第六章 私、ホームレスになるかもしれません
翌朝、目を覚ましたら、家の門前に立派な馬車がお迎えに来ていた……。
なんてことはなかった。
あれから一か月。
なんの音沙汰もない。
最初の二、三日は、家族も私を大事に扱ってくれた。
それが一週間たち、十日目を過ぎる頃には、態度がだんだん元に戻ってきた。
二週間を過ぎる頃には、以前より冷たい視線を浴びるようになっていた。
義姉のアンネリータなんて、私を見ると、まるで臭いものでも嗅いだかのように鼻をぎゅっとつまみ、眉間にしわを寄せて顔を思いきりしかめる。
この世界に害虫スプレーがあったら、噴射されていたかもしれない……。
「あら、サラフィーナ。まだこの家にいたの? あなたを見ると、急に臭い匂いがしてくるのよね……。健康に悪いわ。視界に入らないでくれる? 服や家に匂いが染みつくでしょ?」
もちろん、私は臭くない。
害虫だと言いたいだけなんだろう。
兄をはじめ、両親も、義姉のそんな態度を特に気にした様子はない。
むしろ、アンネリータの顔色をうかがい、私を非難する。
「ふん。大きな口をたたいたくせに。早く出ていけ……。というか、お前なんて誰にも必要とされない。王都に行くなんて夢は捨てて、いっそ虫ケラのように森で暮らしたらどうだい?」
兄は口元を歪め、目の前に害虫でも見てるような冷ややかな目で私を見下ろした。
そこには、怒りすらなかった。
ただ、私を取るに足らない存在だと見なす、侮蔑の色が浮かんでいた。
……正直に言う。
気にしないようにしていても、さすがに毎日これでは落ち込む。
でも、しょうがない。
だって、何の連絡もないんだもん。
あの日のことを思い出すと、契約魔法陣の光景が浮かんでくる。
だから、あれが幻だったわけじゃない。
ただ、契約内容を思い返してみると……。
――契約内容――
サラフィーナ・フォン・グリンヴァルドと、バンヘルク・フォン・ビルスガングとの間で契約する。
サラフィーナ・フォン・グリンヴァルドは、ルーナカルッシュ・フォン・シュタイナーゼに関する話について、嘘偽りのない話をバンヘルク・フォン・ビルスガングへ話す。
また、バンヘルク・フォン・ビルスガングは、サラフィーナ・フォン・グリンヴァルドの望みである、王都に屋敷を持つ貴族の邸宅で働けるよう手配する。
……実行日は書いていない。
「速やかに」とか「滞りなく」とか、そんな言葉すらない。
これって、別にいつでもいいってこと?
最悪、私が死ぬまでに手配すればいいとか?
それに、いつか紹介しようとバンヘルク団長が考えてさえいれば、契約魔法陣的にはオッケーなのかな。
私、完全になめられた???
あと一週間もこの家にいたら、本当に森で暮らすことになるかもしれない。
マジで……。
狩りに使える魔術具なんて持っていないし、農業用の魔術具だってない。そもそも、どんなものがあるのかすら知らない。
――はっ!
もしかして私、平民以下の生活になるのでは?
貴族のホームレスなんて、聞いたことがない。
そりゃ、罪人ですら貴族なら、清潔な部屋に平民の側仕えくらいはつけてもらえる。
生きている限り魔力を絞り取られるとしても、さすがにホームレスよりはマシな生活を送れるだろう。
平民だって、ホームレスになることはそうそうない。
まあ、家も家族もなくなった時点で、平民なら生きていくこと自体が難しくなるんだろうけど……。
……いや、待って。
私、このままだと本当にヤバくない?
契約してから三週間。
ついに私は、ホームレス生活への準備を始めようとしていた。
そのとき、ようやくお迎えが来た。
これで家から出ていける。
アンネリータは、さぞかしスッキリした顔をしているだろうと思ったのに……。
なぜか、唇をきつく結び、憎々しげに私を睨みつけていた。
ようやく厄介者を追い出せるというのに、まだ何か気に入らないことでもあるらしい。
……彼女も、王都での生活に未練たらたらなのかもね。
とにかく、アンネリータに対して多少の優越感を覚えつつ、私は目の前にある馬車に急いで飛び乗った。
見た目はちょっとボロいけど、今の私にとっては、王族が乗る馬車にも匹敵する価値がある。
だって、ここから連れ出してくれるんだもん!
さあ、さらば実家! 私は自由になるのよ! ひゃっほい!
これから王都で幸せになる。
だって、もう私諦めるのやめたんだもん!!




