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私、諦めるのやめました ~崖っぷち下級貴族令嬢の生存戦略~  作者: 久保 まり子
第一部 婚約破棄された田舎下級貴族令嬢

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第一三章 私の人生、魔法世界でも前途多難です

げほっ、げほっ。


胃の中のものをすべて吐き出しても、吐き気は治まらない。気持ち悪さも一向に解消しなかった。


顔は燃えるように熱いのに、体は寒くてたまらない。


体中の震えも止まらない。


やだ、どうしちゃったんだろう、私。体が壊れた?


「兄さん、助けて! セラフィーナさんの様子がおかしい!」


コリンナの叫び声を聞いて、兄さんと呼ばれた二人の男性が駆けつけてきた。


「これは……病気じゃない。魔力暴走だ。俺たちじゃ対処できねえ。カール、急いでヘルゲじいさんを呼んできてくれ!」


「兄さん、血まで吐いてる!」


「コリンナ、とにかく吐いたものが喉に詰まらないように、上半身を少し起こしておくんだ!」


やだ、苦しすぎて何も考えられない。


そう思ったのを最後に、私は意識を手放した。


***


ううう……。


体中がのたうち回りたくなるほど痛い。


まるで、体の中に無数の針が入り込み、内側から刺しているような感覚だった。


「うぅ……」


声を出そうとしても、意味のある言葉にならない。


「目が覚めたか。ほれ、これを飲みなさい。少しは痛みが和らぐはずじゃ」


目の前に、赤茶けた液体の入ったお椀が差し出された。


なんだか不気味な匂いがするし、口もうまく動かせない。こんな状態で、ちゃんと飲めるんだろうか。


戸惑う私を見て、老人はそっと背中に腕を差し入れ、上半身を起こしてくれた。それから、私の口元にスプーンを運び、少しずつ薬を流し込んでくれる。


うまく飲み込めず、口の端からこぼれてしまう。それでも老人は急かすことなく、私が飲み込むのを待ってから、次の一匙を口元に運んでくれた。


味も匂いも最悪だ。口もうまく動かないから、飲み込むのも一苦労。


それでも、なぜかふと思ったのだ。


――私が死んだら、ぼっちゃまが悲しむんじゃないだろうか。


そう思うと、不思議と根性が湧いてきた。


なんとか薬を飲み終えた頃には、うまく飲み込めなかった薬が口の端からこぼれ、服もシーツもべしょべしょになっていた。


薬を飲ませてくれた老人を、ぼんやりと見上げる。


長いひげに、ふさふさとしたウェーブのかかった髪。


……あれ? この人、サンタクロースみたい。


そんな、どうでもいいことを考えているうちに、私は再び意識を失った。


***

次に目を覚ましたときには顔もきれいに拭かれ、汚れた服も新しいものに替えられていた。


「セラフィーナさん、お願いですから飲んでください……」


耳元で、誰かが泣きながら懇願している。


「ああ……コリンナ」


私は、泣いているコリンナを気の毒に思い、彼女が差し出す匙を一口ずつ飲んだ。


最初に飲んだときよりも味がはっきりとわかる分、きつかった。


それでも、誰かを悲しませるのは嫌だ。


そう思って、無理やり薬を飲み込んだ。


目が覚めれば薬を飲まされ、また眠る。そんなことを繰り返すうちに、一日、また一日と過ぎていった。


最初は意識も朦朧としていたけれど、少しずつ薬を飲み込めるようになり、体の痛みも和らいでいった。


そうして気がつけば、あっという間に一週間が過ぎていた。


その頃には、なんとか立ち上がって歩けるまでに回復していた。


「ああ、せっかくのお休みだったのに……。コリンナ、ごめんなさいね」


私が寝込んでいる間、コリンナはずっと看病してくれていたのだ。


「私をかばったばっかりに……。ごめんなさい」


コリンナは何度も謝った。


それにしても、なんで私、あんなことになっちゃったんだろう。


知らないうちに、腐ったものでも食べていたのかしら?


それとも、ソルトロイドさんがかけてくれた癒しの魔法って、実は呪いか何かだったりする?


……いや、でも、あの人なら魔力使ってそんな面倒なことをするくらいなら、死なない程度にめった刺しにして放置するだろう。


それぐらい、彼なら朝飯前にできそうだ。


そんなことを考えていると、小屋の扉が開き、外からまぶしい光が差し込んできた。


あっ、私を助けてくれたサンタ!


……じゃなくて、ヘルゲじいさんだ。


「ヘルゲさん、ありがとうございます!」


私は、拝み倒さんばかりの勢いで感謝した。


ヘルゲじいさんは、私の首に手を当てて脈を測ったり、手足の感覚を確かめたりした。


それから私の手を握り、体内の魔力を自分に流すように指示した。


どうやら、これがこの世界の魔法使いの医師が行う一般的な問診らしい。


診察を終えたヘルゲじいさんは、今回の不調の原因を教えてくれた。


なんと、原因はソルトロイドさんがかけてくれた癒しの呪文だった。


この世界では、魔法属性が合わない者同士が魔法を使うと、まれに激しい反発が起こるらしい。ただし、同じ国で生まれ育ち、同じ属性を持つ者同士なら、まず起こらない現象なのだそうだ。


両親ともにブラント王国生まれ、ブラント王国育ちの私とソルトロイドさんの魔力が、こんなに反発するなんて、普通なら考えられないらしい。


「おぬし、先祖に他国出身の者がおらぬか?」


はて。そういえば……。


そういえば、祖母の祖母が、ブラント王家に嫁いできた他国の姫様に仕える侍女の、その


また侍女として、この国にやってきた。そして、そのままこの国に残り、うちのご先祖様


と結婚した……なんて話を聞いたことがあった。


「百年くらい前に、そんな話もあったみたいですけど……」


そう答えると、ヘルグじいさんはベッドのそばに置かれていた私の杖に手を伸ばした。


「あんた、その杖が使えるのか?」


……なんと失礼な!


私はむっとして答えた。


「小さな火しか出せませんけど、生活するには必需品です。夜道だって、少しは明るくできますから」


すると、今度はヘルグじいさんのほうが驚いた。


「小さな火? その杖で、長時間も火をともしていられるのか?」


ますます失礼なことを言う。


「あのう、この杖、これでも先祖代々伝わる家宝なんです」


……なんてね。


実はこの杖、これまで家族の誰一人として使えなかったのだ。


魔法道具は、持ち主の魔力属性との相性が大切。相性が悪ければ、魔力を流しても反応しない。


この杖は長年、家族の誰も使えなかった。


家族も使用できないのだから、他人なんてもっての外


使えない道具を買い取ってくれる人なんていないから、結局、倉庫の奥深くに長年放置されていたのだ。


それを母が探し出し、物は試しと私に使わせてみた。


すると、なんと私には使えたのである。


そのとき母が「よかった、新しく買わなくてすんで」とつぶやいたことは、聞かなかったことにしている。


そんな私の不機嫌な顔を見て、ヘルグじいさんは慌てて口を開いた。


「おぬしを馬鹿にしているのではない。むしろ、先日の症状に納得しただけじゃ」


「納得、ですか?」


「ああ。おぬしは、ブラント王国の火属性だけでなく、他国の属性も受け継いでおるはずじゃ。だからこそ、赤一色ではない魔石を持つ杖が使えたのじゃろう」


へ?初耳なんですけど!!


「それと、おまえさん、不妊なんだってな。相手の男は下級貴族だったのだろう? 他国の血を引くおまえさんとは、魔法属性が合わないはずじゃ」


なんですと!!!


ここにきて、不妊の原因が判明!


ああ、もうちょっと早く知りたかった!


私が不妊と言われたのは、先祖返りのせいだったってこと?


めでたし、めでたし……って、何も解決してないじゃん!


じゃあ、結婚して幸せな家庭を築くためには、他国に行かないといけないってこと?


「ヘルゲさん!それなら私、他国へ嫁に行きます!!」


食い気味に叫ぶ私を見て、ヘルグじいさんは慌てた。


「あせるでない! 物事はそう単純ではないのだ。そもそも、魔力属性を二つ以上持つ場合、どの属性をどれくらい受け継ぐかによって、魔力属性の性質は大きく異なる。相手も近い割合の属性を持っておらねば、命の石は染め合えんのだ……」


魔力属性のことは、ちっともわからない。


……要するに、外国に行けば誰でもいいってわけじゃないらしい。


しょぼん。


がっかりする私を慰めるように、コリンナが声をかけてくれた。


「セラフィーナさん、諦めないでください。多少不細工で、子どもができにくい体質で、淑女らしさのかけらもなくても、生きてさえいれば、いつか結婚できますよ」


……それ、慰めてるつもり?


ははは。もう笑うしかない。


「おほん。とにかく、まだ無理はせぬようにな」


ヘルゲじいさんは、困ったように頬をかき、私とコリンナに交互に目を向けると、小さく首を振って部屋を出ていこうとした。


「ああ、そうじゃ。ソルトロイドと当主様には、おまえが半属性だということを伝えておく。じゃが、自分の属性については、あまり人に公表するでないぞ」


そう言い残すと、ヘルゲじいさんは部屋を出ていった。


半属性って、結婚できないどころか、不妊よりも厄介なことなのかもしれない。


私はコリンナに目配せして、自分の属性については黙っていてもらえるよう、お願いした。


そういえば、ヘルゲじいさんが頬をかいたとき、袖口から黒い金属製の腕輪がちらりと見えた。


そこには、真っ黒な石がはめ込まれていた。


……あれ?


そういえば、ソルトロイドさんも同じような腕輪をしていた気がする。


あのときは暗くて、彼の方は石の色まではわからなかったけど……二人とも似たような腕輪をしているなんて。


……流行ってるの?

私は少し気になったものの、すぐに別のことを思い出した。


そうだ。明日には、ぼっちゃまが帰ってくる!。


癒しの魔法を頼んでくれたことには感謝している。……いるけれども・・・


また、ゴミをぶちまけられたり、くだらない罠に引っかけられたりする日々が始まるのだろう。


考えただけで、どっと疲れが押し寄せてきた。


ああ、お願いだから、もう少しだけ帰ってこないでくれないかな。

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