第七章 王都への旅~お嬢様の優雅な一夜~
この世界での移動手段は、魔獣に客車を引かせる、いわゆる馬車が中心だ。
王族や、それに匹敵する魔力を持つ者、あるいは高貴な身分の者なら、空を飛べる魔獣を操り、あっという間に移動することもあるらしい。
もちろん、私に飛獣なんて使わせてもらえるはずもない。
だから……。
揺れる。
揺れる。
馬車がガタガタと激しく揺れる。
現代の快適な乗り物に乗り慣れた身としては、最悪に近い乗り心地だ。
それでも、ここ数週間の針のむしろのような生活から逃れられた解放感と安心感からか、気がつけば眠り込んでいた。
「ったく、どこのお嬢様か知らんけど、よくこんなぼろい馬車で寝られるな~」
どこからか、そんなぶつくさ言う声が聞こえた気もするけれど……。
誰かに揺り起こされるまで、私は爆睡していた。
「おい、起きろ。とりあえず、今日はここに泊まるぞ」
目を開けると、目の前には馬車を操っていた三十歳くらいの男がいた。
むむ。一応私、貴族なんですけど……。
平民だからって差別するつもりはないけどさ。うら若き乙女なんだから、もうちょっと優しくしてほしい。
思わずむっとしたものの、私は気を取り直した。
「わかりましたわ。お屋敷にまいりましょう」
私は胸を張り、優雅に微笑んだ。
よし。今の私は、立派な貴族令嬢。
……内心では、ちょっと頬が膨らみそうになっていたけど。
そんな私の姿を見て、目の前の男は一瞬きょとんとした。
それから口元をぴくぴくと引きつらせ、必死に笑いをこらえるように顔をそむけた。
「わかりました、お嬢様。お部屋へまいりましょう」
そう言うと、男は私の手を取り、エスコートしながら馬車から降ろしてくれた。
しかし、目の前にある建物を見た瞬間、
「ふぇ……」
貴族令嬢にあるまじき、変な声が出てしまった。
だって、目の前にあるのは……長年放置されてるボロ屋敷だったのだ。
魔獣狩りをするために、お偉い貴族が別荘として建てたものだろう。
てか、ここに泊まるの? マジで?
掃除されている分、今まで住んでいた実家の離れ……元倉庫のほうが、まだマシなんじゃない?
ふと、エスコートしてくれている男の隣に目をやると、もう一人、二十歳くらいの若い男がいた。
……あれ?
王都って、馬車を飛ばせば十二時間くらいで行けるって聞いてたんだよね。
なのに、今はすっかり暗くなっているし、街の明かりだってまったく見えない森の中。
家を出発したのは早朝だ。
今は夏の終わりとはいえ、夕方だってまだ明るい。お腹もすいてきたし、腹時計的にも二十時は過ぎているんじゃないかな……。
って、私、爆睡してたじゃん!
こんなことを考えている場合じゃなかった。
もしかして、いわゆる貞操の危機ってやつなんじゃないの?
前世を含め、あんまり容姿に恵まれていなかったせいか、乙女としての危機感は薄かったけど……。
今は花も恥じらう十五歳。
やばい!
私の顔から、さあっと血の気が引いていく。
思わず両手で胸元を押さえ、じりじりと後ずさった。
目の前の男を見上げると、喉がごくりと鳴った。
ま、まさか……。
このままお嫁にいけない体にされて、どこかに売られたりするの!?
いやいやいや、ちょっと待って!
私はぎゅっと唇を引き結び、男の顔をうかがった。
どうしよう。
逃げる? でも、どこへ?
頭の中では、最悪の未来予想図が次々と浮かんでは消えていった。
そんな私の様子を見て、御者の男たちは顔を見合わせた。
「ったく、何を考えてるか知らないけど、俺は妻と子供もいるし、そっちは婚約者持ちだ。あんたは瑕疵持ちの下級貴族だって聞いてる。悪いけど、俺らの将来にまで傷がつくかもしれないから、部屋に入ったら近寄らないでくれ」
男たちは、迷惑そうに私を見た。
へ?
私のほうが襲う側ってこと!?
だから、一人で十分な御者の仕事なのに、わざわざ二人で組んでやってきたってこと!?
むきゃーーーっ!
信じられん。
どんだけ私のことを馬鹿にしてるのよ!
私はエスコートしてくれていた男を睨みつけた。
「絶対に近寄りませんから、安心してくださいませ!」
そう言い捨てると、貴族令嬢の仮面をかなぐり捨て、ずんずんと勇ましく屋敷に向かっていった。
屋敷の中はホコリはすごいし、ところどころ雨漏りしている。
おまけにいたるところにカビまで生えててて荒れ放題だ。
使えそうな個室はいくつかあった。
その中から比較的マシな広めの部屋を選んで入ろうとしたら、
「おっと、お嬢様は別の部屋にしてくれ。俺らがここを使うから」
へっ。ちょっと、そこは譲るところでしょ。
内心むかついてはいたが、ここで変に逆らって、明日置いていかれたりしたら大変だ。
私はしぶしぶ、胸の前で両手をそっと重ね、少しだけ肩を落とした。
「わかりましたわ。私、一人ですものね。小さな部屋で十分ですわ」
そう言って眉尻を下げ、傷ついたウサギのような顔で微笑んでみせる。
さらにスカートの裾を軽くつまんで優雅に一礼すると、何事もなかったかのように別の部屋を探しに向かった。
そんな私の後ろから、声が聞こえてきた。
「今夜は警戒しないとな。あーゆー女が一番やばいんだよ……」
なぜか、年配の男が若い男に忠告していた。
ったく、どういうことよー!
完全に私のほうが危険人物扱いじゃない!
ぱたりと、ドアが閉まる音がした。
私はすばやく振り返ると、二人のいるドアに向かって、思いっきり顔をゆがめた。
眉間にしわを寄せ、鼻の頭にしわを集め、唇をむにゅっと横に引っ張る。ついでに下まぶたまで引き上げて、これでもかというほどの変顔を披露してやった。
ふんっ! 人をなんだと思ってるのよ!
かちゃ。
……なぜか、ドアが開いた。
若いほうの男と目が合う。
男は私の顔を見るなり、大きく目を見開いた。
「ぎぇーーーっ! 化け物!」
悲鳴を上げると、部屋に引っ込み、鍵をかけてしまった。
失礼ね!
てか、こんな乙女の姿を化け物呼ばわりするなんて。
むしろ、本当に化け物がいたら、私を助けに走るのが男ってもんじゃないの!?
なんだか無駄に疲れてしまった。
私はとぼとぼと奥へ向かい、次にマシな状態の部屋へ入った。
ちなみに、夕飯は馬車を降りるときに渡された袋に入っていた兵糧だ。
薄く切ってカチカチに乾燥させた芋。
水につけて、ふやかして食べるらしい。
はっきり言って、食べにくいし、不味い。
というか、何の味もしない。
三枚食べたところで、私は諦めた。
なんか、食べられるものは屋敷にないかな。
缶詰……とか、この世界にはないだろうけど。
でも、干し肉とか、瓶詰めにしたものとかさ。せめて、お湯と塩があれば、この固い芋もなんとかなるんじゃないかな。
私は台所に向かった。
結果……鍋と竈、それに薪が少しあるくらいで、食べられそうなものは何一つなかった。
とほほ。
水も、外に濁った井戸があるだけ。
あーあ。魔法の世界にいるのに、私は無力だ。
漫画とかじゃ、杖を一振りするだけで、おいしいご飯が出てくるはずじゃ……。
って、思い出した。
私、ゴミ袋……というか、魔法のポケットを持ってるじゃん!
ごそごそとあさってみると、森でホームレス生活をするために蓄えていた干し肉の袋を発見!
それから、井戸のそばにあった木の実。確か、食べられたよね……。
水は……ろ過の魔法陣でなんとかなるかも。
ホームレス生活のために勉強して準備していたことが、こんなところで役に立つとは。
喜んでいいのか、悲しんでいいのかわからない。
とりあえず、井戸の水をろ過して、鍋を洗った。
「ティンダ」
私は呪文を唱え、杖の先から種火を出して薪に火をつけた。
これが、私の唯一まともに使える魔法だ。
それがライターでつける炎程度っていうのは情けないんだけど、生活するうえでは役に立つ。だから、あまり気にしないようにしている。
そして、ダメ元で、
「おいしくなーれ」
と心を込めて祈りながら、杖で鍋をかき混ぜてみる。
ここは魔法の世界。
願えば、かなう?
……なんか、魔力が少し吸われたような気がした。
結果。
芋はほろほろに柔らかくなり、干し肉からもいい出汁が出ていた。
思ったより、悪くない。
木の実は少々酸っぱかったけど、デザートにはちょうどよかった。
お腹もいっぱい。
あー、馬車で爆睡したおかげで、全く眠くない。
ちょっと腹ごなしにでも、屋敷の探索をしてみようかな。
なんか、使える魔術具とか落ちてるかもしれないし?
……決して、空き家荒らしじゃないよ。
たとえ魔術具があっても、長年放置されているくらいだったら、有効活用したほうが
世の中の為だよね。
というわけで、屋敷の探索を始めた。
客間らしき部屋をのぞいてみる。
そこには、カビで元の模様もほとんど見えないほど黒ずんだ絨毯と、脚が半分腐って傾いたソファーが置かれているだけだった。
でも、ソファーと絨毯をよくよく見ると、元は高価なものだったんじゃないかな。
今では見る影もないけど、ソファーの脚には彫刻が施されているし、絨毯だって、こんなに汚れているのにほつれていない。
小説とかじゃ、こういう屋敷には隠し部屋や仕掛けがあったりするけど、ここにはないのかな。
ふふふ。
ちょっと冒険してみる?
壁をぺたぺたと触りながら、少し魔力を流してみたけど、何の反応もない。
まあね、そんな都合よく何か見つかるはずないか。
そうは思ったものの、がっかりしたのと、疲れたのもあって眠くなってきた。
部屋に戻ろうと客間を出かけた、そのとき。
なんとなくだけど、ソファーの下にある絨毯の模様が、少し歪んで見えた。
気のせいかな?
試しに、ボロいソファーを横にずらしてみる。
……特に何もない。
と思ったら、今度はソファーを動かした部分下の絨毯模様が、少し歪んで見えた。
えっ、このソファー実は魔術具ってこと?
でも、下にあるものを歪ませるって……。
何か、隠したい荷物でも下に入れていたのかな。
それにしても、このソファー型の魔術具、長年放置されていたのに、まだ動いている。
なんだか、好奇心がうずいてきた。
やめておけばいいのに、私はソファーに触れ、少しだけ魔力を流してみた。
すると、絨毯がピカッと光り、魔法陣が浮かび上がった。
次の瞬間、私は魔法陣に飲み込まれた。
あれ、ここは……。
さっきのボロ屋敷とは違う。
精緻な彫刻が施された家具が、部屋のあちこちに置かれていた。
壁には肖像画が飾られていた。
描かれている人物は、高価な魔獣の皮革を加工して仕立てた衣服をまとっている。守護魔法が幾重にも施されているようで、身分の高さだけでなく、ただならぬ威厳も感じさせる装いだ。
頭には、竜が頭を取り巻くような銀のサークレットを身につけていた。
顔はぼんやりとしていて、よく見えない。
ふと目の前を見ると、ソファーに座るお腹の大きな女性と、そのお腹に優しく触れる男性の姿があった。
二人の顔もぼやけていて、よく見えない。
どうやら、あのソファーは、絨毯に描かれた魔法陣で囲まれた範囲を記録する魔術具みたいだ。
椅子に魔力が流れると、記録が開始される仕組みらしい。
今は、座っている2人の魔力が高ぶって自然にソファーに魔力が流れて
録画が開始されたんだろう。
顔が見えないのは、作成者以外には映っている人物を特定不能にする機能か。
女性が男性に向かって言った。
「〇〇、やっとあなたの子供を授かりましたわ。これで、この家をあの女に乗っ取られずに済むわ」
女性は涙ぐみながら、男性に語りかけた。
「〇〇、私が不甲斐ないばかりに、すまない。だが、君と子供はなんとしてでも私が守る」
名前の部分は聞き取れなかった。
けれど、男性が女性の頬をハンカチで拭ってあげたとき、ハンカチに刺繍された名前が目に入った。
「ベルヒトルト」
……なんか、どこかで聞いた名前だな~。
そう思っているうちに、二人の姿がぼやけていった。
そして、次に気がついたとき、私は再び屋敷の中にいた。
ただし、そこはまだ新しく、掃除も行き届いていた。
その部屋の中に、血のべったりついた外套がソファーに置かれていた。
血はぬめるように光り、まだ乾いていない。
外套を脱いだ男の顔はぼやけていて、よく見えない。
けれど、男の体には、斬られたような傷はなかった。
……返り血なのだろうか。
男のそばには、もう一人、ガタガタと震える男性がいた。
男性は青ざめた顔で、男とそのそばに倒れている人物を何度も見比べた。
震える手を伸ばして男の腕をつかもうとするが、触れる寸前でためらう。それでも意を決したように、両手を握りしめた。
「〇〇様、私には耐えられません! 今、癒せばまだ助かるかもしれないのです!」
男は必死に首を振り、両手を広げて訴えた。
「このような大それたことは、どうかおやめください!」
言われた男は、彼を一瞥すると、倒れている人物ではなく、忠告してきた男性の胸を一突きした。
男性の胸から血があふれ、口から空気が漏れる。
「なぜ……」
それが、その男性の最後の言葉だった。
「ちっ。外套を脱いだ後に手間をかけさせるとは。血で服が汚れてしまったではないか」
男は顔についた血を袖で拭った。
そのとき、袖口から黒い腕輪がのぞいた。
鈍い光を放つ金属に、血のように赤い石が一つ埋め込まれている。
私はそれを目にしたものの、目の前の光景に呆然としていて、深く考えることはなかった。
急に寒くなってきた。
この感覚……魔力切れだ。
記録の魔術具を操作したせいで、魔力を使いすぎたのだろう。
私は今度こそ、本当に意識を手放した。
つんつん。
背中を棒のようなものでつつかれている感覚がした。
ふと目を開けると、目の前には真っ黒に汚れた絨毯。
それが昨夜見た血に見えて、慌てて飛び起きた。
「ひぇ~~っ!」
後ろから、ガタッという音とともに、うるさい悲鳴が聞こえた。
けれど、そんなことを気にしている余裕はない。
ぱっと自分の体を見た。
傷はないし、体も動く。
「あたたた……」
どうやら、魔力切れを起こして床で寝たせいで、体が痛むらしい。
それ以外に異常はなさそうだ。
後ろを振り返ると、若い男が震えながら立っていた。その隣には、面倒くさそうに私を見ている、もう一人の男がいる。
「おい、さっさと出かけるぞ。明後日の夜までには家に戻りたいからな」
床で寝ていた私を心配する様子もなく、年上の男が言った。
私はこほんと咳払いをし、床で寝ていたことなど何でもないように装った。
「ねえ、名前を聞いていませんでしたわ。お二人の名前を教えてくださいませ」
若い男が、おずおずと答えた。
「俺はカール、こいつは兄のフリッツです」
二人は兄弟らしい。
そういえば、昨日はいろいろな衝撃がありすぎて忘れていたけど……。
王都って、昨日中には着いているはずだよね。
「あのう、王都なら、もうすぐではないのですか?」
私が尋ねた途端、二人はきょとんとして目を見合わせた。
「おい、あんた、何を言ってるんだ。俺らが頼まれたのは、シュバルツエンベルグ家の領地にある東の別荘へ、あんたを連れていくことだ。王都のそばなんて、とっくに通り過ぎたぞ。ったく」
……聞いてませんけど。
慌てて、契約の内容を思い浮かべる。
『王都に屋敷を持つ貴族の邸宅で働けるよう手配する』
その一文が、はっきりと思い浮かんだ。
……うん?
王都に屋敷を持つ。
つまり、王都にある屋敷とは言っていない。
「うっそでしょーーーっ!」
私はほっぺたを押さえて絶叫した。
私たちが向かっているのは、実家から王都を挟んで反対側じゃない?
私の実家が西の端っこにあるなら、向かっているのは東の端っこ。
真反対じゃん!
そりゃ、一日中馬車を走らせても着かないわけだ。
てか、明後日の夜までにつくかも怪しい。
騙された……。
あんのじじい!!!
私は自分のうかつさを呪いつつ、置いていかれないように慌てて馬車に飛び乗った。




