第十七章 救える命があるのなら(中編)
「うーん、最高!」
そらちゃん(箒型自転車)の乗り心地はホント最高だった。
何しろ、浮いているからガタガタ揺れないし、スピードは魔力の込め具合で簡単に調節できる。
しかも、手鏡に魔力を込めれば、光の強さだって自由自在。
はっきり言って、この世界最強の乗り物じゃない?
サラフィーナの記憶をたどっても、貴族の移動手段は、飛獣を除けば馬車しかない。飛獣を持たない下級騎士であれば、馬車を引く魔獣フォーレンに乗る。
これ、絶対に流行ると思うんだけどな。
そんなことを考えながら、今朝少年を見かけた森の入口へと急いだ。
サドルに取り付けた手鏡に魔力を込め、呪文を唱える。
「サルング!」
手鏡に光が集まり、地面を明るく照らし出した。
あった!
子供の足跡が、森の奥へと続いている。
続いて、探索鼻に魔力を思い切り流し込む。
「ゲルーフ!」
足跡が向かう方向へ探索鼻を向けると、遠くからかすかに匂いが漂ってきた。
さっき嗅いだ汗の匂い。それに、クラウト草の匂い。
そして……強烈な腐敗臭と、血の匂い。
お願い、間に合って!
私はそらちゃんに魔力を叩き込むと、森の奥へと急いだ。
木々の間を、速度をギリギリまで上げて駆け抜ける。
小さな枝なら、そらちゃんを覆う結界が弾き飛ばしてくれるから、ぶっ飛ばして進める。
森の奥へ進むにつれて、腐敗臭が強くなってきた。
悪臭が一段と強くなった、そのときだった。
ドゴォン! 何かを叩きつけるような轟音と、少年の悲鳴が森に響き渡った。
「この野郎、あっちに行きやがれ! お前なんかに負けるか! 俺は姉ちゃんと妹を守るって、父さんに約束したんだ!」
私は手鏡に魔力を込め、光を最大まで強め、悲鳴の聞こえる方向を照らす。
岩と岩の間にできた小さな隙間に、リヒトが縮こまり、なんとかゴッフルから身を守っている。
ゴッフルは手にした丸太を振り下ろし、隠れ場所を壊そうとしていた。
「グァルルル……」
光に驚いたのか、毛に覆われた目の奥が、まぶしそうに瞬いている。
けれど、動きが止まったのは一瞬だけだった。
目がぬらりと光る。
新たな獲物を見つけたとばかりに、ゴッフルが私に襲いかかってきた。
とにかく、リヒトからゴッフルを引き離さなきゃ!
私はリヒトとは反対方向へ、全速力で向かった。
進むにつれ、腐敗臭がどんどんひどくなっていく。
鼻を突き刺すような悪臭に、頭が麻痺しそうだ。
「もしかして、巣に近づいてるのかな……」
探索鼻を切り、鼻を塞いでも防ぎきれない臭気に耐えながら進むと、とうとうゴッフルの住処らしき洞窟にたどり着いた。
私は急いでゴミ袋からベルグの実が詰まった袋を取り出し、その中ににゼクト虫の毒をぶちまけた。
さあ、来い!
森から飛び出してきたゴッフルに向かって、毒をまぶしたベルグの実が入った袋を一気にぶちまけた。
ゴッフルは飛んできた実を何個か避けたものの、足元に転がった実を踏んで滑り、転倒した。
その拍子に、地面に散らばったトゲトゲの実の上を転がり、全身に傷を負って、あっという間に血まみれになった。
「ヴォオオオオッ!!」
めっちゃ怒ってる!
毒は効いてる? 効いてるよね?
でも、致命傷にはなっていないみたいだ。
ゴッフルはすぐさま起き上がると、地面に落ちたベルグの実を足で器用に避けながら、ゆっくりと私に近づいてきた。
やだ、もうすぐ実の散らばっている場所を抜けちゃう!
よし、もう一袋!
私は慌てて二袋目にもゼクト虫の毒をまぶし、ゴッフルに投げつけた。
ところが、今度はうまくいかなかった。
ゴッフルは体を丸めると、遠くへ大きくジャンプして、ベルグの実を避けたのだ。
「ふぇっ、学習能力高すぎ!」
着地したゴッフルは、ぴたりと私に狙いを定めた。
「グォオオオオッ!!」
再び咆哮を上げ、こちらに迫ってくる。
ひえええ!
私は慌てて箒に魔力を込め、今度は腐敗臭とは逆方向へ全力で逃げた。
考えろ、私!
確か、物語ではベルグの実とゼクト虫の毒でやっつけられたんじゃなかったっけ?
……って、なんかまだ続きがあったみたいだけど、私、聞いてなかった!!!
やばい。これって詰みってこと?
私、このまま魔獣の餌食になるの?
しかも、相手はゴッフルだよ。
手足をもがれて、腐ったところから生きたまま食べられていくんだよ。
川で溺れ死ぬ最後より悲惨じゃん!
やだ! 行き止まり!
闇雲に逃げていたら、いつの間にか三方を切り立った崖に囲まれた窪地に迷い込んでしまった。
どうしよう。絶体絶命。逃げ場がない!
後ろを振り返ると、ゴッフルの口から、よだれがだらりと垂れているのが見えた。
「グォッ、グォッ!」
獲物を追い詰めたのが嬉しいのか、ゴッフルは楽しそうに唸っている。
もう、ベルグの実もゼクト虫の毒もない。
全身から血を流したゴッフルが、一歩、また一歩と近づいてくる。
やだ、来ないで!
私はゴミ袋に手を突っ込むと、手に触れたものを片っ端から投げつけた。
割れた食器、食べかけのパン、野菜の切れ端……。
とにかく、あるものは全部!
投げて、投げて、投げまくる。
でも、まったく効かない。
飛んでくるものを器用にかわし、避けきれなかったものは、手で弾き地面にたたきつける。まるで遊んでいるかのようだ。
最後には……セバスチャンの頭まで投げつけた。
ゴッフルはそれを、食べ物と思ったのか……両手で受け止め鋭い歯でガブリと噛みついた。
ビリビリッ!
つぎはぎだらけのシーツが裂け、中の藁がバラバラになって飛び散る。
細かな藁くずに混じって、農作業中についた花粉や種も、ゴッフルの全身にふわふわと舞い落ちた。
ああっ、セバスチャン!
もうゴミ袋の中に残っているのは、掃除棒だけだった。
私は袋の中で掃除棒を握り締め、魔力を込める。
イメージするのは、槍。
「モーフ!」
私は素早く掃除棒を取り出すと、槍型に変形させた掃除棒を、ゴッフルに向けて一気に伸ばした。
ゴッフルは避けようとしたが、舞い散る藁に気を取られ、一瞬反応が遅れた。
掃除棒はゴッフルの肩に突き刺さり、そのまま後ろの木に深々とのめり込んだ。
刺さった瞬間、ぞわりとした感覚が走り、魔力が吸い取られていく。
やばい。ゴッフルに私の魔力が流れていってる。
このままじゃ、魔力切れを起こす。
ゴッフルは掃除棒で木に串刺しにされても、まるで痛みなど感じていないかのように、手足をばたつかせて暴れ回り、力ずくで抜け出そうともがいていた。
掃除棒を支える私の手に、激しい振動が伝わり持っているのは限界だ。
どうしよう。
このまま掃除棒を手放して逃げる?
私だけなら逃げられるかもしれない。
でも、リヒトのところまで戻るまでに追いつかれたら、今度こそ助からない。
どうしよう、どうしよう!
そうこうしているうちに、木がミシミシと音を立て始めた。
もう倒れる寸前だ。
ここは、とにかく撤退……!
そう思った瞬間、木が倒れた。
支えを失った掃除棒が、私の手から吹き飛ぶ。
その衝撃でそらちゃんから落ちた私は、地面に叩きつけられ、手を離れた掃除棒は元の大きさに戻ってしまった。
そして、ゴッフルがゆっくりと私に迫ってきた。
もうだめだ。
でも、諦めたくない!神様!
そう思った瞬間、突然ゴッフルが頭を振り、地面を転げ回って苦しみ始めた。
……え?
ぽかんと見ていると、ゴッフルの体のあちこちから、何かがにょきにょきと生えてきた。
よく見ると、クラウド草に似ている。
セバスチャンの頭についていた種が、傷口からゴッフルの体内に入り込んだのだろう。
ただし、畑に生えているものとは、どこか形が違っていた。
そうこうしているうちに、草の間から茎が伸び、花が咲いた。
やがて花がしおれると、その根元が少しずつ膨らみ始めた。
小さな実ができ、みるみるうちに大きくなっていく。
そして、金色に輝く実が、ポタリと地面に落ちた。
「きれい……」
地面に落ちた黄金色の実を取ろうと、手を伸ばした。
そのとき。
かさかさっ。
草むらが揺れたかと思うと、黒い影がサッと飛び出した。
現れたのは、リスに似た魔獣アイヒだ。
小さな体を揺らしながら、黄金の実めがけて一直線に駆け寄ってくる。
しかも、一匹だけじゃなかった。
あとからあとから、数十匹ものアイヒが押し寄せてきた。
そして、ゴッフルから落ちた黄金の実を、次々と奪っていく。
やだ、これ、絶対に高価な実だよ!
こんな弱っちい魔獣ごときに、奪われてなるものか!
私は慌てて箒に飛び乗り、アイヒたちを追いかけた。
けれど、アイヒはすばしっこくて、なかなか捕まえられない。
そうこうしているうちに、目の前に崖が迫ってきた。
やった、追い詰めた!
……と思ったら、アイヒたちは器用に崖を下り、岩の隙間へと一匹残らず入り込んでしまった。
どうやら、そこが彼らの巣らしい。
あーあ。
一個も取れなかった。残念。
崖の上で地団駄を踏んでも、もうどうしようもない。
それでも、なんとかならないかと手鏡で崖を照らしてみると……。
岩の隙間から、虹色に輝く花が咲いているのが見えた。
「あ、もしかしてアネルの花?」
手を伸ばしても届かない。
どうしよう。
……そうだ! こんなときこそ掃除棒!
って、置きっぱなしだった。
うーん。
できるかどうかわからないけど、物は試しだ。
私はゴミ袋に手を入れ、魔力を込めながら掃除棒を思い浮かべた。
「ルング!」
呪文を唱えると、手に掃除棒の感触が伝わってきた。
取り出してみると、いつものきれいな掃除棒が現れた。
さすが掃除の魔術具。ちゃんときれいになってる。
……って、今はそんなことを感心している場合じゃない。
私は、先端に丸まった刃がついた鎌をイメージし、掃除棒に魔力を込めた。
「モーフ!」
掃除棒の先端が、鎌へと変形する。
私は棒の先にゴミ袋を結びつけ、慎重に花のそばまで伸ばした。
そして、鎌の刃で花を刈り取る。
ポトリ。
落ちた花は、見事にゴミ袋の中へ。
よし、無事採取成功!
「あーあ。黄金の実は取れなかったけど、アネルの花は採れたから、まあいいか。
……って、リヒトは大丈夫かな? 急いで戻らなきゃ!」
私はそらちゃんに乗り、元来た道を引き返した。
途中、息絶えたゴッフルのそばを通りかかる。
……黄金の実、残ってたりしないかな。
手鏡で照らすと、キラッと何かが光った。
恐る恐る近づくと、今にも千切れそうな魔獣の手に、黄金の実がしっかりと握られていた。
「やった! 最後の一個、見つけた! ゴッフルも役に立つじゃん……」
私は実を取ろうとそらちゃんから降り、ゴッフルの側にしゃがみ込んだ。
その瞬間。
「あぶねー!」
「きゃー!」
誰かに突き飛ばされた。
同時に、あたり一面に血の匂いが立ち込めた。
ゴッフルが、リヒトに噛みついていた。
「このっ! リヒトから離れなさいよ!」
私は夢中で掃除棒に魔力を流し込み、ゴッフルに殴りかかった。
気がつくと、ゴッフルは全身ボロボロになっていた。
黄金の実を握った腕も、とうとう千切れ、地面にぼとりと落ちた。
もうピクリとも動かない。かすかに息はしているけど、これなら放っておいても大丈夫だろう。
ああ、油断した!
黄金の実でおびき寄せるとは、なんて知恵の回る、いやらしい魔獣なんだろう。
「って、リヒト! 大丈夫?」
リヒトを見ると、背中からドクドクと血が流れ顔は真っ青で、体が痙攣していた。
「あ……アネルの花……」
リヒトはうなされながらも、かすれた声でつぶやいた。
急いで帰って治療しななきゃ!
「リヒト、しっかりして。アネルの花はちゃんと手に入れたよ。
お姉ちゃん助けるんでしょ。」
私はリヒトを励ましながら、ゴッフルの腕ごと黄金の実を拾い上げゴミ袋へと入れた。
そして、リヒトをそらちゃんに乗せると、村へと急いで向かった。
……その頃。
ゴッフルの巣がある洞窟の奥では、二つの光がぼんやりと光っていた。




