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私、諦めるのやめました ~崖っぷち下級貴族令嬢の生存戦略~  作者: 久保 まり子
第一部 婚約破棄された田舎下級貴族令嬢

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第二十二章 ぼっちゃまとご学友④

フリッツと森を抜け、村へ続く道の途中まで、そらちゃんで向かった。


その間、フリッツは始終周囲を警戒し、誰かに見られていないか気にしていた。


「こんな姿を村の者に見られたら……。俺まで恥知らずな間抜けだと思われる。そんな事になったら、家族がのけ者にされる……」


なにやら、わけの分からない心配をしている。


「ちょっと、変な誤解をしているみたいだけど、私の理想は高いのよ。それに、私は純粋な乙女なんですからね。そんな破廉恥なことはしません!」


「純粋な乙女……」


その言葉を聞いた瞬間、フリッツはぴたりと固まった。


そして次の瞬間、


ドサッ!


そらちゃんから転げ落ちた。


「ちょっと! 急にどうしたのよ!」


慌てて駆け寄ると、フリッツは腰を抜かしたように地面に座り込んでいた。痛みのせいなのか、金魚のように口をパクパクさせている。


それでも何とか、ようやく一言絞り出した。


「俺は……妻を愛してる。妻以外は抱けない……」


はい? ここにきて、また奥さんへの愛を猛アピール!?


もう、一体なんなのよ。


……でも、昨日のことを思い返すと、フリッツが奥さんへの愛を口にするのは、決まって私が彼を誘惑していると勘違いしたときだ。


うーん……。今度は一体、何を勘違いしているんだろう。


ここは、誤解を解いておかないと。


「ねえ、フリッツ。何を勘違いしているのか知らないけど、私の理想は高いのよ。安心して。平民で子持ちの愛妻家なんて、これっぽっちも魅力を感じないから!」


それでもフリッツは、疑り深い目で私をじっと見つめていた。


やがて、恐る恐るといった様子で口を開く。


「お、おい……。まさかと思うが、今日も無自覚なのか? お前、いったいどんな教育を受けてきたんだよ。物事を知らんにも程があるぞ……」


もう! だから、何が言いたいのよ。はっきり言ってほしい。


サラフィーナの記憶をたどってみても、淑女教育で思い浮かぶのは、なぜか建国神話ばかりだった。


時の女神デエスは、嫉妬深く残忍な夫、闇の神アビスから逃れ、九人の子供たちを連れてこの地にやってきた。そして、子供たちと力を合わせて結界を張り、夫を退け、この国を築いたと伝えられている。


その後、子供たちは互いに協力しながら、歌や踊り、楽器を楽しみ、畑で作物を育てて仲良く暮らしたという話だ。


うーん。そういえば、建国神話の中で、門の女神が火の男神と踊るときに、


「私は純粋な乙女です」


なんて言っていた気がする。


踊る前に何でそんなことを言うんだろうとは思ったけど、激しい踊りは苦手という意味だと解釈していた。もしかして、別の意味があったのかな。


あれこれ考えても、さっぱり理解できていない様子の私に業を煮やしたのか、フリッツは顔を真っ赤にして声をひそめた。


「純粋な乙女っていうのは……結婚した女が、夫になる男に……その、最初にベッドの中で言うセリフだ……」


「……?」


一瞬、言葉の意味が分からなかった。


「……って、ええええーーー!?」


それってつまり、こっちでいう「初めてだから、優しくして」って意味!?


穴があったら入りたい。いや、いっそ掘って埋まりたい。


って、建国神話って、そういう男女の話だったの!?


母親が嫉妬深い暴力夫から逃げ出して、子供たちと家族みんなで仲良く暮らす話じゃなかったのーーー!?


私は両手で頬を押さえ、声にならない悲鳴を上げた。


****


あれから、腰を抜かしていたフリッツもしばらくしたら立ち直り、歩けるようになった。


その後はそらちゃんに乗らず、二人で歩いて村へ向かった。


なんとも気まずい空気が流れていたけれど……フリッツの命を助けたのだから、今度は私が助けてもらう番だ。


「おほん。これでフリッツの問題は解決したんだから、今度はゴッフィーナの件を手伝ってね!」


「お、おう。わかった。だけど……あんまり俺に近づくなよ」


誤解は解けたみたいだけど、警戒心は一層強くなったような……。


そんなこんなで、村に到着した。


村に着いた途端、さっきまで締まりのない顔をしていたフリッツが、急に村長らしい威厳のある表情になった。


すると、待ち構えていた村人がさっそく話しかけてきた。


「村長、大変な時に申し訳ないんですけど、あいつら、まだ帰ってきてないんです。家族に聞いたら、ほかの村人には内緒にしておくように言われていたらしいんですけど……町で一儲けできるって話をしていたそうなんです」


あー、忘れていたけど、村人四人がまだ帰ってきていないんだよね。


うーん。村長として心配なのは分かるけど、今はゴッフィーナに集中してほしい。


フリッツはちらりと私を見ると、申し訳なさそうに言った。


「サラフィーナ、そういうわけだから、ちょっとあいつらの家族から話を聞いてくる。すまんが、少し待っていてくれ」


まあ、仕方ない。村長だもんね。


私はしぶしぶ納得した。って、なんだか時間がかかりそうだよね。どこで暇つぶそう……。


あ、そうだ。


ヘルゲじいさんに、ケガをしているヘンネ鳥の手当てをお願いしようかな。


ケガをしているのはメスの番いでしょ。必死で守っていたみたいだし。


本当なら、ケガをした方を食べて、元気な方を飼ったほうがいいのかもしれない。でも、必死に相手を守ろうとしていた姿を見たら、なんだか親近感が湧いちゃったんだよね。


考え事しながら歩いてたらすぐに、ヘルゲじいさんの家に着いた。


へえ。周りの家と比べても、立派で広い。


ドアを開けようとしたら……


ガチャリ。


中から扉が開き、ソルトロイドさんが出てきた。


「ふぎゃ、仕事をさぼっておりません!」


顔を見た瞬間、反射的に答えてしまった。今日、休みだったっていうのに。


「なんだ、サラフィーナ。休みの日まで仕事がしたかったのか」


ギロリとひと睨みすると、ソルトロイドさんはそそくさと足早に去っていった。


ふえ~~。ヘルゲじいさんと仲がいいのかな。それとも、薬草でももらいに来たのかしら。


入れ替わるように、ヘルゲじいさんが家の中から出てきた。


「おお、サラフィーナ。なんでも今度は森へ幻の魔鳥ヘンネを捕まえに行ったとか。うまくいったのか?」


ヘルゲじいさんは、少年のように目をキラキラさせ、期待に満ちた表情で私を見た。


「ふふーーん、じゃじゃーーーん!」


私は、なんでも袋から網ごと二羽の鳥を取り出して見せた。どうやら二羽とも袋の中で気絶していたようで、おとなしくしている。


「ねえ、ヘルゲじいさん。ケガをしている方の鳥を治療できないかな。あと、メスも捕まえたんだけど、ケガをしている方の番いみたいだから助けたいんだよね~」


「なんと、三羽も! しかも番いで見つけるとは!」


ヘルゲじいさんは細い目を大きく見開き、長いひげを指でくるくると回しながら、興奮気味に話した。


「魔鳥の傷を治療したことはないが……まあ、飛獣と似たようなものじゃろう」


そう言うと、網からケガをした鳥を慎重に取り出し、布で優しく包んだ。そして、薬草がたくさん置かれた場所へと運んでいった。


私は、元気な方の鳥を網ごと再びなんでも袋に戻した。


……この袋、便利。ケガをした鳥も、そのままの状態で保管できたし。袋の中では時間が止まっているのかもね。


さっすが魔法の世界。便利~~。


ヘルゲじいさんは治療を終えると、ヘンネ鳥をそっと籠の中に入れた。


ふと、村人たちの話が気になり、ヘルゲじいさんに尋ねてみた。


「そういえば村の人が四人、町から帰ってきていないんですってね。どうしたんでしょう。帰り道で魔獣にでも襲われたのかしら……」


そう言うと、ヘルゲじいさんは口元にうっすらと笑みを浮かべ、意味ありげに目を細めた。


「前をよく見ずに歩こうとする者は、地面に沈むもんじゃい」


??? よく分からない。地面に沈むって、どういうことなんだろう。


この世界特有のことわざか何かかな。


うん? なんだか外が騒がしい。


外に出てみると、年老いた女性が泥で汚れ、ボロボロになった布を手に、大声で泣き崩れていた。


「エゴン、エゴン。どうしてこんなことに。大金が稼げるって、あんなに張り切っていたのに……」


どうやら、行方不明になっていた息子の服が見つかったらしい。あの様子では、命はないだろう。


フリッツと目が合うと、彼が事情を教えてくれた。


村はずれに底なし沼があり、そこに布がいくつか浮かんでいたらしい。さらに、沼のそばには、靴や血まみれの上着の一部散乱していたそうだ。


おそらく、魔獣か何かに襲われ、逃げる途中で誤って沼に入り、そのまま沈んでしまったのだろうということだ。


大声で泣いている老女には気の毒だけど……その一方で、ほっとした様子の女性や子供も何人かいた。ほかの村人たちも、老女ほど悲しんでいるようには見えない。


ちらりとフリッツを見ると、


「あいつら……鼻つまみもんだったからな」


と、彼はぼそりとつぶやいた。


不幸な事故だった、ということで終わりたいのだろう。


そういえば、ヘルゲじいさんの部屋の隅に、さっき見た泥だらけの服と同じ色の汚れたがついた靴が置いてなかったけ。


……いや、きっと関係ないよね。


そう思いかけたとき、ヘルゲじいさんが口にしていた言葉を思い出した。


「貴重な魔獣がいるという噂を流し、それを信じた者たちを捕獲に誘い出す……。それは向かった者たちを魔獣の餌にし、魔獣を最高の状態で捕らえるためだというのにのう。騙されて向かった者たちは、哀れなもんじゃわい。ふぉふぉふぉ……」


ヘルゲじいさんは家から出てきて、なにやらフリッツと話していた。


「今日は晴れて、空気が旨いのう。元気が有り余っておる者がおれば、儂のところに来させるがよい……」


そう言って、ヘルゲじいさんは目を細めた。


口元には貴族のような上品な笑みを浮かべている。背筋はまっすぐ伸び、顎をわずかに上げたその姿には、平民の老人とは思えない気品があった。


……ああいう笑み、見覚えがある。


義理の姉、アンネリータがよく浮かべていたものだ。


私が家族の中で陥れられ、立場を失っていくたびに、義姉のアンネリータは満足げに上品な笑みを浮かべていた。


ヘルゲじいさんの笑みも、それと同じだ。人を陥れ、自分の思いどおりに事が運ぶのを楽しんでいる。


間違いない。平民に紛れて村外れに暮らしているが、彼は貴族だ。


あの落ち着いた物腰と、相手を見透かすような鋭い目。並の貴族ではない。


きっと、陰謀や権力争いが絶えない貴族社会を生き抜き、他人の命さえ駆け引きに使えるほどの、高位貴族にだったに違いない。


ヘルゲじいさんの上品な笑顔を見たフリッツは、ぶるりと身を震わせた。底知れない残酷さ気づき怯えているようだった。


一瞬、フリッツの目が泳ぎ、言葉が出てこない様子だったが、やがて声を絞り出すように答えた。


「これから農作業も忙しくなりますし、そんな元気の有り余った者はいませんよ。ははは」


フリッツは引きつった笑みを浮かべ、震える声で笑った。


ふと私に気づくと、助けを求めるように手招きした。普段なら、私には必要以上に近づこうとしないフリッツが、今はそんなことも気にしていられないらしい。


「おい、サラフィーナ。ゴッフィーナの準備をしよう!」


そう言うなり、私のそばまで駆け寄ってきた。そして、ためらうことなく私の手をつかむと、逃げるように屋敷へ向かって歩き出した。


その道すがら、フリッツは私に話しかけるというより、自分に言い聞かせるように小声でつぶやいた。


「あいつらは運悪く、暗闇で魔獣に遭遇して、慌てて底なし沼に逃げ込んじまったんだ。……本当に運が悪い。これ以上犠牲者が出ないよう、ほかの村人にもよく言い聞かせておかないとな」

ここまで読んでくださり、ありがとうございます!


「ぼっちゃまとご学友」という章題をつけたのに、なかなか本題に入れず、気づけば前振りが長くなってしまいました・・・。

もう少しで登場しますので、楽しみにお待ちいただけたらうれしいです。


もし「おもしろかった!」「続きが気になる!」と思っていただけたら、ブックマークや評価で応援していただけると、とても励みになります。


これからも、よろしくお願いします!


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ぼっちゃま、面白くて好きです。活躍たのしみにしています!
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