第五章 これからの予定
その後、バンヘルク団長は、
「そなたの仕事先については、ブラント国王から近いうちに話があるだろう」
そう告げると、二人は立ち去っていった。
帰り際、私は命を助けてもらったことを思い出した。
「ルーカス団長、川から助けていただき、ありがとうございます」
ルーカス団長は眉間に皺を寄せると、
「そなたのためではない。世界のためだ……」
そう言い残した。
なんかわけのわからないことを言われた。
一応、お礼は受け取ってもらえた……のかな?
「はっくしょん!」
急に寒気とくしゃみが襲ってきた。
そういえば私、川で溺れて、ずぶ濡れだった。
早く帰って、お風呂に入りたい。
さっさと帰ろうとした私の腕を、誰かが強くつかんだ。
そこには、無表情な兄の顔があった。
「すべて説明するまで、離さないからな」
……怖い。
とりあえず、着替えだけさせてもらって……。
というか、この世界にはシャワーなんてない。
貴族と言えども、貧乏な我が家には、日本にあるようなお風呂はない。
ちょっと大きめの桶に、かまどで沸かしたお湯を入れるだけだ。
当然、薪代もかかるから、そんなに頻繁には入れない。
体を布で拭くのがせいぜいだ。
でも今日は川でずぶ濡れになった。
兄に、
「近いうちに家を出るから、最後のお願い」
と、キラキラスマイルで頼み込んだところ、しぶしぶお湯を沸かしてくれた。
あー。
魔法世界って、不便。
記憶によると、高位貴族というか、少しお金持ちになると、お湯を沸かせる魔術具があって、簡単にお風呂に入れるらしい。
この世界、日本より貧乏が身に染みるかも。
とほほ。
そんなこんなで、とりあえずお風呂に入ってすっきりしたところで、兄から「話し合い」という名の尋問を受けることになった。
さっき川で会ったおじさんたちは、やっぱりというか、相当高位の貴族だった。
国王から話がある、と言われた時点で、そうかなーとは思っていたけど。
青い髪のおじいさんは、水の属性を持つヴァッサー王国のルーカス騎士団長。
金色の髪のおじいさんは、光の属性を持つグランツ王国のバンヘルク宮廷魔術団長。
どちらも、日本で言えば大臣クラスの要人らしい。
「……なんで、そんな外国の要人が、ルーナカルッシュのことを聞くの?」
ぼそっと私がつぶやくと、
「俺が聞きたいのもそれだ。さあ、洗いざらい話せ、妹よ」
なんか、突然兄貴風を吹かせてきた。
普段は義姉のお尻に敷かれて、何も言えないくせに。
私が婚約破棄されてショックを受けていたときだって、慰めの言葉ひとつかけてくれなかった。
それどころか、
「これからお前の生活費はどうなるんだ……」
と、くどくどお金の心配ばかり。
なんか、いろいろ嫌なことを思い出して、イライラしてきた。
だから、つい余計なことを言ってしまった。
「契約魔法陣を締結してくれたら、話してもいいよ。もちろん、費用はそっち持ちで」
兄が怪訝そうな顔をする。
「私の望みは……兄さんにかかった学費の半分を、私にくれること。義姉アンネリータの嫁入り道具とか売れば、それくらいになるんじゃない?」
兄は一瞬、私が何を言ったのか理解できなかった。
でも、自分が馬鹿にされたことに気づくと――
「出ていけ。二度と俺の前に現れるな!」
そんな兄の罵声を背中に聞きながら、私は屋敷の隅にある自室――という名の掘っ立て小屋へ向かっていた。
そう。
私は……欠陥品扱いされてから、本館ではなく、屋敷の隅にある元馬車小屋兼倉庫に押し込められていたのだ。
それもこれも、義姉アンネリータへの配慮とかなんとか。
アンネリータは嫌味ったらしい女性だけど、実兄が領主様の筆頭補佐官見習い。
その兄に言われて、しぶしぶ我が家に嫁いできたらしい。
なぜだか、うちの兄はアンネリータの兄に気に入られたらしい。
しかも、うちが金に困っていることも知られていたので、持参金もかなりもらえた。
兄は、その恩義を感じている。
そして私は――ゴミ扱いされた。
ま、正直、アンネリータのキンキンした嫌味ったらしい声を聞くくらいなら、小屋のほうがマシだと思っているんだけど……。
でも。
ニヤニヤが止まらん。
もうすぐ、ここから出ていける!!
「いやっほーー! 将来を諦めないでよかった! 王都で都会生活!」
鼻歌交じりに、荷物の整理を始めた。
……と言っても、ほとんど荷物はない。
生活費のために、私の持ち物はほとんど売りに出されたのだ。
絶対に持っていくのは、服と下着、それから清掃の魔術具。
そう。
ルーナカルッシュからもらったものだ。
この世界の魔術具は、基本的に血族間で代々受け継がれる。
同じ魔術具を長期間使い続けることで、術者の魔力が馴染んで必要な魔力量が減り、効果も上がるからだ。
だから――上級貴族ほど、高価な魔術具を大量に保有し、効率よく使うことができる。
さっき話に出てきたお風呂だってそう。
人によっては、代々受け継いだ魔術具を持参して高位の貴族に仕える人もいる。
特に、美容用関係など、特定の用途に特化した魔術具を持っていれば、確実に高給で雇ってもらえる。
優れた魔術具を使える人が得をする世界なんだ……。
でも、私がルーナカルッシュからもらった掃除の魔術具は――一般的というか、かなり旧式で効率が悪い。
そもそも、清掃は魔力のない平民でもできる。
だから、あまり需要がないんだよね。
そりゃ、広大な庭を素早く綺麗にする……とかなら、魔力持ちのほうが有利だ。
でも、魔力持ちで、なおかつ広範囲を一瞬できれいにできる高度な魔術具を持っている人を一人雇うお金があれば、平民を二十人、三十人と雇える。
だったら、平民に掃除させるじゃんね。
だから清掃の魔術具は、逆に人を雇うお金を節約したい下級貴族が持っているものなのだ。
私がもらったのも、よくある三点セット。
ほうき、ハタキ、ゴミ袋。
ほうきは、自動でゴミを掃いてくれる。
便利っちゃ便利。
でも最近は、ホコリをまき散らさない掃除機タイプが主流だ。
ハタキは、高いところのホコリが掃えるように、伸伸び縮み自由。
そしてゴミ袋。
ちょっとした巾着袋くらいの大きさなのに、そこは魔術具。
一メートル以上ある木の枝だって、不思議と入れられる。
それに、本館の部屋から追い出されるとき、取られないようにと慌てて身の回りの物を放り込んだけど、それでも全然余裕だった。
今ではもう、ゴミ袋というより、某猫型ロボットのポケットみたいに、いろいろな物を放り込んでいる。
どれも、亡くなった旦那さんがルーナカルッシュのために作ってくれたものだと聞いている。
私が絶対に持っていくって決めてるのは、服や下着、掃除道具。
それから、もうひとつ。
後ろに、見たことのない魔法陣が刻まれている手鏡だ。
この手鏡は、子どものころ森で拾った。
この世界では、綺麗に映る鏡は貴重品だ。
大抵の鏡は曇っていて、顔がぼやけてしか見えない。
ある日、森の中を歩いていたら、ピカピカ光るものを見つけた。
拾ってみたら、この手鏡だった。
しかも、魔力を込めると、映っている顔を大きくすることができる。
最初は、そういうものなのだと思っていた。
でも、その後なんとなく人に聞いてみたら、そんなことができる鏡は存在しないらしい。
どうやら、この手鏡はかなり珍しいものらしい。
兄や親に見つかったら、売られるに決まっている。
だから、ずっと隠し持っていた。
私は、服の間にしまっていた手鏡を、そっと取り出した。
そして、自分の顔を映してみる。
そこに映っていたのは、薄い赤茶色の髪に、少し縦長の顔。
目は、大きくも小さくもない。
鼻も口も、これといって特徴はない。
肌は、それなりにきれい。
でも、特別美人というわけでもない。
前世の記憶にある自分と比べれば、ずいぶん若くてきれいだ。
でも、この世界の貴族令嬢として見れば――たぶん、中の下くらい。
少なくとも、
「まあ! なんて美しいお嬢様!」
なんて言われるような顔ではない。
……まあ、いい。
美人だからって、お金が増えるわけじゃないし。
私は手鏡をしまった。
なんだか、今日一日のことが怒涛のように思い出されて、頭が重くなってきた。
これからの生活に思いを馳せながら、固い藁のベッドに横になる。
今日は、本当にいろいろあった。
明日から……どうなるんだろう。
そんなことを考えているうちに、自然と瞼が閉じていった。




