第二十三章 ぼっちゃまとご学友⑤
屋敷の外れに着く頃には、フリッツもいつもの調子を取り戻していた。
何か言いたげな私の視線に気づいたのか、フリッツは口を開いた。
「ヘルゲじいさんは、領主様の命令であそこに住んでるんだ。
詳しいことは俺も知らない」
これ以上、あの不幸な村人たちが襲われたことについて考えるつもりはないらしい。
まあ、私も人の不幸より、自分の心配をしなければ。
フリッツに連れられて来た屋敷の外れは、草ぼうぼうの荒れ地だった。
「ちょっと、こんな人気のない荒れた場所に連れてきて、
どうしようっていうのよ」
フリッツはぎくりと体をこわばらせた後、顔を歪めて嫌そうに言った。
「ったく、俺だってこんな場所にお前と二人っきりだなんて、普通ならごめんだ。でもよ、ゴッフィーナが必要なんだろう? ったく」
そう言うと、フリッツは奥にある草むらをかき分け始めた。
「たしか……この辺だと思うんだが……。おい、サラフィーナ。ここら辺の草を刈ってくれ」
って、草刈りに私を使う予定?
まあ、いいわ。
「モーフ!」
私は掃除棒に魔力を込め、大鎌を作り出すと、フリッツが示した辺りの草を
ザシュッ、ザシュッ、ザシュッ、ザシュッ
と刈っていった。
すると、地面から石でできた扉らしきものが少しだけ顔を出した。
前の世界で見た、竜巻シェルターの入り口みたいな感じだ。
「おい、サラフィーナ。この石に魔力を通してくれ。そうしたら開くらしいぞ」
フリッツに言われ、恐る恐る魔力を流してみると……。
二つあった扉は上に開くのではなく、すーっと左右にスライドして開いた。
「ごほっ、ごほっ……。って、何の匂い……? 臭すぎ!」
扉の奥から、腐った泥や獣の死骸を思わせる、ひどい悪臭が漂ってきた。
思わず反射的に扉を閉めたくなる。
「おぇ~、ううう。ひでぇ匂いだな。ったく、俺だってここに来るのは初めてだ。話には聞いてたが、ひでぇ場所だな」
「ねえ、フリッツ。ここは一体なんなのよ……」
「俺も村長を引き継ぐとき、おやじから聞いたんだけどよ。この屋敷は昔、王の別荘だったんだ。その頃は罪人を閉じ込める地下牢も必要だったらしい。けど、当主様の先祖が屋敷を譲り受けたときに、もう使わないってことで閉鎖したんだと」
「えー。私なら、こんな不気味なところ、さっさと壊すなりなんなりするのに~」
「何でもよ、この屋敷を王から譲り受けるときに、敷地内は一切作り変えちゃいけないって命令されたんだってさ。それで、補修はしてるけど、建物自体を壊したりは全くしてねえんだ。あ、お前が住んでる、今は使ってない飛獣小屋も昔の王の時代からあったらしいぞ」
「ふーん。って、分かったから、さっさと帰りましょう。臭くってたまらないわ」
立ち去ろうとする私に対して、フリッツはじーっとこちらを見つめていた。
「って、なによ。だから、私は平民の愛妻家には興味ないわよ!」
フリッツは心底バカにしたような顔で私を見た。
「おい、そりゃこっちのセリフだ。あのよ、ゴッフィーナってのはゴッフルみたいに醜くて臭いんだろう? ここにいるのがぴったりなんじゃないか」
「え……。私、ここに入るの? こんなすさまじい悪臭のするところに?」
固まる私に、フリッツは無言でうなずくと、背中を押した。
「おい、俺はここで見張ってるから、中を見てこい。非力な愛妻家の平民は足手まといだろう? まあ、殺された罪人の幽霊くらいは出るかもしれないが、長いこと扉が閉じられてたんだ。危害を加えるものは何も出ないだろうよ。ははは」
フリッツと扉の先を交互に見つめ、迷った。
確かに、ここならゴッフィーナがいそう。
「ねえ、フリッツ。別に中に入らなくてもいいんじゃない? 上級貴族のお坊ちゃまたち、こんな怪しくて臭いところには入らないわよ。ははは」
思わず私も、から笑いをしてしまった。
お願い、納得して!!
「おい、上級貴族のプライドをなめんなよ。ぼっちゃまが入ったのに、自分たちが入れなきゃ腰抜けと思われるだろ。あいつら、そういうくだらんことにプライドをかける奴らなんだよ」
うーーん。
しばらく扉の前で固まっていたけれど、諦めてハンカチを口に当て、思い切って中に入ることにした。
「ティンダ!」
杖から炎を出し、一歩一歩慎重に地下へと続く階段を降りていく。
「おぇぇぇぇ……。臭い……」
吐き気をこらえるのに必死で、不気味な暗闇なんて気にならない。
左側には鉄格子があるようだ。
ふと、何かに見られているような気がして、慌てて杖を向けると……。
「きゃーーーー! 骸骨!!」
思わず悲鳴をあげた。
鉄格子の向こうには、胸に穴が開き、どす黒い染みがついた服を着た骸骨が、こちらを見つめていた。
その服、どこかで見たことあるような……。
って、そんなことより、ここでゴッフィーナをやるの?
リアル骸骨だよ。さすがに無理でしょ!!!!
慌てて立ち去ろうとしたら、足をもつらせて私は苔だらけの壁に手をついた。
その瞬間、手のひらから魔力がぞわりと引き出され、奥の壁が少し動いた気がした。
……ごくり。
こういうの、テレビでよく見る秘密の財宝が発見される場面じゃん!!!
なんて言ったって、ここは王の元別荘。
〇〇埋蔵金とか、〇〇〇の隠し財産とか……。昔から権力者って、お金や美術品を隠すじゃない?
この場所なら、隠すのにうってつけだよね。
欲に目がくらんだ私は……、奥の扉へ吸い込まれるように進んでいった。
「おじゃましま~す」
一応、小声で挨拶をしてから、壁の奥へと進んだ。
お約束なのか、後ろで扉が閉まる音がした。
ごくり。
扉が閉まると、先ほどの嘘みたいな悪臭が和らいだ。
って、臭いのは私の服だけか。
恐る恐る、先へ続く細い通路を進む。
通路の先は行き止まり。壁があるだけだった。なーんだ。
でも……多分、ここも魔力だよね。
私は目の前の壁に手をつくと勢いよく魔力を流した。
「へっ……」
思わず間抜けな声が出てしまった。
だって全く何も起きないんだもん。がっかり。
でも後ろで扉が開く音がした。
「ちぇっ。」
思わず貴族令嬢らしくない下品な舌打ちが出てしまった。
とほほ。期待しすぎたかな~。しょぼんと肩を落として元の牢屋へ向かった。
壁を抜けると……。
へ???
牢屋にあった骸骨が、綺麗さっぱりなくなっていた。
それに、あの異様に臭い匂いも和らいでいる。
なーんだ。奥は掃除のための設備だったんだ。
あの骸骨がどこに行ったのかは、この際、気にしないようにしようっと。
しかも、鉄格子の扉も開いていた。
閉めてみても、鍵はかからない。
専用の鍵がなければ、閉まらない仕組みなのだろうか。
「おーーい、サラフィーナ。無事か? おーい」
フリッツの呼ぶ声がした。
一応、心配してくれているみたいだけど……中には入ってこないんだね。
不気味さは変わらないけれど、骸骨はいないし、匂いもマシになった。
ここなら、なんとかゴッフィーナをやれそうだ。
でも、醜い姿ってどうしたらいいのよ。
階段を上って地上に出ると……。
「おぇ、くくくさーい! サラフィーナ、なんて匂いだ。ゴッフルだってそんな匂いしないだろう。おぇ。近寄るな!」
って、失礼な。
どうやら、服に匂いが染みついてしまったみたいだ。
「ねえ、匂いは……この服でいいとして、顔はどうする? 私、ゴッフルと比べたら絶世の美女顔だから無理よ~」
なんか色々頭にきて、いっそフリッツに抱きついてみようかと思ったけど、気絶されたら面倒なのでやめておいた。
「絶世の美女……。俺からしたら、どっちも大して変わらないんだけどな……。うーん。そうだ。そらちゃんとかいう箒ごと黒い布で被って、顔に仮面でもつければ、何とかなるんじゃないか?」
……うーん。
某人気映画でみたキャラみたいな感じ?
お風呂屋さんが舞台なのに、めっちゃ汚れてるお化けみたいなやつで、名前は「顔がない」っていう感じじゃなかったけ。
魔獣には見えないけど……珍獣だし、アリかな~。
なんか、ここ数日色々ありすぎて疲れてきた。
黒い布とか仮面はフリッツが手配してくれるっていうから、それでどうにかしてみよう。
ばれたときは、ばれたときだ。
一応、貴族だし殺されることは……多分ないだろう。
でも、ぼっちゃまの逆鱗に触れたときに備えて、森で生活する準備はしておこう。
そんなこんなで、私たちは一応、ぼっちゃまとヨナサーラ奥様のお客様を迎える準備を整えたのであった。
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