第二十一章 ぼっちゃまとご学友③
「ふぃーーー!」
私はフリッツを後ろに乗せ、そらちゃん(箒型自転車)で明るい森を駆け抜けた。
ノーヘル、二人乗り。現代なら完全にアウトだけど、規制のないこの世界では、スピードも出せて最高に気持ちいい。
後ろのフリッツは相変わらず、奥さんや子供の話をぶつぶつと話し、のろけている。面倒だからもう、右から左へ聞き流していた。
あー、いつか私の旦那さんになる人も、誰かにこんなにのろけるのかな……。
そのとき、探索鼻が反応した。
「ぐるるるるーん」
おっ、目標が近いのかな? 音まで出せるようになるとは、さすが私のそらちゃん!
……なのに、フリッツはその鳴き声を聞いた途端、ぎくりと体をこわばらせた。
ったく、魔獣か何かと勘違いしたんだろう。
そうこうしているうちに、目的のヘンネの花がヘンネの花が数株、寄り添うように咲いている場所を見つけた。そらちゃんからゆっくり降りると、花に近づいて確かめた。
「ほんと、分かりにくい場所にあるよね。こんなに背の高い雑草に囲まれてたら、探索鼻がなきゃ見つからないよ」
「お、おう」
そらちゃんから恐る恐る降りたフリッツは、やたらと挙動不審だ。
ちらちらと私を見ては、上着の裾をぎゅっと手繰り寄せる。襟元を慌てて直し、腰ひもを締め直すと、また私の方をちらりと見た。
魔獣でも警戒しているのかな?
明るいとはいえ、ここは人里離れた森の中。さっさと罠を仕掛けよう。
「モーフ!」
呪文を唱え、掃除棒をスコップに変えて横穴を掘る。
「ふぅ、こんなもんかな!」
なかなか上手にできたんじゃない? 自画自賛。
フリッツは餌を作ると、穴の奥深くに仕掛けた。さらに、掘った跡が分からないよう、周囲の草をかぶせていく。
さすが本業? 手慣れたものだ。
気がつけば、日も傾きかけていた。
暗くなる前に帰らないと。魔獣に襲われるのも嫌だし、ヘンネ鳥が警戒して来なくなっても困る。
私は仕上げに、杖へ魔力を込めて祈った。
「元気になーれ!」
せっかく見つけたヘンネの花なのに、周囲の雑草に比べて元気がないんだよね。
ヘンネ鳥を捕まえたら、花も畑に植えてみよう。
「それにしても、これから帰るの面倒ね。なんなら、ここで一晩過ごす?」
冗談で言った途端、フリッツが血相を変えて怒鳴った。
「外で一晩中?・・・。この節操なしの破廉恥な変態め! 俺は一人でも帰るぞ! たとえ魔獣に襲われようとな! 家族が待ってるんだ!!!」
なぜか絶叫し、フリッツは両腕を胸の前で固く組み、身を守るように肩をすくめた。
「ごめん、ごめん。ちゃんと今から帰るわよ!」
フリッツは私を警戒するように見たあと、そらちゃんから少し距離を取った。
そして、かなりためらってから、来たとき以上に恐る恐るまたがった。
そして帰り道も、奥さんと子供の話をまたぶつぶつと繰り返していた。
もー、どんだけ愛妻家なのよ。愛され過ぎるのも負担なんじゃないかな??
帰りも魔獣に遭遇することなく、順調に森の入り口へ近づいた。
「フリッツ、村まで送るね!」
疲れているだろうから、親切で言ってあげたのに……。
「絶対にお断りだ! 誰にも見られたくねえ! 明日は早朝にお前の小屋へ行くからな!」
そう言うと、森を抜けるなり、さっさとそらちゃんから降りて村へ帰っていった。
「ったく、なんてものに乗せるんだよ……。命は助かるかもしれないが、貞操の危機とは……。ミッフェになんて謝ればいいんだ……」
何やらぶつぶつ言っていたけど、きっと疲れて混乱しているんだろう。
私も疲れていたし、明日は早朝から出発だ。お風呂代わりの飛獣小屋の桶で体を洗い、さっさと寝ることにした。
……なんか、忘れているような気がするけど。
まあ、明日になれば思い出すでしょ。
その夜は夢も見ず、ぐっすり眠った。
ただ、遠くから何か聞こえた気がした。
キーッ! キーッ!
甲高い魔獣の鳴き声と、数人の男性の悲鳴が……。
***
翌朝、まだ早い時間。
どん、ドスン、どん、ドスン。
ドアに何かをぶつける音がした。
恐る恐る扉を開けると、足元に大きめの石が転がっていた。
……フリッツ、石をぶつけてノックしたの?
ここいらの平民って、みんなこうやってドアをノックすのかしら。
なんだか妙に距離を取られている気がするけど……。
私はそらちゃんをゴミ袋から取り出し、フリッツと一緒に森へ向かおうとした。
ところが、フリッツはなぜか、そらちゃんに乗るのをためらっている。
「ちょっと、フリッツ。どうしたの? 昨日は乗ってたでしょ。怖いの?」
フリッツは困ったように眉を寄せ、周囲を見回した。
「村の者が四人、昨夜から戻ってきてねえんだ。町へ買い出しに行ったはずなんだが……。もしかしたら、あいつら森にいるんじゃないかと思ってな」
「それがどうしたの?」
「見られたら、何を言われるか分かったもんじゃねえ。俺にも男としての面子ってもんがあるんだよ」
フリッツはそう言って、頭を振った。
「まあ、あいつらも、そこまで暇じゃないだろう。おい、さっさと行くぞ、サラフィーナ。お前が俺の命の恩人になるか、確かめにな!」
めちゃくちゃプレッシャーをかけられた。
……って、そうだった!
私のゴッフィーナ計画もかかっているんだった。
ドキドキしながら、私たちはそらちゃんに乗って昨日の罠へと急いだ。
***
まだ夜が明けきらず、森は薄暗かった。
罠を仕掛けた場所へ近づくと、激しい鳴き声が聞こえてきた。
「グェッ、グェッ、グワァッ、グワァッ!」
草むらの陰からそっと覗くと、二羽の黒い鳥が争っていた。
一羽は傷だらけになりながらも、必死に戦っている。
「っ! ヘンネ鳥だ……!」
フリッツはごくりと唾をのみ、二羽を食い入るように見つめていた。両手は小刻みに震えている。
……って、どうやって捕まえよう?
今ならいけそう!
私は掃除棒に魔力を込め、小声で呪文を唱えた。
「モーフ!」
大きな虫取り網を作り、そっと棒を伸ばす。
「えいっ!」
気合とともに、二羽をまとめて網に捕らえた。
その瞬間、フリッツが飛び出した。
「この野郎ーー! 捕まえたぞ! 絶対に逃がさねえ!」
グワァ! グワァ! バタバタ!
暴れる鳥を物ともせず、くちばしで突かれても構わず抱え込んでいる。
「……あ、籠を忘れた」
私は仕方なく、網ごと二羽をゴミ袋へ入れた。
「……なんなんだよ、その袋! なんでそんな小さいもんに入るんだよ! しかもゴミ袋っていってなかったか。……おい、俺の命をゴミ扱いかよ!!!」
鳥よりうるさいんだけど……。
「譲り受けたときはゴミ袋として使ってたんだから、そう呼んでるだけよ。でも、確かにかわいくないよね。セバスチャンもそらちゃんも、かわいい名前なのに」
私は少し考えた。
「……じゃあ、フリッツにする?」
フリッツは目を見開き、私を指さしてぶるぶる震えた。
「このド変態の破廉恥女め! 絶対にやめろ! 俺をどうするつもりだ!」
冗談なのに、なんでそんなに過剰反応するのよ。
この世界の人って、冗談が通じないんだな。
「えー、じゃあパックンとか?」
フリッツは耳まで真っ赤にして、今にも倒れそうになっている。
……ったく、どうしたっていうのよ。
「うーん、じゃあ『なんでも袋』にでもしようかな。とりあえず、なんでも入れてくれるし」
フリッツはほっとしたように息をついた。……と思ったら、また何かぶつぶつ言っている。
「ったく、なんでもってなんだよ……筋金入りの変態め」
筋金入りの変態!?
昨日からこっちは破廉恥とか、変態とか散々なな言われようだ。いい加減、我慢の限界である。
「ちょっと! 昨日から一体何言ってるのよよ!」
「何がだよ」
「私を見るたびにビクビクしたり、距離を取ったり! 変態扱いして。ずっと変じゃない!」
最初は気のせいだと思っていたけど、どう考えても様子がおかしい。
だとしたら、理由を聞かずにはいられない。
フリッツは数歩後ずさり、しばらく無言で私の顔をじっと見つめた。
「おい、お前……自分が何をしてるかわかってないのか? あれだけ俺を挑発して誘っておいて」
「はぁぁぁぁぁ!? いつ私があなたを誘ったっていうのよ! ちょっと親切にしたからって、勘違いしないでよ!」
私が絶叫すると、フリッツは驚いたように目を見開いた。けれど、どこかほっとした様子で、ぽつぽつと説明を始めた。
「あのよ……。もしかして自覚ないのか・・・。お前のそらちゃんとかいう箒の魔術具についてる動物の鼻、あれはフェルケルだよな? それにその……足を開いて乗るってことは……」
「ちょっと、何よ……って、きゃーーーーー!」
思わず悲鳴を上げてしまった。
豚に似た魔獣、フェルケル。
この世界では、性欲の象徴ともいえる存在だった。
発情期になると、動くものなら何にでものしかかり、腰を振るという、とんでもなく破廉恥な習性がある。
その習性を逆手に取れば、丸太を動かすだけで簡単に捕まえられる。そんな単純な罠にも引っかかることから、フェルケルは間抜けな魔獣としても知られている。
……つまり。
私はフェルケルの鼻をつけたそらちゃんに、堂々とまたがり、あちこちを走り回っていた。
つまりフリッツには、私はフェルケル並みに考えなしの間抜けで、目についた男を手当たり次第に箒に乗せ、人気のない場所へ連れ込んでは襲うような、性欲過剰な女に見えていたってこと!?
ちょっと待って! 私は魔獣じゃないし、発情期でもないわよ!!
これは、なんとしても誤解を解かなくては!
私はフリッツには到底手の届かない、理想の男性像をこれでもかと並べ立てた。
「ちょっと、私の理想はね! 身長一九〇センチ以上で、深紅の髪をした、誰もが見とれる美形! 頭脳明晰で中央貴族院では常に学年トップ、それに騎士団長を目指せるくらい強い人じゃなきゃ、眼中にないんだからね!」
……どこかで聞いたような人物像だけど、まあいいか。
そんな人、いるわけないし。
私の話をぽかんと聞いていたフリッツは、なぜか苦笑いした。
「ま、夢を見るのは自由だしな」
そしてどこかほっとした様子だった。
そういえば……。
罠を仕掛けた穴を覗き込むと、そこにはもう一羽、気絶したヘンネ鳥がいた。
よく見ると、腹の下には卵がある。どうやらメスらしい。
さっき捕まえた二羽はオスに見えたけど、もしかして、どちらかがこのメスの番いなのかな?
私は卵を傷つけないように気をつけながら、メスのヘンネ鳥もそっと捕まえた。
そして、咲いていたヘンネの花も周囲の土ごと掘り出し、まとめて『なんでも袋』に入れて持ち帰ることにした。




