第十五章 ぼっちゃまに負けないくらいの嫌われ者?
ななな、なに!?
慌てて飛び起き、扉に体を押しつけて押さえる。
って、さっきの子供の悲鳴?
それとも、子供みたいな鳴き声を発する魔獣?
やだ、どうしよう。ボロ小屋でも、鍵くらいつけておけばよかった。
私は恐る恐る、隙間だらけの板壁から外をのぞいた。
今夜は月もなく、あたりは真っ暗だ。
そんな中、畑のそばに、ぼんやりとランタンの明かりが見えた。
人間だ。野菜どろぼう?
こんなとき、か弱い女性が一人きりというのは心細い。
……あ、私には頼りになる相棒がいるじゃん!
今日は日中、お屋敷の掃除でセバスチャンを使っていた。
(もちろん、ただの箒としてね)
そのため、夜は自動運転モードにして、畑で働かせていたのだ。
「セバスチャン、戻ってきて!」
私は壁越しに叫んだ。
すると今度は、少女の悲鳴がはっきりと聞こえてきた。
「助けて、兄さん! 化け物に食べられる! 悪いことをしようとした罰よー!」
バキバキッ!
木がへし折れるような音が響いた。
畑の脇に置いていたボロボロの机が、ついにその役割を終えたようだ。
「俺ら、悪いことなんてしてねえよ。姉ちゃんを助けるためだ。神様だって許してくれるさ。こんな化け物なんかに負けるもんか!」
少年の叫び声が響いた。
その直後――
ドカーン!!
少年の悲鳴が上がり、何かが勢いよく吹き飛ばされる音が響く。
それと同時に、何かが私のに触れた気がして、全身に鳥肌がたった。
やだ、セバスチャン! 無事なの!?
「ティンダ!」
杖に炎を灯し、私は大急ぎで畑へ向かった。
そこには、バラバラになった木の板の上で、腰を抜かして呆然としている少女と、セバスチャンに吹き飛ばされたらしい少年が倒れていた。
少年は目を回している。
そして、その足元には、根こそぎ引き抜かれたクラウト草が、無残に散らばっていた。
……ああ、なんてことを。
せっかく育てたのに!
ザックザック、パシャパシャ。
何事もなかったかのように、セバスチャンが背中に取りつけた鍬で土を掘り返しながら、空いた手(?)でせっせと水を撒きながら私の元にやってきた。
よかった! セバスチャンには傷一つなかった。
ただ、少年に追突したせいか顔の向きが前後逆になっている。
さらに、顔の付け根が緩んだせいか、作業の振動に合わせて、後ろ向きの顔がぐらん、ぐらんと揺れていた。
揺れるセバスチャンの顔ぼんやり見ていた少女は――。
パタリ。
兄に続き、少女もその場に倒れたのだった。
……もしかして、この少女もぼっちゃまにいじめられていたのかな?
そっくりな顔を見ただけで気絶するなんて……。かわいそうに。
目の前に倒れている二人を見て、どうしたものかと考えていると、遠くでランタンの明かりが揺れるのが見えた。
やってきたのは、フリッツとカールだった。
カールは私の足元に倒れている二人を見るなり、彼らを私からかばうように前に立ちふさがった。
「頼む、どうか二人を許してやってくれ! やるなら、俺を八つ裂きにしてくれ!」
……え?
こんな可憐な私に、子供を八つ裂きにする趣味はない。
どうしてカールがそんなことを考えるのか、謎だ。
もちろん、悪い子には鉄拳制裁――お尻ぺんぺんの刑くらいはするけど。
とにかく、今夜はもう遅い。子供たちも寝てるし(気絶してるとも言う)
フリッツとカールに二人を背負わせ、家まで連れ帰ってもらうことにした。
フリッツ兄弟は、顔が前後逆になり、頭が今にももげそうなほどぶらぶら揺れてても、健気に畑仕事を続けているセバスチャンを、ちらちら見ながら帰って行った。
「あれを暗闇でいきなり見せられてみろ。俺だって腰を抜かすぞ。こいつら、もう二度とここには近づかないだろう」
「兄さん俺、しばらく悪夢でうなされそうだよ……」
そんな謎のつぶやきを残し、二人は少年と少女と共に帰って行った。
……セバスチャンって、農作業だけでなく、畑を守る力もあるのね。
農作業の仕事がない時には、ガードマンとして私を守ってもらうわ。
セバスチャンが、ますます愛おしくなった夜だった。
* * *
その夜、私は久しぶりに夢を見た。
いつものように、男性が女性に物語を読み聞かせる夢ではない。
私は、一人の少年を脇に抱え、必死に走っていた。
少年は、体にまるで合っていない、ぶかぶかの豪華な衣装をまとっていた。袖は手をすっぽりと覆い、裾は足先よりも長く垂れ下がっている。
衣装が床を擦り、汚れていくのも構わず、私は少年を脇に抱え、数々の美術品で飾られた城の回廊を必死に走った。
息も絶え絶えになりながら、ようやく目的地にたどり着いた。
バルコニーへと続く扉だ。
私は扉を開け、叫んだ。
「シュヴァルツァー!」
頭につけたサークレットに魔力が吸い込まれ、目の前に黒竜が現れた。
「彼を故郷の城に連れて行って!」
私は脇に抱えていた少年を黒竜の背に乗せた。
「主は行かないのか?」
黒竜が戸惑ったように問いかける。
けれど、私の意思は変わらなかった。
「私は残って、責務を果たします」
黒竜が今度こそ勢いよく飛び立つ。その姿を見届けると、私は右手にある少年の命の石を強く握りしめ、元いた場所に引き返す為、回廊を再びひた走った。
* * *
朝、目を覚ますと、なぜか頬が涙で濡れていた。
申し訳なさ、愛おしさ、責任への重圧……。
さまざまな感情が入り混じり、胸が苦しくなる。
とにかく落ち着こうと、水を飲んで深呼吸した。
ただの夢じゃん。
どうしたんだろう、私。
夢の中の少年は、透き通るような白い肌に、すっと通った鼻筋を持つ美少年だった。髪は透明に近い白髪で、閉じた瞼には長いまつ毛が影を落としている。まるで精巧な人形のように、整った顔立ちをしていた。
一方、バルコニーへ続く扉に映った自分の姿は、見るも無残だった。
いつもは側仕えの手で一本の乱れもなく整えられている艶のある黒髪は乱れ、首を飾る豪華なネックレスは今にも外れそうになっている。最高級の布ををふんだんに仕様した衣装もよれ、金糸の刺繍や華やかな飾りはあちこちでほつれ、取れかけていた。
そこにいたのは、威厳も気品もかなぐり捨て、少年を救い、自らの責務を果たそうと必死にもがく一人の若い女性だった。
夢のことが頭から離れず、小屋の前の椅子に座ってぼんやりと森を眺めていると……。
森の中へ、小さな子供らしき人影がひとつ入っていくのが見えた。




