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私、諦めるのやめました ~崖っぷち下級貴族令嬢の生存戦略~  作者: 久保 まり子
第一部 婚約破棄された田舎下級貴族令嬢

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第十八章 救える命があるのなら(後編)

全速力で村へ向かう。


お願い、間に合って。リヒトとアヌムートを助けなきゃ。


村にたどり着くと、入口ではフリッツが待ち構えていた。


「おまえ、本当にリヒトを連れ帰ったんだな……って、生きてるのか!?」


血まみれのリヒトを見て、フリッツは息をのんだ。


「まだ生きてるわ。お願い、ヘルゲじいさんを呼んできて!」


「ああわかった。リヒトをアヌムートの家へ連れていけ!」


私は家へ急いで向かった。


家の中では、カールとベルンが、ぐったりしたアヌムートに必死で話しかけていた。


「姉さん、諦めないで。もうすぐリヒトが戻って来てくれるから!」


「お願いだ、アヌムート。俺を置いていかないでくれ……」


入口の物音に振り返った二人は、私とリヒトの姿を見ると、驚きに目を見開いた。


「兄さん!」


ベルンがすぐさま駆け寄ってきた。


「うう……ん。姉さん、ベルン……アネルの花……」


リヒトは朦朧としながらも、妹の声に反応した。


私が戻ったと聞きつけた村人たちも、次々と集まってきた。


「リヒト、生きてるのか? でも、あれじゃ助からねえな」


「女のくせに、騎士様でも苦労するゴッフルを倒したのかよ。すげえな!」


「おい、ゴッフルを倒せたわけねえだろ。森からリヒトを連れ帰っただけだ」


皆、好き勝手なことを口にしている。


そのとき、後ろから声が飛んできた。


「おい、どけ! そこを通すんじゃ!」


ヘルゲじいさんが急いでやってきて、リヒトの傷を確認した。


「これは……ゴッフルにやられたのか? 毒が全身に回りかけておる。もう、助かるまい……」


私は、ヘルゲじいさんに詰め寄った。


「嫌だ、待って! 家族のために頑張ったんだから、そんなこと言わないで助けてよ!」


そこで、私はあることを思い出した。


「そうだ、アネルの花を採ってきたんだ。これで二人とも助けられない?」


私はゴミ袋からアネルの花を取り出し、ヘルゲじいさんに差し出した。


「ああ、アネルの花! 本物を見るのは久しぶりじゃ。しかも、最高の状態ではないか!」


ヘルゲじいさんは目を輝かせたが、すぐに表情を曇らせた。


「じゃが……アネルの花は病気には万能でも、毒や外傷には効かんのじゃ。ゴッフルの毒は特殊でな。ここまで全身に回ってしまえば、もう助からん。魔力による癒やしも、傷を負った直後でなければ効果がないんじゃ。

 それにな、たとえ癒やしで命を取り留めても、一生痛みに苦しむことになる。実際、痛みに耐えきれず、自ら命を絶つ者も少なくないのじゃ……」


ヘルゲじいさんは、すがる私を慰めるように、優しく説明した。


「ぐすっ……そんなのってないよ。何とかならないの? 言い伝えでも何でもいいから教えて!

だってここは魔法の世界でしょ? 何か呪文を唱えたら治るんじゃないの?」


なおも食い下がる私に、ヘルゲじいさんは困ったように口を開いた。


「方法がないわけではない。始まりの実があれば、助けられるじゃろう。黄金に輝く実でな。毒の原因となる物質と混ぜ合わせれば、どんな毒や傷にも効く特効薬になる。

 じゃが、始まりの実は代々王家に伝わる貴重な素材じゃ。それに、もう使い切ってしまい、存在しない。だから、諦めるのじゃ……」


目から涙があふれた。


頑張ったのに。


私が欲をかいて黄金の実を採ろうとしたから……。


――って、もしかして!


私は慌ててゴミ袋からゴッフルの腕を取り出した。


「ねえ、ヘルゲじいさん! これでしょ? これなら助けられるんじゃない?」


お願い。これで助けられるって言って!


凄まじい腐敗臭が部屋中に広がった。


周囲に集まっていた村人たちは、あまりの臭さに慌ててその場から逃げ出した。


そんな中、ヘルゲじいさんは息をのんだ。


「お、おぬし……本当にゴッフルを退治したのか! しかも、始まりの実まで……!」


ヘルゲじいさんは黄金の実を確認すると、確信したようにうなずいた。


「間違いない。これならリヒトも助けられる! アネルの花を使えば、アヌムートも助かるぞ!」


よかった……!


安堵したのも束の間、ヘルゲじいさんは真剣な顔で私を見つめた。


「じゃが、本当にいいのか? これらが本物なら、とんでもない高値で売れるぞ。おぬしが一生、貴族らしい贅沢な暮らしを送れるだけの金が手に入るのだぞ」


えっ、貧乏生活から抜け出せるってこと?


ぐらりと心が揺れた。


今まで、お金に苦労してきた記憶がよみがえる。


前の世界での最期だって、バスに乗るお金をケチらなくてよければ、まだ生きていたかもしれない。


でも……今、私はここで生きている。何とか生活だってできている。


それに、生きていれば、またお金を稼ぐ機会にも恵まれるはずだ。


「いいです。ヘルゲじいさん、どうか二人を助けてください」


私はまっすぐ彼の目を見つめ、お願いした。


ヘルゲじいさんは長いひげを何度もなでていたが、やがて私の返事に満足したようにうなずいた。


「分かった。必ず二人を助ける! おい、カール、ベルン! 手伝え!」


そう言うと、必要な素材を持ち、カールとベルンを連れて自分の家へ向かった。


家の扉をくぐるとき、ヘルゲじいさんのつぶやきが聞こえた気がした。


「あの時、これがあれば……」


ベッドでは、何とか目を開けていたアヌムートが、絞り出すような声で言った。


「ありがとうございます……」


弱々しく、かすれていて、聞こえるか聞こえないかというほどの声だった。


でも、生きてる!


よかった……!


頑張って、アヌムート。


みんな助かりそうだ。


ほっとした途端、全身から力が抜け、私は床にへたり込んだ。


そして、そのまま気を失った。


* * *


くんくん。


何やらスープのいい匂いがする。


野菜だけじゃなく、お肉もたっぷり入っていそうなスープだ。


ぼっちゃま用のスープかな?


下げ渡しが期待できそう……。


ぱちっと目を開けると、私は見知らぬ部屋で寝ていた。


藁のベッドに、つぎはぎだらけのシーツ。けれど、きちんと洗濯されていて清潔だ。


あれ? ここ、どこ?


開いたドアの向こうには、鍋の前に立つ女性たちの姿が見えた。


「サラフィーナ様、目が覚めましたか? 気分はいかがです? お腹がすいているようでしたら、食事を用意していますので、どうぞ召し上がってください」


そのうちの一人が振り返り、食事を勧めてくれた。


フリッツとカールの妹、コリンナだった。


ほかの二人のうち、一人は年配でコリンナによく似ている。お母さんかな?


もう一人は、一歳くらいの子供をおんぶし、足元には三歳くらいの男の子がまとわりついている。


あの子供たちのお母さんは、フリッツの奥さんだろうか。


食事を勧められた途端、自分がとてもお腹をすかせていたことを思い出した。


私は勧められるまま、スープとパンを夢中で掻き込んだ。


ああ、おいしい!


お腹いっぱいになったところで、ふと気絶する前のことを思い出した。


「あの……二人は……?」


心配で、緊張して言葉が続かなかった。


そんな私を安心させるように、コリンナがにっこり笑った。


「無事に助かりましたよ」


よかった……!


安心したら、またお腹がすいてきた。


……って、こんな豪華な食事を食べていいのかな?


これ、ぼっちゃまが食べるような食事だよね……。


「あの、このスープ、ぼっちゃま用じゃないんですか? 私が一番に食べてよかったんですか?」


コリンナに尋ねると、彼女は笑顔で答えた。


「カールからのお礼です。全部、一人で食べていただいて構いませんよ」


うわあ、そうなんだ!


でも、さすがに一人で食べるのは気が引ける。


「あの……みんなで食べたほうが美味しいですから、よかったら一緒に食べませんか?」


鍋のそばで様子をうかがっていた二人は、おずおずと、けれど嬉しそうに席についた。


すると、子供をおんぶしていた女性が遠慮がちに尋ねてきた。


「初めまして。フリッツの妻のミッフェです。息子も一緒に食事してよろしいですか?」


フリッツ、2人も子供いるんだね。


そういえば、私、フリッツ兄弟のことをあまり知らないな。


食事をしながら、村のことや屋敷で働く人たちのこと、フリッツ兄弟のことを教えてもらった。


フリッツは、この村の若き村長で、フリッツの家は代々、当主様から厚い信頼を寄せられ、村をまとめてきたそうだ。


フリッツの父親が、現当主様の跡取りである長男に付き従って王都へ向かったため、フリッツが村長を引き継いだのだという。


三人から村の話をいろいろ聞いていると、不意にガチャリとドアが開いた。


ヘルゲじいさんが入ってくるなり、どさりと椅子に座った。


「ふう、疲れたわい。わしも食事にありつきたいのう」


コリンナが慌ててスープを器によそい、ヘルゲじいさんに差し出した。


スープを受け取ったヘルゲじいさんは、さっそく口をつけると、私のほうを向いた。


「で、二人が助かったことは、もう聞いたじゃろう?」


「はい!」


「ならば、二人を助けた礼に、聞かせてもらえんかのう。どうやってゴッフルを倒したのか。それに、始まりの実をどうやって手に入れたのかもな」


ヘルゲじいさんの目は、まるで子供のようにキラキラと輝き、期待に満ちていた。


「うーん、大したことはないですけど……」


そう言いながらも、私は胸を張り、得意げに説明した。


だって、上級騎士が数人がかりでもなかなか倒せない魔獣を、私一人でやっつけたんだよ?


えへへ。


「……って感じで、やっつけたんです!」


私は、あの日に起きたことをヘルゲじいさんに話した。


ヘルゲじいさんは長いひげをしきりになでながら、熱心に耳を傾けていた。ときおり考え込むようにひげを指先でくるくると巻き、気になることがあると質問を挟んでくる。


「ほう、ゴッフルから芽が大量に出てきたのか。なるほどのう。ゴッフルの魔力だけではなく、おぬしの魔力まで吸い込んだのじゃろうな。

 アネルの花がアイヒの巣から生えていたか……。ならば、ゴッフル、クラウト草、アネルの花、始まりの実には何か関係があるのかもしれん……。時の女神像にあるとおりじゃの」


時の女神像?


何それ?


基本的に、どの国でも貴族・平民に関わらず、自国の神を信仰している。


我が国なら、火の属性を司る神ブラントだ。


よく飾られている像や絵では、手の上に炎を乗せた姿で描かれている。


他国でも同じように、それぞれの国に由来する属性を手にかざしたり、身にまとったりする神の姿が一般的だ。


隣のファルベン王国では、魔獣を操る命の属性が強い。そのため、神の像は魔獣に囲まれた姿をしているらしい。


でも、時の女神なんて聞いたことがない。


そんな神様、いたっけ?


私が不思議そうな顔をしていると、ヘルゲじいさんが説明してくれた。


「なあに、建国前にさかのぼる古い神話に登場する神じゃ。この世界は、最初に時の女神が創り出し、そこから神々が生まれて、それぞれの地へ散らばっていったとされておる。

 そして、このブラント王国の東側、ちょうどこの屋敷の周辺が、女神様の降り立った場所らしいぞ。何代か前の王が神話の研究に熱心でな。王宮に時の女神の像を造らせたのじゃ」


「うわあ、ヘルゲじいさんって物知りなんですね! そういえば、この前も王の宝物庫の話をしていたし……」


「うぉっほっほ! まあ、年の功じゃの。昔、王宮で少しばかり働いておったのでな……」


すごい!


ヘルゲじいさん、王都どころか王宮で働いていたんだ!


実はすごい人なのかな?


貴族でもないのに、すごい……。


……って、もしかして貴族?


村で普通に村人に交じって暮らしていたけど……まさかね。


でも、あの薬草の知識もただ者じゃないし、王宮の宝物庫にも詳しいし……。


「あの~、ヘルゲじいさんって、もしかして偉い人なんですか?」


ヘルゲじいさんは、面白いものでも見るように目を細め、じーっと私を見た。


「まあ、昔はな。それから、儂はもてたんじゃぞ!」


それからは、自分がどれだけ女性にもてたかという自慢話が延々と続いた……。


……なんか、うまく話をそらされた気がする。


話もお腹もいっぱいになり、ふと外を見ると、もう真っ暗だった。


さっき起きたばかりだけど、今夜は気分よく眠れそう。


そう思っていたら、ヘルゲじいさんが何かを思い出したように口を開いた。


「おお、そういえば、明日にはぼっちゃまが帰ってくるのう。おぬしも大変じゃろうが、ゴッフルと一戦交えたのなら、ぼっちゃまなんぞ大したことないじゃろうな!」


ほっほっほっほー!


ヘルゲじいさんは、サンタクロースみたいに笑っている。


……って、忘れてた!!!


あの悪魔が帰ってくるんだった!


かわいいセバスチャンとは違う、ぼっちゃまことセバスシェルド様が!


ああ、私の平穏な生活、カムバーック!

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