月の叫びが切り裂くように響き渡った。


「私は……あなたに会いたいの! 他の誰も代わりになんてなれない……! 三日月朔夜というあなた自身、私と生きてほしいの……っ!」


誰かの願いを叶える「道具」としてではなく。

千年の罪を背負う者としてでもなく。

ただのひとりの男として、自分の隣で息をし、笑い、生き、終わりを迎えてほしい。


守られたいのではない。今度は自分が彼を守り、その傷だらけの手を握りしめていたいのだと、彼女はようやく理解したのだった。


「お願い……姿を見せて……三日月さん……っ!」


その切痛な叫びが夜空へ届いた、まさにその瞬間だった。


ゴオッと風が唸りを上げ、あれほど激しかった土砂降りの雨が、まるで嘘のようにぴたりと止んだ。


雲の隙間から、冷たくもどこか温かな清廉な月光がすうっと差し込む。


そして――美月の目の前で。


竹林の真ん中に静かにそびえる一本の太い若竹が、ぬくもりを帯びた淡い青白き光を放ち始めた。



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