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第一章5 『国の代表者』

 ――魔法とは、世界の(ことわり)を書き換える理外の技である。


 ある時誰かがそう言った。確かにそうかもしれない。魔法は世界の法則に縛られず、同時に世界の法則を変えてしまう。それ故に、魔法を扱う通称『魔法士』たちは、時に『超越者』と呼ばれることもある。


 だが、魔法にも原則(ルール)は存在する。

 人間の身体の内には、生まれつき魔力回路というものが備わっている。そこに魔力を流し、体外に展開した魔法陣に送り込むことで魔法は発動する。

 口で言うのは容易い。しかし、実行するには大きな困難が立ちはだかる。その理由の大半を占めているのが、魔法陣の構築である。


 魔法陣には、扱う魔法ごとに原則(ルール)に則った文字式が刻まれている。それを魔法士は解析し、自身で構築することで魔法陣を展開できるのだが、そこには一つ問題が生じる。

 魔法陣の構築にかかる時間だ。生産職の魔法士なら大して問題にならないが、戦闘職の魔法士は違う。魔法陣の構築は非常に集中力を要する作業である。故に、ほとんどの魔法士はどうしても身体の動きが鈍鈍る。魔法陣の構築に手間取っている間、彼らは絶好の的に成り下がってしまう。魔法陣を構築するまでの速さは、戦場では魔法士にとって死活問題なのだ。


 その問題を解決するために編み出されたのが『詠唱』である。詠唱をすることで、魔法陣の構築に必要な文字式の処理の量を劇的に抑えることができ、魔法を発動するまでの時間を大幅に短縮することができるようになった。詠唱の技術が確立されてから、魔法士の界隈では詠唱が常用されるようになった。

 そのため、「戦場で無口の魔法士を見かけたら、尻尾を巻いて逃げろ」といった言葉が生まれる程、詠唱は魔法士にとって欠かせないものとなった。


 「とは言っても、詠唱が必要ない程熟練の魔法士なんて中々見かけないけどね」


 アカリたちは、車に乗って移動の最中だった。なんでも、消しゴム兵は既に政府に話を通しているらしく、政府の手配した車がアカリたちを迎えに来たのだ。黒塗りの高級車で、だ。おまけに、警備の車までついている。こういったことに縁の無かったアカリは、今日何度目か分からない度肝を抜かれることとなった。


 「でも、消しゴム兵は詠唱してなかったわよね。魔法の名前を呟いただけで、しかも一瞬だったわね」


 アカリは、その時の場面を回想する。

 消しゴム兵は、損壊した場所まで行くと、ただ一言、


 「修復(リペア)


 と、輝く赤色の魔法陣が展開されるのと同時に呟き、瞬く間に損壊した箇所が元通りになったのだ。


 「あれはさすがに驚いたわよ。いきなり魔法陣が出てきて全部元通りになっちゃうんだもの。」


 「僕は慣れてるからね。あれぐらいの魔法なら大して負担にもならないよ」


 大したことないというように、消しゴム兵は手をひらひらと振る。

 さっきまでの話を聞くに大したことをしているように思えるが、本当に気にも留めてない――ように見える。


 「そうなのね。魔法って呪文とか呟くものだと思ってたのだけれど、あなたは詠唱しないのよね?」


 「基本はそうだね。とは言っても、僕だって状況によっては――」


 「――消しゴム兵様。間もなく目的地に到着いたします。総理も既にお見えになっているとのことです」


 消しゴム兵に対してそう言葉をかけるのは、運転手の渡辺利通さんだ。人のよさそうな笑みを浮かべながらも、服装には一切の乱れが無い中年の男性だ。


 「……あぁ、ありがとう」


 会話を遮られ、消しゴム兵は少し不満そうながらも、受け答えをする。


 「……ところで、渡辺さん。どこに向かっているのでしょうか?」


 「アカリさん、私にそんなかしこまらなくても結構ですよ。今はですね、国会議事堂に向かっています」


 「え、なんでそんなところに?」


 「――――」


 そこで初めて、消しゴム兵が気まずそうな顔をした――ように見えた。疑問符を頭上に浮かべるアカリに、渡辺さんは説明を入れてくれる。

 どうやら、首都圏の上空に突然現れた船はしばらく辺りをさまよい続け、最終的に国会議事堂の広場に降り立ったらしい。すぐに武装した陸上自衛隊が取り囲むも、消しゴム兵側が話し合いをする姿勢を見せたことで、ひとまず事なきを得たらしい。


 「首都圏に降り立つなんて、よくそんな思い切ったことしたわね……」


 「これが一番手っ取り早いと思っただけだよ。……それよりも、本当に良かったのか?

わざわざ一緒に来てくれるなんて。親御さんは心配していないのか?」


 消しゴム兵は、アカリの顔を覗き込みながら心配してくれる。


 「……両親は、もう生きていないわ。事故で亡くなっちゃったの」


 「……そうか、それは辛いことを聞いてしまったな。すまない」


 「いいのよ。同行するのは、命を助けてくれたお礼と思ってくれれば良いわ。……それに」


 「……それに?」


 「……せっかくできた友達とすぐにお別れなんて嫌だもの……」


 車で移動中、ずっと肩に寄りかかってぐっすり寝ているフィーアを見ながら、アカリは呟く。頬をほんのりと赤く染める彼女の目には、何か執着に似たものを感じる。


 「そ、そうか……」


 ずっと友達どころか家族もいなかった反動が爆発しているアカリに、消しゴム兵は少し……ほんの少しだけたじろいてしまった。彼女の激重感情(好意)をフィーアが受け止めきれるか、思わず心配になってしまう。

 消しゴム兵が冷や汗をかいている間も、彼らを乗せた車は目的地へと着々と近づいていた。




* * * * * * * * * * * * 




 アカリはもう驚くことすらしなかった。なぜなら、今日一日驚きの連続で驚くことに疲れたからだ。


 車から降りて、国会議事堂まで目と鼻の先といったところの道中。彼女の目に映ったのは、またもや現実離れした光景だった。

 国会議事堂の前に、二対の羽を折りたたんでいる銀色の船が鎮座していた。しかも、その周りには武装した大勢の陸上自衛隊と思われる人たちが待機している。銀色の船がいつ変な動きを見せても対処してやると言わんばかりに、妙な緊張感を漂わせながら警戒態勢を保っていた。

 どう考えても一般人の自分が居ていいような空間ではなかった。目的地に着いて三分もしない内に、アカリは『帰りたい』という感情に支配されることとなってしまった。


 アカリが挙動不審となっている中、消しゴム兵はフィーアが両手に抱えている()()に視線を向けていた。 ――ゴミを見るような目で。


 「――おい、犬畜生。言っておくが、余計な真似をするなよ。……引きちぎるぞ」


 「キャイン!?」


 最早(もはや)いかつさの欠片もない影狼もとい宝石狼(ジュエルウルフ)は、恐怖の対象から一刻も早く逃げようと、フィーアの腕の中でジタバタともがいている。そこに追い打ちをかけるように、消しゴム兵はさらにメンチを切り始めた。


 「……リーダー、さすがに犬畜生呼びはやめておいた方がいいと思う……この子が可哀想……」


 「そう……? そこまで言うなら……分かった」


 「……リーダー……! ようやくわかっ――」


 「――これからは犬っころと呼ぶことにする!」


 消しゴム兵は腕を組みながら胸を張って、そう宣言したのだった。


 「…………前よりはマシになった…のかな……?」


 「ワフゥ……」


 消しゴム兵の返答に、説得が失敗したと分かったフィーアと宝石狼(ジュエルウルフ)はがっくりと肩を落としてしまう。どうやら彼の宝石狼(ジュエルウルフ)への接し方は、今後もあまり変わらないらしい。

 だが、消しゴム兵は二人のその様子に構わず、話を続ける。


 「あと、犬っころに一つ命令だ。 ――アカリを付きっ切りで守れ。これは強制だ」


 「ワフゥ?」


 「……どういうつもり? わざわざこの子に守らせる意味があるの?」


 突然の消しゴム兵の考えに、フィーアは疑問を口にする。消しゴム兵は弁解しようとするが、フィーアの疑問は止まらない。


 「……リーダーが言ってくれさえすれば、私がアカリを守ることだってできる。……対人戦だって、影狼との戦いも次なら……」


 彼女は懇願する。アカリを守るのは、自分に任せてほしいと。自身がリーダーと仰ぐ消しゴム兵に、失望だけはされたくなかった。


 「フィーア、別に君を信用していないわけじゃない。ただ、きっかけはどうあれ巻き込んでしまったのは事実だ。せめて、一緒に行動する間は万全を期して守っていきたい。 ……分かってくれ」


 「……………………はい」


 フィーアは視線を落として、そう小さな声で了承する。フィーアが落ち込んでいるのを察したのか、宝石狼(ジュエルウルフ)は彼女の足にすり寄ってくる。フィーアはそんな健気な獣の様子を見て、思わず笑みがこぼれる。頭を無限に撫でてあげたくなるような凶悪な可愛さだ。恐ろしい。


 「犬っころは、しばらくの間アカリを主人と思って守ってくれ。この世界での用事が終わったら、元の世界に連れ帰ってあげるから……それまで、よろしく頼む」


 「ワン!!」


 「あなたたちここで止まって、どうしたの? ……その、奥の方で大勢の人たちが待ってるけど……それも、見覚えのある人たちが……」


 ようやく現実逃避を終えたアカリが、話し合いをしていた消しゴム兵たちのもとまで駆け寄ってきた。

 どうやら自分の住んでいる国のお偉いさんたちを待たせてしまっているという事実に気付き、額に冷たい汗をかいていた。


 「アカリ、ちょうどいいところに来たね。今日から君が犬っころの主人だからよろしく」


 「……え? どういうこと?」


 「……よし! 彼らを待たせているし、早く行こうか」


 「ちょっと待って……ちょっ……」


 消しゴム兵は、状況を理解できないアカリに構わず前に進んでいってしまう。フィーアは苦笑いしながら彼の後についていき、宝石狼(ジュエルウルフ)もアカリの前を素通りして行く。

 アカリはたまらず叫ぶ。


 「――詳しく説明しなさいよー!!」




* * * * * * * * * * * *




 「この国――日本の内閣総理大臣を務めております、上田綾音と申します。以後お見知りおきを」


 やばぁっと思わず心の中で声が漏れる。アカリのキャラ崩壊が起きる口調な気がするが、それも仕方ないだろう。なぜなら、アカリの目の前に立っているのは日本の総理大臣だった。

 

 日本の総理大臣を務めている彼女は、熟年の落ち着いた雰囲気と国の首相(トップ)に立つのに相応しい厳格さを備えていた。眼光は鋭く、(たたず)まいも凛としている。

 対する消しゴム兵は、先ほどまでと変わらない自然体で国の首相(トップ)たる彼女の正面に立っていた。


 「僕は異世界から来た消しゴム兵と言います。いきなりここまで来て欲しいなんて無茶振りを言って申し訳なかったです」


 上田は、女性としても身長が高い方ではないが、消しゴム兵があまりにも身長が低いので、姿勢を低くして握手を交わす。だが、握手を交わしながらも、両者の心の中には如何にして相手よりも優位に立つかという思考が巡っていた。

 彼女は笑みを崩さず、すかさず彼に提案をした。


 「消しゴムさん、提案なのですが、よければ私たちの――」


 「――上田総理、話の続きはこの船の中でしませんか?」


 だが、消しゴム兵の提案に彼女の先手は遮られてしまった。


 「いきなり現れた正体不明の人物を信じろというのは無理があります。ですが、ここから先の話は、万が一にも第三者に盗み聞きされる訳にはいかないのです。……どうか、分かってくれませんか?」


 やられたとばかりに、上田は小さく歯軋りした。話のペースは既にあちらに握られてしまった。理性的に、理路整然と彼は訴えてくる。

 これを簡単に断れる訳がない。相手の武力もどれだけのものか、まだ分かってないのだ。だが、目の前に鎮座する船を作るだけの技術力があるのなら、日本はまず敵わない。米国ですら怪しいだろう。


 「……分かりました。あなたの厚意を無下にするわけにはいきません。この船の中で、話の続きをすることにしましょう」


 「そ、総理!?」


 上田と共に国会議事堂に訪れた議員たちからは、どよめきが起こる。当然だ。未知に溢れた船に乗り込むのだ。不安になってしまうのは、無理もなかった。

 だが、消しゴム兵はさらに驚きの言葉を口にする。


 「何か勘違いをなされているかもしれませんが、船の中に入るのは上田総理だけですよ? 言ったじゃないですか。できるだけ聞かれたくない話だと」


 「「「なっ!?」」」


 「それはあまりにも危険すぎる! そんなこと許される訳ないに決まっているだろう!」


 「そうだ!!」


 議員たちからは、抗議の嵐が巻き起こる。その中でも、特に大きな声を張り上げた男がいた。


 「第一、突然我が国に押しかけてきた()()で、なぜこの場を仕切っているんだ!! おかしいだろう! 君たちのような宇宙人は常識や礼儀というものが欠如しているのかぁ~?」


 その男は、巨漢であることに加え、鋭い目つきをしていた。ただし、上田とは違って非常にずる賢く疑り深い者の目をしていた。肥満気味の腹を揺らし、唾を飛ばしながら消しゴム兵に抗議を続ける。


 「毛利君、言葉を控えなさい」


 「総理……! で、ですが……」


 毛利と呼ばれた男は、先ほどまでの荒れた態度から一転、へりくだった態度で上田に弁明する。だが、少しの間彼女と問答しても意思が変わらないと分かると、不快感を隠しもせずに顔を歪ませ、ドスドスと後ろへ下がっていく。


 「私は忠告しましたよっ、総理! フンっ、勝手にやってろ!」


 と、捨て台詞を残して。

 こんな人ホントにいるんだぁ……と、アカリも思わず心の中で呟いてしまう。


 「ご気分を害したなら、申し訳ありません。優秀な方なのですが、あの性格や振る舞いが玉に(きず)でして……」


 「気にしてないですよ。それよりも……」


 消しゴム兵はサッと右手を上げた。すると、今まで微動だにしなかった船の側面に、突如人が通れる程の穴が空いたのだ。さらに、そこから階段も降りてくる。


 ポカンとする上田たちに向けて、消しゴム兵は告げる。


 「――始めようか。異世界間首脳会談を」


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