8. 津軽の烈風
アーネスト・フェノロサ : Ernest Francisco Fenollosa
登場人物紹介
【基本情報】
生没年: 1853年2月18日 〜 1908年9月21日(明治11年の来日当時は25歳の青年)
出自: アメリカ・マサチューセッツ州セーラム生まれ。父親はスペイン人の高名な音楽家。
学歴: ハーバード大学を首席で卒業した超エリート(哲学・政治経済学)。
【本作(明治11年)来日】
大森貝塚を発見した動物学者エドワード・S・モースの強い推薦を受け、東京大学の「お雇い外国人教授(哲学・経済学)」として招かれ、まさにイザベラが東北を爆走している1878年8月後半に日本に着任する。
当時の東京は「廃仏毀釈」と「極端な欧米化」の真っ只中であり、日本人が自国の古い仏像や寺院を「古いゴミ」として薪同ナーに叩き売っていた時代。フェノロサはこの惨状を見て激怒し、自らの専門(哲学)を横に置いて、日本美術の救済に命を懸けることを誓う。
【のちの歴史的偉業】
日本美術の救世主:
愛弟子の岡倉天心と共に日本全国の古社寺を調査。特に法隆寺・夢殿の、数百年間誰も見ることを許されなかった絶対の秘仏「救世観音」の封印を、僧侶たちの反対を押し切って解き、世界にその美しさを知らしめた。
近代「国宝」制度の生みの親、
日本人が自国の宝を自覚するための「宝物調査」を先導し、今日の「国宝」や「文化財保護法」の基礎を作り上げた。
三井寺への帰依:
のちに日本仏教(天台寺門宗)に深く帰依して「諦信」という法名をもらい、遺言によって琵琶湖を見下ろす三井寺(法明院)の土となった。
伊藤鶴吉から見た「フェノロサ」という男の解釈
伊藤鶴吉(20)のニヒルな目から見れば、フェノロサは以下のような存在として描かれます。
「自分の家にある宝の価値も分からず、西洋の真似事に狂奔している今の東京の馬鹿どもを、外からガツンと殴りつけるための、たちの悪い、しかし最高に上等な『物好きの青二才』」
第8話:津軽の烈風
秋田の泥濘を命からがら抜け、津軽平野へと一歩足を踏み入れたとき、俺たちの前に吹きつけてきたのは、遮るもののない海の匂いを含んだ烈風だった。
空を覆う『オリエンタルの雲』は、相変わらず低く、重く、激動の東洋の頭上を渦巻いている。だが、その雲の下に広がる風景は、これまで歩んできた古い日本の農村とは、どこか決定的に異なる異様な空気を放ち始めていた。
「――あら、ミスター・イトー。見てごらんなさい。こんな日本の最果てにまで、我が国の文明が届いているのね」
弘前へ向かう街道の途中、泥まみれの茅葺き屋根が並ぶ集落の中に、突如として不釣り合いな「ペンキ塗りの白い洋風建築」が現れた。新政府が地方の隅々にまで建てさせている、近代的な小学校の校舎であった。
イザベラ・バードは、一瞬だけ西洋の同胞に出会ったかのように青い瞳を輝かせたが、馬を止めてその窓から中を覗き込んだ瞬間、あからさまに細い眉をしかめた。
外見こそ立派な洋館(擬洋風建築)であったが、一歩中に入れば、床はただの畳敷きである。机も椅子もなく、子供たちは床に直接座り、着物姿の教師の前で、漢籍の古い経典をただ大声で暗誦させられていた。
「これはただの張り子(真似事)よ。形だけ西洋の箱(建物)を用意して、中身は古い世界のまま。日本の近代化とは、これほどまでに浅薄で、滑稽なものなのかしら」
イザベラの口から、大旅行家らしい冷徹で、辛口な批評が漏れる。西洋の衣服を完璧に仕立てて着こなしている彼女からすれば、中身の伴わない模倣は、ただの「未開人の背伸び」にしか見えなかったのだ。
しかし、俺――伊藤鶴吉は、愛馬の手綱を握り直すと、キセルを燻らせながら、これまでになく冷たい眼差しを彼女に向けた。
「浅薄、ですか。西の国のお嬢様は、相変わらず綺麗な上からしか物を見ない」
「あら、間違っているかしら? 事実、形だけの真似事ではないの」
「真似事で結構。不格好で大結構ですよ、バードさん」
俺は吐き出した煙の向こうで、冷徹に言い放った。
「あんたたち西洋人は、未開の国を見つけると『文明を教えてやる』と綺麗事を言って近づき、次の日には大砲を向けて国ごと奴隷(植民地)にする。清国(中国)がどうなったか、あんたのその鋭い目で見てきたでしょう。この国の人間に、優雅さや従順さを求めちゃいけません。形だけでも、不格好な張り子でも、大急ぎで西洋の形を取り入れなきゃ、明日にはあんたら西洋のハゲ鷹どもに国ごと貪り食われるんだ。この国の真似事はね、必死に生き残ろうとする剥き出しの『生存本能』なんですよ」
俺は、弁天通の職人に全財産をはたいて仕立てさせた、己のツイードのジャケットの襟を強く掴んでみせた。
「俺がこの服を着ているのも同じだ。不格好な猿真似に見えようが、あんたらと対等な『人間』だと認めさせ、交渉の席につくための戦闘服だ。……だが、まぁ」
俺はキセルをあぜ道にトントンと叩きつけ、遠くの古い寺社を見つめた。そこでは、廃仏毀釈の嵐によって打ち捨てられ、雨ざらしになった古い仏像の首が、無造作に転がっていた。
「生き残るために西洋の真似事をするのはいいが、今の東京の奴らは、自分の家にある本当の宝までドブに捨てちまっている。古いものは全部悪、仏像も美術もただの薪同然だ。そうやって己の魂まで西洋に売り渡そうとしている。まったく、反吐が出るほど浅ましい時代だ」
俺の胸中にある、明治という近代化のうねりに対する激しい嫌悪とニヒリズム。
異文化の衝突の裏にある「国家の焦燥」を剥き出しに翻訳されたイザベラは、自らの西洋中心的な傲慢さを恥じるように、深く沈黙した。そして、ふと思い出したように、東京で交わしたある知識人との会話を口にした。
「……そういえばミスター・モースが、東京を出発する前に言っていたわ。この八月の終わりに、アメリカから新しく、若い哲学の教授が東京大学に赴任してくるそうね。名前を、アーネスト・フェノロサというのだけど」
「フェノロサ……? 聞いたことのない名だな。またお上品な西洋のインテリが、説教でもしに来ますか」
「いいえ。モースの話では、彼は日本の古い美術や仏像の美しさに深く傾倒していてね、日本人が自ら捨てようとしているその素晴らしい文化を、命がけで調査して世界に守らせたいと言っているらしいわ」
フェノロサ。
その名が俺の耳に触れた瞬間、胸の奥で何かが静かに腑に落ちる感覚があった。
俺たちが今、泥にまみれて歩いているこの古い日本の美しさ。日本人が「古いゴミ」として捨てようとしている、あの置賜の黄金や、古い寺社の魂。それを、これからやってくる異国の男が救い上げようとしている。
「へっ。……そいつは、大層な物好きだ」
俺はニヒルに笑い、ハットの庇を指でくいと上げた。
「だが、自分の足元にある宝の価値も分からず、西洋の靴ばかりを有難がっている今の東京の馬鹿どもには、それくらい外からガツンと言ってやる手合いが必要なのかもしれない。フェノロサ、といったか。その男が来なきゃ、この国の本当の美は、この『オリエンタルの雲』の中に永遠に消え去る運命だったってわけだ」
「だからこそ、よ。ミスター・イトー」
イザベラは再びペンを握り、馬を進めた。その瞳には、張り子の文明への軽蔑ではなく、これから消えゆく美しい日本を、フェノロサより一歩先に、自分のペンで世界に書き残そうという、大旅行家としての狂おしいほどの使命感が燃え盛っていた。
「その男が来る前に、私たちがこの誰も通っていない道を歩き、この国の素顔のすべてを記録するのよ。フェノロサが美術を救うなら、私たちはこの国に生きる人々の魂を救い出すのよ!」
「月給十二ドルの仕事にしちゃ、随分と壮大な話になってきた。……さあ、本州の終わりだ。ぐずぐずしてると汽船が出ちまいますよ!」
二人は馬を急がせ、ついに本州の終着点である青森港に滑り込んだ。
港に停泊する黒い蒸気船の甲板に立ち、津軽海峡の烈風に吹かれながら振り返ると、俺たちが歩んできた本州の空を覆う『オリエンタルの雲』が、激しく、不穏に渦巻いていた。
日本人が自らを捨ててでも生き残ろうとする、あの歪で切実な張り子の文明。それを予言の光(フェノロサの影)と共に胸に刻んだ二人の旅路は、いよいよ本州の境界を越え、未開の大地――北海道(蝦夷地)へと向けて、白波を蹴立てて動き出すのであった。




