第十一章 下女の悲惨な一日
はぁ~、疲れた。
てか、もう立てない。
ぼすっ。
つぎはぎだらけの布は、さらにびりびりに破けている。もはやシーツとして機能しているとは言い難い。そんな布がのった藁のベッドに、私は倒れ込んだ。
あのガキめ!!
体は限界なのに、怒りで心は煮えたぎっている。
あのぼっちゃま、この前の仕返しとばかりに、くだらない嫌がらせを仕掛けてきた。
まずは、大事なペンがなくなったと言って、屋敷中を探させた。
絶対にあるわけがないだろうと思いながらも、暖炉の奥まで探す羽目になった。
そして、なぜか頭を暖炉に突っ込んで中を確認した瞬間、お尻を蹴られた。
結果、私はすすだらけ。
肝心のペンはというと……ぼっちゃまのポケットから出てきた。
最初に、ちゃんと確認したんだよ!
「ぼっちゃまのポケットにあるのではありませんか? もうお探しになりましたか?」
って。
そしたら、
「おい、下女。俺を疑うのか。恥を知れ!」
と怒鳴られ、後ろではソルトロイドさんに睨まれた。
……いや、これ、もう探すしかないじゃん。
で、ペンが見つかったら見つかったで、悪びれる様子もなく、
「おい、ポケットから見つかったから、もうよい。役立たずめ」
だってさ。
きいいいいいいいいーーーー!!
心の中で絶叫するだけにとどめた自分、偉い!
それでも、なんとか笑顔を貼り付けて、
「ぼっちゃま、見つかってよかったですね」
と言えた自分、偉い!
だって、ぼっちゃまの後ろでは、ソルトロイドさんが杖を握り、いつでも攻撃できるように構えていたんだよ……。
あの人、ただの側仕えじゃない。
あの身のこなし、相当な手練れじゃない?
逆らったら、何をされるかわかったもんじゃない。
……まあ、ペンの紛失なんて、まだかわいいものだった。
このあとも、嫌がらせは続くのだ。
なんとかペンが見つかった頃には、お昼ご飯の時間になっていた。
使用人は交代で食事をとるんだけど……なぜか、私はぼっちゃまの給仕をさせられていた。
ぼっちゃまは、それはおいしそうに肉やスープ、焼きたてのパンを食べていた。
この世界の料理は、煮込み料理が中心だ。肉でも野菜でも、沸騰したお湯に塩を入れて煮込む。調味料は高価だから、貴族といえども特別な時にしか使わない。
だからこそ、素材の味がものをいう。
台所に行ったときにちらりと食材を確認したら、新鮮で、見るからに高級そうな野菜や肉を使っていた。
この世界では、使用人は主人が食べ残した料理を食べられる。
大抵の家では使用人のために多めに料理を作るから、残り物は役職順に食べられる。最下位の使用人だって、少しくらいはおこぼれにあずかれるのだ。
だから、私も期待していた。
……なのに。
ぼっちゃまの食事が終わり、ようやく休憩に入ろうとしたところで、
「おい、下女。俺の服のボタンがない」
ときた。
今度はボタンかい!
お気に入りの服についていた、赤いボタンがなくなったらしい。
顔が引きつるのを必死にこらえ、なんとか笑顔で尋ねた。
「いつ、お気づきになられたのですか……?」
「一か月前だ。村の子供たちに剣の指導をしているときになくなっていた」
はい!?
一か月前!?
しかも、屋敷の敷地内のあちこちで、村の子供たち相手に剣の指導をしていたときですと?
……ちなみに、指導というのは、ぼっちゃまが剣を振り回し、村の子供たちを一方的に追いかけ回すことらしい。
……それって、弱い者いじめっていうんじゃないの?
「おい、とっとと探してこい。魔力を使用しないのだから、下級貴族のお前でもできるだろう」
ぼっちゃまは深紅の髪を無造作にかき上げ、自分の魔力の強さを誇示してきた。
…………。
それから夕方まで、私は広大な屋敷の敷地内を隅から隅まで探し回った。
見つかるわけないよね。
ボタンだよ?
しかも、一か月前の。
夕方、トボトボと戻っていたら、
「おい、下女。やっと戻ったか。ボタン一つ見つけられないとは、役立たずだな。もうよい。予備のボタンがあったからな」
……はい。
はじめから、そうなると思ってました。
でもさ、万が一ってこともあるから、一応探してたんだよ。
そんなこんなで、もう夕方。
お昼なんてとっくに過ぎている。お腹はペコペコだ。
……なのに、食事をとる暇もない。
ぼっちゃまの部屋の掃除が、まだ終わっていないからだ。
「せめて、俺様の夕食が終わるまでに部屋をきれいにしておけ。お前が汚したんだからな」
ぼっちゃまはそう言い残すと、夕食を食べるために食堂へ向かっていった。
誰が汚したって!?
……いや、もういい。
言い返す気力もない。
なんとかぼっちゃまの部屋を掃除し終えると、台所へ向かった。
ぼっちゃまの食べる姿を見ていたから、期待していたんだけど……。
出てきたのは、肉なんて一切入っていない、野菜の切れ端ばかりが浮かんだ緑がかったスープ。それに、カチカチに固いパン。
……ぼっちゃまが食べていたものとは、まるで別物だった。
いや、使用人用だとしても、これはないでしょ。
おまけに、食事用のテーブルに座ろうとしたら、料理人見習いのコリンナに、
「ごめんなさい。あなたの席はないの。外で食べてきて」
と、目をそらされながら言われた。
……いや、私以外、誰もテーブルについていなかったんだけど?
もう、お腹が空きすぎて、どうでもよくなった。
仕方なく外へ出て、地面に料理を置いて食べることにした。
ぬるいスープに固いパンを浸し、なんとか飲み込む。
……はぁ。
私、いったい何をしているんだろう。
ふと顔を上げると、廊下の窓の陰から、真っ赤な髪がちらりと見えた。
……ああ、もう。今日一日の事思い出して腹立たしいやら、何やらで疲れ果てていた。
このまま目をつぶって寝たい。
けど……お腹が空きすぎて寝られない。
とにかく飯だ。
明日もきっとまた、腹立たしい無理難題を言われるはず。
とにかく、腹が足っては戦はできぬってことで、
「えいやー!」
と立ち上がると、私は飛獣小屋へ向かった。
先日、ゴミ捨て場のそばで掘ったイモを鍋に入れ、干し肉とともに煮込む。
杖を手に、
「おいしくなーれ!」
と魔力を込めて作ったら、屋敷で食べたスープの百倍おいしかった。
ぺろりと平らげ、お腹も満足した。
もう寝たい。
けど、暖炉に頭から突っ込んだせいで、頭がかゆくて仕方ない。
飛獣を洗うためのホースがついた魔術具に、魔力を込めてみた。
「やった!」
思わず歓声が出た。
お湯が出る!
基本的に、魔術具は作成者の血縁者でないと使用できない。
一部、気の利く?主人が作った魔術具なら、使用人でも使えるのだ。誰でも使える魔術具を作るのは難しいから、そうそう作れる人はいないと聞いている。
さすが名家。
きっと、使用人思いの素晴らしい主人がいたんだろう。
あのぼっちゃまに、先祖の爪の垢でも煎じて飲ませたいよ。
そんなことを考えているうちに、お湯がたらいにたまった。
屋敷で支給された使用人服をぽぽーーんと脱ぎ去り、ざぶーーんとお湯に浸かる。
「ふんふんふーん」
思わず鼻歌が出る。
大きめのたらいといっても深さはない。縁ギリギリまでお湯を入れても、座ったら私の腰くらいまでしか水位がないのだ。
ホースから水を出し、頭からかぶる。
シャワーとまではいかないけど、かなりすっきりした。
お湯に浸かるのって、この前、川でおぼれたとき以来だな……。
次にお風呂に入るときは桶で、場所は飛獣小屋。
そう言われても、あのときの私は信じなかっただろう。
ホースの水を頭からかぶっているうちに、なぜか涙が出てきた。
今日のぼっちゃまの子供っぽいいじめは、腹立たしくはあったけど、泣くほどじゃない。
一番こたえたのは、誰一人、私と目線すら合わせず、話そうともしなかったことだ。
完全に避けられている。
ぼっちゃまの逆鱗に触れるのが怖いんだろう。
暴君そのものだから。
あんなわがまま放題の子供に権力を持たせるもんじゃないよ!
ソルトロイドさんも、母親も無責任。このままじゃ、ろくな大人にならないよ。
でも、悔しいかな。魔力だけはあるんだな、あのぼっちゃま。
魔力さえあれば、大抵のことは許される。
それが、この世界の常識だ。
ちぇ、理不尽な世界に転生しちゃった。
しかも、私は低魔力だなんて。
転生者ってさ、普通チート能力持ちじゃない?
もしくは王様に召喚されて、勇者として好待遇で迎え入れられるとか。
ん?、あれは、理想ってこと?
現実は、私みたいなのが普通なの?
リアル転生者から話を聞いたことがないから、わかんないけど。
「くしょん!」
やばい、湯冷めした。
どうにもならないことを考えているうちに、すっかりお湯が冷めてしまった。
私は急いでたらいから上がり、ちくちくする藁のベッドで泥のように眠った。
今夜もまた、夢を見た。
綺麗な花が咲く庭……。
どこかの邸宅の庭だろう。
ベンチには、男性と七歳くらいの少女が腰かけていた。二人とも顔がぼやけていて、誰だかわからない。
男性は本を片手に、少女に読み聞かせをしていた。その腕には、私が身につけているものと同じ布の腕輪があった。
少女が男性を見上げ、楽しそうに話す。
「ヘンネ鳥のメスって、そうやって捕まえるのね。覚えたの間違ってないか聞いてね。
まず、キケルの実をつぶして乾燥させたものと、ミネンの葉を乾燥させたやつを混ぜて少量の水で練る。次に、地面を横長に掘って、さっき作った餌を置く。穴に匂いが広がっているうちは、ヘンネ鳥はそこで寝ちゃうってわけね」
少女は説明を終えると、合っているか確かめるように男性を見つめた。
「〇〇は優秀だね。さすが、私の将来の妻だ」
……え、やだ。この男、幼女趣味。
現代なら通報事案だよ。
「え、まだおじさんと結婚するとは決めてないよ。もっと面白いお話をしてくれたら考えるけど……」
少女は軽くかわしていた。
「お、望むところだ。おじさんはやめてくれ。レオって呼んでくれよ」
男性はそう言うと、少女に向かって再びページをめくり、本を読み始めた。
次の話は、好きな女性の命を救うため、崖に咲く花を取りに行く男の話だった。
月がオレンジ色になるファルベンの時期に、最も効力が強くなるアネルの花。
その花を採るのが困難なのは、崖に生えているからだけではない。
その花は、ゴッフルの縄張りの側にしか咲かないのだ。
花を取りに行き、ゴッフルの餌食になる話は後を絶たない。
「ゴッフルと戦うなんて。平民には無理だね」
少女ががっかりしたような口調で話す。
「いや、物語の男性は、愛しい女性のために無事花を持ち帰れたんだよ」
「え、どうやって!」
「それはね……」
声が遠くなっていく。
男性の声が、ぼんやりと遠くから聞こえた。
「ベルグの実の周りにあるトゲに、魔虫のゼクトの体液を染み込ませたものをまくんだ。そうすると、ゴッフルは近づけないんだ。だけど、それだけじゃ十分じゃない。それと……」
気がついたときには、朝になっていた。
話の続き、聞こえた気はするけど、よく思い出せない。
とにかく、今は急いで屋敷に向かわなきゃ!
私は着替えて、屋敷へ向かって走った。




