第十四章 私の愛しのセバスチャン
ぼっちゃまが王都へ出発してから、かれこれ二か月が経とうとしていた。
私の祈りが神に通じたのか、なんと未だ戻ってきていないのだ。
何でも、ぼっちゃまの教育不足が当主様に露呈し、母親のヨナサーラ様やソルトロイドさんもろとも、厳しく指導を受けているという話だ。
……性格のほうも指導してもらえているのかしら。
でもついに来週、帰ってくることになったのだ。
ぼっちゃまが不在だった二か月間、私はそれはそれは頑張った。
何をって?
それはもちろん、畑仕事!!
生きていくうえで欠かせない食べ物。
それが、多少の手間をかけるだけでタダで手に入る可能性があるんだよ。
最初に畑の場所を見たときは夜で暗かったから、よくわからなかった。
明るくなって確認したら、なんと、平均的な日本の戸建て住宅が三軒くらい建つほどの広さがあった。
数年程度、放置されていたせいか、畑と森の境目すらわからなくなっていたけれど、フリッツとカール兄弟に手伝ってもらい、なんとか作物を植えられる状態にまで整えることができた。
「おい、セラフィーナ。ここは森に近くて暗く場所が悪い。せっかく作物を育てても、魔獣や魔虫に食われるのがおちだぞ。一応、苗なんかは今回タダでくれてやるけど、次からは金を取るからな」
妹のコリンナを助けたお礼にと、太っ腹にも苗やら何やらをタダで譲ってもらえたのだ。
「それにしても、あんた、本当に農作業なんてできるのか? これだけ広い畑を女一人で維持するのは、平民でも大変だぞ。たまには有料で手伝ってやってもいいがな」
有料で、とは言いつつも、どうやら心配してくれているらしい。
でも、私には頼もしい味方がいるのだ。
「ほほほ、大丈夫ですわ。なんてったって、私は貴族ですもの」
そうなのだ。
私には魔力と魔術具という武器がある!
心配する兄弟に向かって、私は高らかに叫んだ。
「いでよ、セバスチャン!」
我が愛しの箒と掃除棒の魔術具を召喚したのだ。
* * *
この偉大なる発明が爆誕したのは、病から回復した数日後のこと。
体調を崩して寝込んでいた私も、ようやく動けるようになった。そこで、コリンナさんには帰ってもらった。さすがに、いつまでもつきっきりで世話になるわけにはいかない。
というわけで、リハビリも兼ねて、自分の身の回りのことは自分ですることにした。
ところが、少し動いただけで、「ぜーはー」した。
体力がすっかり落ちてしまっていた。
ヘルゲさんからは、体内に残った「反発する魔力」を追い出すためにも、できるだけ魔力を使うようにと言われている。
そこで最初に試したのが、私が唯一使える、杖から火を出す魔法だった。
「ティンダ!」
バチバチッ。
火は多少出るものの、魔力を消費し続けようと頑張っても、炎を出し続けることができない。
……うん。これはダメだ。
ということで、今度は手持ちの箒の魔術具に、とにかく魔力を込めてみることにした。
でもさ、掃除といっても、このせまーい部屋なら秒で終わる。
これじゃあ、「反発する魔力」を出し切るには時間がかかりすぎる。
そこで、ふと思い出したのだ。
昔の名作アニメで、ネズミが箒に魔法をかけて、水を運ばせていたシーンを。
箒にだって、腕があれば水くらい運べるはず!
某アニメの光景を思い浮かべながら、えいやーっとばかりに箒の魔術具を握り魔力を思いっきり込めて、呪文を唱えた。
「スイーピア!」
すると、箒から枝がにょきにょきと生えてきた。
おおっ! 腕みたい!
さっそく、井戸から水をくんで運ぶよう命令した。
ひゃっほー! 魔法万歳!
……と、喜んでいたのも束の間。
なぜか箒は、くんできた水を私の頭からぶっかけた。
なんで!?
ふと自分の髪に触れてみる。
……そういえば、ここ数日、お風呂に入っていなかった。
髪はべたべたで、汚れもひどい。
なるほど。
さすが掃除道具。汚れは許さないってことなのね。
・・・それはともかく、ただ水を井戸から運ばせるだけじゃ、そこまで魔力って使えないじゃない?
そこで、掃除棒を先端が三つに分かれた鍬の形に変形させ、箒の背に括りつけた。
そして、鍬の先を地面に突き刺し、そのまま歩くように命令してみた。
すると……。
なんということでしょう!
箒が土に刺さった鍬を引っ張り、耕すことができたのだ。
さらに、箒の両腕には、ゴミ置き場から拾ってきた穴の開いた桶を持たせ、水を入れて運ばせる。
ジャジャーン!
全自動耕し・水まき機の爆誕だ!
私って天才?
ところで私が、掃除の魔術具をここまで自由自在に操れるのは、魔術具自体が私の命の石に完全に染まりきっているかららしい。
通常、命の石にが完全に染まるほど魔力が込められた魔術具といえば、騎士団長クラスが長年魔力を注ぎ続けた魔剣や、宮廷魔術師団長クラスが使う、身の丈ほどもある長杖などだそうだ。
それなのに、私の場合はなぜか掃除の魔術具がそうなった。
……なぜ?
そこで、ふと疑問が浮かんだ。
掃除の魔術具は私の命の石に染まったのに、結婚相手の命の石は染められないの?
そんなツッコミがどこかから飛んできそうな気もするけれど、そこは気にしないことにした。
でもさ、箒が畑を耕して水をまいているだけでは、某アニメの名シーンをイメージした身としては絵面が寂しい。
そこで、以前、憂さ晴らしに作ったものを引っ張り出してきた。
ぼっちゃまの顔を描き、藁を詰めた布だ。それを箒の先にくくりつけ、動かしてみた。
……うん。ぼっちゃまそのものじゃん。
こうして畑で働かせれば、これまでの悪行を少しは償ってもらえるってもんだ。
ふふふ。せいぜい、私のために汗水流して働くがいいわ!
黙々と黙って私の為に働く姿を見ると、なんだか愛着が湧いてきた。
そうして、私はこの愛しの魔術具に名前をつけた。
その名も――セバスチャン!
なぜ「セバスチャン」なのかって?
もちろん、ぼっちゃまの名前、セバスシェルドからもらったのだ。
* * *
セバスチャンを見た二人は、口をぽかんと開けたまま、しばらく動かなかった。
「……なぜ、かかしが動く?」
フリッツがぼそりとつぶやいた。
「夜見たら、俺、うなされそうだ……」
カールに至っては、すっかり化け物扱いである。
「名前はセバスチャンか……」
フリッツがそうつぶやいたあと、顔をひきつらせて言った。
「おまえ、本当に命知らずだな。一応、言っとくが、俺らは何の関係もないからな」
そう言い残すと、二人はそそくさと帰っていった。
* * *
畑に苗を植えてから数週間。
立派な野菜ができた。
大豊作だった。
その出来栄えには、フリッツ兄弟も驚きを隠せなかった。
「俺らの畑より育つのが早いし、みずみずしさも段違いだ。こんなに立派な野菜を見たのは、世界的な魔力不足問題が起きる前以来だな……」
なぜか二人は、悔しそうな顔をしていた。
「ほーほっほ! 私の実力を見ました? 貴族ですから、これぐらいできて当然ですわ!」
頭には日よけを兼ねたボロ布を頭に巻き、身にまとっているのはフリッツから格安で譲ってもらった、つぎはぎだらけの服。
そんな格好にもかかわらず、私は胸を張って二人に自慢した。
……見た目はどう考えても、貴族令嬢というより貧乏農民なんだけどね。
そんな私に、カールがおずおずと尋ねた。
「セラフィーナ、よければ野菜を少し分けてくれないか。もちろん、謝礼はする」
もちろん、一人ではこんなに食べきれない。大歓迎だ。
「それじゃあ……追加の野菜の苗と小麦粉、それに干し肉。あとは、オーブンを作るのを手伝ってほしいわ」
かなり欲張ったつもりの私の提案に、カールは目を丸くした。
「へっ、そんなんでいいのか?」
どうやら、思っていたより要求が少なかったらしい。
「ちっ」
フリッツが舌打ちする音がした。
どうやら、私の畑で採れた野菜は、かなり出来がいいらしい。
町に持っていけば、かなりの高値で売れるとのこと。
ほほーう。
もしかしてフリッツ、私から安く買い叩こうとしていた?
まあ、とにかく、今は自分が食べる分と、オーブンさえできれば満足だ。
販売については、今後の課題にするつもりである。
そんなことを考えていると、フリッツが畑の隅を見て、息をのんだ。
「おい、あの隅に生えてる草って、もしかしてクラウト草か?」
フリッツは畑の端を指さしたまま、固まっている。
そうなのだ。
畑の隅で枯れかけていた薬草が、なぜか復活して元気になったのだ。
「ふふーん。私の実力です」
本当は、水やり以外、特に何もしていない。
でも、とにかく威張っておいた。
「おい、今どき、あんなに状態のいいクラウト草なら、お貴族様に一束、小金貨一枚以上で売れるぞ」
フリッツの目の色が変わった。
「えっ、そんなにするの……?」
実はクラウト草は、先日、私の命を救ってくれたヘルゲじいさんに、全部あげると約束している。
ちょっと、大盤振る舞いしすぎた???
でも、今後、魔力による癒しが使えないと判明した私にとって、ヘルゲじいさんの薬草の知識は命綱だ。
今回はすべて譲るということで、フリッツには諦めてもらった。
それでも、目の前にある金のなる草から、フリッツの目は離れない。
そんなこんなで、カールはいくつかの作物を収穫し、大事そうに抱えて帰っていった。
なんでも、婚約者に食べさせるのだという。
フリッツが嘆いていたのだが、カールの婚約者は両親を亡くし、本人も病弱で寝込みがちなのだそうだ。
そのうえ、幼い弟妹の面倒まで見ているらしい。
そんな相手との交際に、フリッツを含め、両親も大反対したという。
それでもカールは、こう言って説得したそうだ。
「もし、コリンナや兄さんの妻が同じ状況になったら、見捨てて別の相手をさがすのか?」
その言葉が決め手となり、ようやく婚約を認めてもらえたのだとか。
「ううううう……」
思わず、鼻水までたらし、号泣してしまった。
「うひょー、気持ちわりい顔だな……」
フリッツの失礼なつぶやきが聞こえた気がする。
まあ、今さらだ。
私は、おいしそうな野菜を見繕い、森で採った新鮮な木の実も添えて、フリッツに渡した。
「これも、その婚約者に食べさせてあげてよ」
カールって、弱虫なだけじゃなかったんだね。
好きな女性には、とことん尽くすタイプなのか。
見直したよ!
「お、おう。ありがとうな。……って、あんた、本当にお貴族様らしくないな。俺ら平民のことまで気にかけてくれるなんて……」
まあね。
私が貴族令嬢だっていったって、下手すればスリッパより軽い命だったわけだからさ。
それに、転生前は母親の世話をしていたから、大切な人の面倒を見る気持ちはわかるのよ。
なんだか、心がほっこり温かくなった。
とにかく、来週帰ってくるぼっちゃまのことは、頭の片隅に追いやっておこう。
「じゃあ、またね」
フリッツと別れた私は、転生して以来、最高にいい気分で小屋へ戻っていった。
その日の夜は、新鮮な採れたて野菜と干し肉入りのスープをたらふく食べ、大満足で眠りについた。
そういえば、一度ノイズが入って以来、あの男女の夢をぱったり見なくなった。
あれは、私の魔力の状態と関係があるのだろうか……。
よくわからないけれど、いつかまた、あの男性が女性にやさしく語りかける話を聞いてみたい。
そんなことを考えながら、うとうとしていると――。
ミシッ……ミシミシミシッ!
畑のほうから、今にも壊れそうな机が悲鳴を上げるような音が聞こえてきた。
続けて、少年と少女のものらしい悲鳴が聞こえてきた。




