第二十章 ぼっちゃまとご学友②
私はぼっちゃまの部屋を出ると、とぼとぼと村へ向かった。
正直、人間がどうしたら魔獣になるのか、さっぱりわからない。
しかも、ゴッフル以上の醜さと臭さだなんて……。
考えただけで嫌になる。
あの暗闇で、そらちゃん(箒型自転車)の手鏡に照らされた顔。
毛に覆われた目からは鋭い眼光が放たれ、口元は大きく裂けていた。紫黒い歯茎が唇からはみ出し、その不格好な歯茎から黄ばんだ牙が何本も突き出している。
口を閉じようにも閉じられないのか、だらしなく開いた口からは、腐肉のような悪臭が漂っていた。
ぶるるっ。
思い出しただけで震えが走る。
無理。あんな魔獣に、淑女教育を受けた貴族令嬢の私がなるなんて……!。
臭いだって、とんでもない。
鼻をつまんでも、頭に直接臭いが追ってくるんじゃないかと思うほど酷いのだ。
腐った動物の死体でも、檻に置いておけばごまかせないかな……。
とにかく、ここは有能な村長に相談だ。
妹を助けたことは、まだ覚えていてくれるだろうし。
そもそも、今回の無茶ぶりも「白いもこもこスリッパ事件」が原因なのだ。
私も貴族らしく、悲しげな顔で頼めば、きっとオッケーだよ。
***
「ね、フリッツ。そういうわけだから、協力よろしく」
結果は……一瞬の迷いもなく、即却下。
「ああ、おいサラフィーナ。俺は忙しいんだ。そんなくだらんことに付き合ってられるか」
後ろでは、カールとコリンナが所在なさげにうろうろしていた。
「兄さん、サラフィーナ様のお願いだから聞かなきゃ……」
そんなカールの態度に苛立ったのか、フリッツは声を荒らげた。
「おい、ぼっちゃまはサラフィーナに頼んだんだろう。俺らはヨナサーラ奥様からの命令で、狩りをしなきゃならないんだ。とにかく忙しいんだよ。ったく、親子そろって見栄っ張りなんだからな。どっちも大して考えもせず、不可能に近いことを要求しやがって」
なんでも、ヨナサーラ奥様はお客様へのおもてなしとして、幻の魔鳥ヘンネを使った料理を出すと見栄を切ったらしい。
今の当主様のおじい様が弓の達人で、過去に何匹か捕まえたという話を思い出したのだそうだ。
ヘンネ鳥の肉には美容に効く滋養成分がたっぷり含まれていて、肌がぷるぷるになり、髪もつやつやになるという。
貴族女性にとっては、憧れの食材なのだ。
とはいえ、捕まえられたのは、あくまで昔の話。
おじい様は、溺愛していた自分よりかなり年下の第三夫人に頼まれ、何日も夜を徹して森に入り、捕まえたのだという。
今の当主様のお父様の代になる頃には、ほとんど誰も見かけなくなり、今の当主様の代では、誰一人見たことがないそうだ。
そもそも、ヘンネ鳥が幻と呼ばれるのには理由がある。
異常なほど警戒心が強く、食性も特殊なのだ。
昼間は地面に掘られた穴の奥深くに隠れているため、見つけるのはほぼ不可能。
夜に餌を取るときも、真っ黒な羽に覆われているせいで姿が見えない。しかも、ほんの少しの物音にも気づき、すぐ近くの穴に逃げ込んでしまう。
隠れるための穴は、森のあちこちにある。しかも、見つけにくい場所ばかり。
そのうちの一つを探し当てるだけでも、至難の業らしい。
さらに、何日も飲まず食わずで生きられるという。
おまけに、長年続いている魔力不足の影響で、ヘおまけに、長年続く魔力不足の影響で、ヘンネ鳥の産卵に欠かせないヘンネの花まで減ってきているのだ。
昔は森のいたるところに生えていたようだけど、今ではほとんど見られなくなったそうだ。
魔力不足って、どこに影響が出るかわかんないね……。
そんなわけで、もうこの森にいるかどうかもわからない鳥を、フリッツたちはとにかく探さなければならないらしい。
「ね、フリッツ。見つけられなかったらどうなるの?」
私が何気なく尋ねると……。
「誰かが責任を取って、処分される。多分村長の俺になるだろうな。」
「ふぇ……」
思わず、変な声が出ちゃった。
そういえばこの世界、平民の命って軽いんだよね……。スリッパよりも。
私のゴッフィーナに構っている場合じゃない。
むしろ、私も協力して探してあげたほうがいいかもしれない。
・・・って私何か忘れてない????
「あーーー。思い出した。ヘンネ鳥を捕まえる方法! しかもメス!!!」
私は突然、どこかで聞いた話を思い出した。
「ったく、またか。……本当なんだろうな」
フリッツは警戒しつつも、期待に満ちた目で私を見てきた。
「あのね、キケルの実をつぶして乾燥させたものと、ミネンの葉を乾燥させたものを、少量の水で練り合わせるの。それを地面に横長に掘った穴に置いて、餌の匂いが広がるのを待つ。で、匂いに誘われたヘンネ鳥は、餌を食べると眠ってしまう。その間に捕まえればいいのよ」
みんなが無言になった。
「おい、いい加減にしろ。そんな子供でも作れるような罠で捕まえられたら、苦労せんわ!!!」
なぜかフリッツに怒鳴られた。
「でもよ、見つけるための策が全くないんだ。お前の戯言だとしても、闇雲に探し回るよりはましかもしれん。だとしても、どこに罠を仕掛けるんだ?」
どうやら、ほかに策がないらしく、とりあえず私の提案に乗ることにしたようだ。
うーん。餌の近くなら確実だよね……。
「ヘンネの花を探して、そこに設置しましょう」
私の提案に、フリッツはぼやいた。
「ったく、この広い森の中でヘンネの花を探すだけでも、二週間なんてあっという間だよ」
そんなフリッツに、私はゴミ袋へ手を入れ、中にある箒に魔力を流した。
そして、高らかに宣言する。
「いでよ、そらちゃん!」
ばばーーん。
そこには、箒型自転車に変形したそらちゃんが浮かんでいた。
「ふふーん。この探索鼻があれば、どんなものも朝飯前で見つけられるわよ!」
胸を張って自慢した。
私のそらちゃんはスゴイのだ。
なぜか、その場にいた大人たちが、いたたまれない雰囲気になった。
みんなどうしちゃったんだろう。
いち早く正気に戻ったフリッツが、
「お、おう。その……そらちゃんっていう箒に乗って、そこについてる鼻で探すんだな。くっそー」
と、なぜか悪態をついた。
どうしたんだろう。
フリッツは何か吹っ切れたような表情で、私に言った。
「おい、いいか。俺は妻のミッフェ一筋で、子供もいるんだからな。分かってるだろうな」
突然のろけるフリッツを不審に思いつつ、私は罠の設置に必要な素材を倉庫と裏庭から取ってきた。
そして、私たちは森へと向かった。
森へ向かう道すがら、フリッツはずーーーっと奥さんの話をしていた。
いかに自分が妻を大切にしているか。いかに家族を愛しているか。
……いや、わかったから。もう十分わかったから。
ったく、この世界の男性は、ぼっちゃまといい、カールといい、好きな人に一途だ。
ほんと、うらやましい。
早く私も、素敵な男性と結婚したいな。
そんな私の心の声が漏れたのか、
「おい、平民は一人しか嫁をもたないぞ。」
フリッツが、突然私に平民の結婚事情を教えてくれた。
なんで???




