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私、諦めるのやめました ~崖っぷち下級貴族令嬢の生存戦略~  作者: 久保 まり子
第一部 婚約破棄された田舎下級貴族令嬢

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第八章 お屋敷に来たのに、私の部屋はどこですか?

はぁ……。


やっと着いた。


これから私が住むお屋敷に。


あれから馬車を飛ばすこと丸二日。


あのボロ屋敷以降の宿泊は通り沿いにある平民の民家だった。


いや、雨風はしのげるし、魔獣も寄ってこないからいいんだけど。


でも、なんでかな。私を知らないはずの平民にまで嫌がられた気がする。


たしかに、うら若き貴族令嬢を泊めるのは、気を使うし面倒だから嫌だろうけど。


ふむ。優雅に微笑みすぎたのがよくなかったのかな。


まあ、とにかく実家からここまで、特に危ない目に遭うこともなく、お屋敷に到着した。


――途中のお屋敷で魔術具動かして、怖い映像は見たけど。心身に異常起きてないからノーカウントで!


私は馬車を飛び降りると、立派な玄関扉に向かって急ぎ足で進んだ。


これから楽しい人生が待ってるんだから、いつまでもごちゃごちゃ考えていられない。


望みだった「実家を出て、まともな仕事」にありつけたのだ。


しかもさ、フリッツとカール兄弟が言っていたけど、私がこれから勤める家は、あの「シュヴァルツェンベルク家」だよ。


国内最大の領地を持つ上級領主一族で、王の信頼も厚い。


「ルーカス団長に騙されたーーー!」


って叫んじゃったけど、王都に屋敷を持っているのは間違いない。


この別邸に一族の誰が住んでいるのかは聞いていないけど、王都に行くチャンスはあるはず。


諦めるのをやめてよかった。


これからは、バラ色の人生が始まるのだ!


……って、私の部屋はどこかな?


ワクワク。


別邸とはいえ、実家のある領主の本邸より大きいんじゃない?


さすが有力貴族!


なんなら、これから住む私の部屋だって、実家よりいいかも???


とにかく楽しみ~~!


玄関脇には、小さな魔法陣が刻まれた金属板が埋め込まれていた。


これが来客を知らせる魔術具なのだろう。


試しに魔力を流し込むと、金属板が淡く光った。


やがて、屋敷の玄関扉が開き、いかにも執事といった雰囲気の男性が姿を現した。


私はその男性に促され、屋敷の中へと足を踏み入れた。


いよいよ、新生活の始まりだ。


とにかく、王都に出るためには、まず、この家の筆頭側仕えに貴族令嬢として認められることが重要!


よーし、気合いを入れていこう!


ええと、挨拶はなんて言えばいいんだろう。


やっぱり、ここは「ごきげんよう」かな?


仕草はどうしよう。


長旅のせいで、服は少しよれてしまっている。


私はスカートの皺をできるだけ伸ばすと、裾をちょこんとつまんだ。


顔を少し右に傾け、柔らかな春の光に包まれているかのような、とびきりの笑顔を浮かべる。


「ごきげんよう。サラフィーナと申します。これからよろしくお願いいたします」


よし、完璧!


私は、玄関扉を開けてくれた、いかにも執事といった雰囲気の男性に挨拶した。

「こんばんは、サラフィーナ。私は、この家の使用人をまとめているソルトロイドです」


ソルトロイドは口元だけに薄い笑みを浮かべ、私を頭の先から足元まで一瞥した。


そこには歓迎の色など、微塵もない。


「あなたの部屋は屋敷の外になります。そのまま扉を出て左に曲がり、建物の角を曲がって、まっすぐ進んでください」


淡々と説明する彼の声には、取りつく島もなかった。


「今日は遅いので、奥様への挨拶は明日の朝一番で行います。では、私はまだ仕事があるので」


そう言うと、ソルトロイドは私の返事を待つこともなく、さっさと踵を返した。


……え、ちょっと待って。


荷物、持ってくれたりしないの??


か弱い乙女なのに。


あ、案内はフリッツとカールが……って。


二人とも、いつの間にか姿を消していた。


外は真っ暗。


建物から漏れる弱い光以外、明かりなんてない。


なのに、ソルトロイドさんはさっさと屋敷の奥へ向かっていった。


ごくり。


私、もしかして全く歓迎されていない?


追い返されたわけじゃないけれど……。


とにかく、今夜寝る部屋に向かわなきゃ。


私はぎゅっとスカートを握りしめた。


目の奥がじわりと熱くなる。


慌てて瞬きを繰り返し、なんとか涙を押し戻すと、うつむき加減に扉をくぐった。


「ティンダ」


私は杖を取り出して呪文を唱えた。


杖の先に小さな火が灯り、暗闇をぼんやりと照らし出す。


……はあ。


私は小さく息を吐くと、荷物を抱え直した。


とぼとぼと歩き出す。


さっきまで軽かった荷物が、今はずっしりと重く感じられる。


いや、待って。


こんなに大きなお屋敷なんだもの。きっと離れだって立派なはず!


そうよ、そうに違いない。


私はぐっと唇を引き結び、再びこぼれそうになる涙をこらえた。


顔を無理やり上げ、背筋をぴんと伸ばす。


大丈夫。きっと大丈夫。


そう自分に言い聞かせながら、私は重い足を一歩、また一歩と前に進めた。


屋敷の角を曲がり、さらに奥へ進んでいくと、少し先に三階建てくらいの大きな建物が見えた。


ほっとした。


私は詰めていた息をふうっと吐き出すと、ぎゅっと握りしめていたスカートから手を離した。


うん、悪くない。全然悪くない。


さっきまで強張っていた頬も、ようやく緩んだ。


ところが、建物に近づくにつれて、私は唖然とした。


「ふぇ……? 私、道を間違えた……?」


思わず変な声が漏れた。


いや、待って。私は慌てて辺りを見回した。


……やっぱり、目の前にある建物以外、何もない。


あるのは、建物の奥にうっそうと茂る木々ばかり。


おそるおそる、目の前の建物に視線を戻す。


……いや、これ、どう見ても人間が住む建物じゃないよね?


三階建ての馬小屋?


あっ……飛獣小屋!?


私は口をあんぐりと開けて、しばらくその場に立ち尽くした。


ふと横を見ると、建物の脇には、窓一つない小さな小屋がぽつんと建っていた。


まさか、私の部屋って……ここ?


私は荷物を地面に置くと、恐る恐る小屋のドアノブに手をかけた。


ぎぎぎぃー……。


軋んだ音を立てながら、扉が内側へと開いていく。


……鍵は、かかっていなかった。


というか、扉に鍵そのものがついていない。


ごくり。


自然と、喉が鳴った。


私は自分を奮い立たせるように、杖に込める魔力を増やした。先端の火が大きくなり、薄暗い小屋の中を照らし出す。


部屋の中には、年季の入った机がひとつ。


その上には、ところどころ欠けてひびの入った皿があり、その上に使いかけの蝋燭がぽつんと載せられていた。


そして、部屋の隅には藁が敷かれ、その上にはつぎはぎだらけの布が一枚広げられていた。


以上。それがこの小屋にあるすべてだった。


「……うそでしょ。これが私の部屋?」


思わず声が漏れた。


「神様の意地悪。何が魔法の世界だ。前世より状況は最悪じゃん。せっかく若返って転生したのに、意味ないじゃん……」


気がついたら、大笑いしていた。


ショックが大きすぎると、笑えてくるものらしい。


……なのに、目からは大粒の涙がこぼれ落ちていた。


諦めずに、自分の切れるカードをすべて使って頑張ったのにさ。


結局、領地の西の端から東の端へ、移動しただけ。


筆頭側仕えのソルトロイドさんの態度。


平民使用人のフリッツやカールの態度。


私は歓迎されていない。


認めたくなくても、それだけは嫌というほどわかった。


一度涙腺が崩壊したら、もう止まらなかった。


いつの間にか床にへたり込み、泣き続けていた。


ふと、扉から明かりが差し込んだ。


雲が晴れ、月明かりが部屋に入り込んできたのだ。


何気なく月を見上げて、私は目を丸くした。


「うわ、真っ赤!」


頭に浮かんだのは、この世界の月の色の仕組みだった。


この世界の一年は九か月周期で、一か月ごとに、それぞれの国を象徴する色に月の色が変わる。


今は夏。


つまり、炎の属性を持つブラント王国の色に染まった月なのだ。


……へえ。


思いっきり泣いたせいなのか、月を見上げたら、なんだか心が軽くなっていた。


一度は、欲しかった家族や幸福を諦めて、あっけなく交通事故で死亡した人生。


でも今は、若返って自由。


ぐぅぅ~~。


少し元気が出たら、お腹がすいてきた。


よーし、何はともあれ、腹ごしらえ!


……って、この部屋に台所なんてない。


恐る恐る、隣の飛獣小屋に入ってみた。


おっ!


入口には、お湯を出せる魔術具があった。ホースもついている。


その近くには、大きなたらいが置かれていた。


しばらく使ってないのか、たらいの内側には、うっすらと埃が積もっている。


飛獣を洗うためのものだろう。


誰も使ってないなら、私専用のお風呂にしようかな。


さらに奥には、かまどがあり、その上には大きな鍋が載っていた。


鍋の中は空っぽで、底には黒ずんだ汚れがこびりついている。


飛獣用の餌を作るためだろう。


台所の隅には、小さめの鍋もいくつか置かれていた。どれも長いこと使われていないのか、表面には埃が積もっている。


だけど、食べ物は何もない。


外に出て、辺りを見渡してみる。


……ん?


なんか、元畑らしきものがある。


「元」っていうのは、そこが荒れ果てていたから。


その元畑をよくよく見てみると……生えていたのは、薬草っぽい植物だった。


「あ、これ、魔力回復薬に使うやつだ」


父が、私の嫁入り道具代を稼ぐために、山で採ってきてくれた薬草と同じだった。


あの頃の父は、私のためならと、山奥まで足を運んでくれた。


……そういえば、採ってきた薬草を見せながら、嬉しそうに笑っていたっけ。


目の前の薬草は、父が採ってきた新鮮なものとは違い、葉が変色し、半分枯れてしまっている。


手入れされていないからだろう。


良質な薬草を育てるには、土に魔力を注ぎ込まなければならない。


山奥まで採りに行かずとも畑で育てられるけれど、昨今は魔力不足だ。


薬草を育てるために貴重な魔力を使うなんて、割に合わない。


私は枯れかけた葉にそっと触れた。


「お父さん、あの時はありがとうね」


……なんだか、しんみりしてきた。


あ、今は薬草より食べ物!


小屋から飛獣小屋を挟んだ反対側には、土がこんもりと盛り上がった場所があった。


よく見ると、かつてのゴミ捨て場らしい。


土の間から割れた木片や古びた布の切れ端が顔を出し、周囲にも何に使われていたのかわからないガラクタが散らばっている。


周辺は雑草も伸び放題で、長いこと放置されているようだった。


ゴミの間から、ひょろりと緑の葉が伸びている。


あれ、これってイモの葉っぱじゃない?


捨てられたイモが、土の中で芽吹いたって可能性ある?。


「モーフ!」


呪文を唱えると、手にした掃除棒の先端が、ぐにゃりと形を変えた。平たく広がり、スコップのような形になる。


葉の根元にスコップを差し込み、土を掘り返す。


土をかき分けていくと、小さな丸っこいイモが顔を出した。


やった! 食料ゲット!


ルーナカルッシュから譲り受けた掃除棒の魔術具、何も使うのは、掃除だけじゃない。


普通は、魔力を込めて伸ばし、高いところの蜘蛛の巣やホコリを払う為に使う。


で、魔力が馴染んで自由に使えるようになると、なんと、イメージどおりの形に変形できるのよ。


すごいでしょ。


魔法世界版、十徳ナイフよ。


まあ、そんなこんなで、いろいろショックを受けたお屋敷一日目。


先日と同じように、今度は生のイモを数個と干し肉を鍋で煮込んだ。


そして、杖で鍋をかき混ぜながら、お決まりの魔法をかける。


「おいしくなーれ」


やっぱり新鮮なイモは美味しかった。


ペロリと完食しておなか一杯になり、気が付いたら藁のベッドらしきものの上で爆睡してた。



その夜、夢を見た。


顔のぼやけた男女二人が、精巧な彫刻が施された脚付きの美しいソファーに仲良く腰掛けていた。


男性は本を手に、隣に座る女性に読み聞かせている。


その男性の腕には、私がルーナカルッシュからもらったものと同じ模様の、布製の腕輪がはめられていた。


本を読み終わると、男性が呪文を唱えた。


すると、本が布製の腕輪に吸い込まれていった。


呪文は……雑音が入って、聞き取れなかった。

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