第一章6 『決意』
消しゴム兵の所有する宇宙船の名は『異世界間ワープ船ゴフェル』。『裏世界』と現世を行き来することの出来る船であり、魔力を動力とする異世界版の宇宙船である。
消しゴム兵に案内された船の中、アカリは珍しく目を輝かせることとなった。
入口から入ってすぐに広い空間に出ると、そこには大小様々なスクリーン、操縦桿やカラフルなパネル、他の部屋に繋がっているだろうドア、そして明らかにこれからの話し合いに使われそうな大きな長机と上品なデザインの椅子が並べられていた。
私たちは、消しゴム兵に促されるままに椅子に座ると、合図などもなく『異国間首脳会談』は始まった。
「じゃあ、時間も惜しいし、建前は抜きにして話し合いを始めようか。 ……あ、飲み物とかお菓子いる?」
「……では、お言葉に甘えてお願いしようかしら」
消しゴム兵と上田総理は、机を挟んで対面に座ると、言葉遣いを多少崩したものの、場の緊張感は和むことはなかった。一般人のアカリは、ますます帰りたいという気持ちが強くなってしまった。
不意にアカリの肩がちょんちょんとつつかれた。そちらの方をみると、紅茶が注がれたティーカップを差し出された。アカリはそれを受け取ると、ティーカップを傾けて乾ききった喉に紅茶を流し込む。朝から何も飲んでいなかったからか、思わずため息が漏れる。もちろん、アカリは礼節を重んじる日本人だ。感謝の言葉は忘れない。
「この紅茶とても美味しいです。ありがとうございま……す……? ――へっ?」
振り返った方に、人は誰もいなかった。もしやと思い、アカリは下の方を見る。すると、どうだろうか。地球では見かけないような生き物が、そこにはいた。
機械的なデザインをした紙袋のようなものをすっぽりと被ったその生き物は、紙袋の前方と思われる面に穴が開いていて、そこから可愛らしい目が覗いていた。皮膚の黒い手を六本も紙袋の下の隙間から伸ばし、器用に他の人たちにも紅茶を入れて配っていく。
その様子を見ていた上田も、思わず目を丸くする。
「消しゴム兵さん、それは……いえ、その方はあなたの世界の住人なのですか?」
「そうだよ。ユメって言うんだ。可愛いよね。仲良くしてあげてね」
謎の可愛い生き物――ユメは、こちらの様子に気づくと、手をブンブンと振ってくれる。なるほど、確かにその仕草はとても可愛かった。
「よし、ユメは今日も可愛いことだし。まずは、この国の現状について聞かせてもらおうかな」
「……ええ、もちろん」
日本は、アメリカ合衆国を中心に、他国といくつもの関わりがあった。
だが、三年前に異変は起きた。突如として、関東地方を中心に『影狼』と呼ばれる怪物が出現したのだ。この未曾有の事態に、日本政府は自衛隊まで動員したが、現代兵器の効き目は薄かった。さらに予想外だったのが、彼等は影に潜り込む能力を利用して飛行機や貨物船にまで侵入し、海外にまで行動範囲を広げようとした。幸い、海外に侵入した影狼は少数で、迅速な対処によって事なきを得た。
しかし、日本が影狼の発生源と分かってからの国外の対応も迅速だった。日本と海外の出入りはもちろん、様々な品の輸出や輸入も不可能になってしまった。
日本は、ある日突然世界から孤立してしまったのだ。
「ですので、今の日本の経済状況は非常に厳しいものです。犠牲者も決して少なくありません。一刻も早く、奴らの殲滅をしなければ、この国は……」
「ちなみに、影狼の発生源ってここから東の方面で合ってる?」
「……っ!? なぜそれを……!」
「ノア、日本の全土の写真を」
「マスター、了解しました」
消しゴム兵の声に反応して、大きなスクリーンの一つに綺麗な女性が映る。彼女が指をパチンッと鳴らすと、別のスクリーンに見慣れた日本の衛星写真と同じものが映る。
「今僕たちがいる所は……」
「東京都です。そして、その東にあるのが千葉県です。今となっては、誰も住んでいませんが……」
上田の顔が酷く歪む。彼女の表現は何も間違っていない。ただ、一つ補足しなければならないことがあるとすれば、千葉の住人は避難したのではない。一夜で半数以上が喰い殺されたのだ。他ならぬ影狼たちによって。
そのことを知っているアカリも、口をつぐんでしまう。
「千葉県……そこが影狼の発生源で間違いないな」
「なぜそこが発生源だと分かったのでしょうか」
「だって、千葉県全土が過剰な魔力に汚染されているのに、生命反応が大量に出てるんだもの。あんな所で魔力を扱えない人間は生きられないよ。 ……いるとすれば、影狼ぐらいかな」
「……ま、まりょく?」
聞きなれない単語に、上田はポカンとしてしまうが、消しゴム兵は構わず話を続ける。
「そもそも、どうやってこの世界に奴らは来たと思う? ――答えは、ゲートを通って来たんだ」
「げ、ゲートって……?」
上田が話についていけてないので、アカリが代わりに質問をする。上田は首をかしげながら、話をじっと聞いている。アカリからすれば、とって~~~っも気まずい!!
「僕たちのいる世界以外に『裏世界』というものがあってね。ゲートは、僕たちのいる世界と裏世界を繋ぐものだ。影狼はおそらく、裏世界を経由して僕たちの世界からこの日本まで来たんだろう」
「……凄い話ね、異世界が複数あるなんて。それで、魔力で汚染されてるっていうのは?」
「裏世界っていうのは高い濃度で魔力が充満している厳しい環境なんだ。だが、日本の上空から解析してみたところ、千葉県一帯の魔力濃度が僅かに上昇し続けている。これは、ゲートがまだ開いていて、魔力が漏れているということに違いない。だろう、ノア?」
スクリーンに映ったノアと呼ばれた少女は、コクリと頷く。
「はい、マスター。その通りです。補足すると、このままゲートを放置すれば半年でこの東京都も魔力に汚染されるでしょう。東京都に住む人々は、魔力に侵され、適応できずに最悪死に至るでしょう」
アカリは、椅子のすぐ横に腰を下している宝石狼に目を向ける。今は理性的な目をしているこの子も、魔力に侵されて暴走していた。あれと同じことが人間にも起こりえると思うと、ぞっとする。
アカリがそんなことを考えていると、たまらずといった様子で上田が勢い良く立ち上がる。
「話は詳しくは分かりませんが、要するに今も日本国民が危険にさらされているというですよね!? ならば、一刻も早く解決策を打ち出さなければ……」
「落ち着いて下さい、上田総理。千葉県に入ってゲートを閉じるにも、影狼たちをどうにかしないといけないし。何より、優先しなければいけないことがある」
「優先しなければならないこと? 何ですか、それは?」
血相を変えていた上田は、ひとまず落ち着きを見せるが、消しゴム兵の言葉に疑問を口にする。何事かとアカリは首をコテンッとかしげるが、消しゴム兵から知らされた事態は、想像以上に深刻だった。
「――この東京都に何十体もの影狼が潜んでいる」
「「っ!?」」
消しゴム兵のまさかの言葉に、アカリたちは絶句する。ニュースで見た知識だが、千葉県の県境は設備を築いて常に監視されているはずだ。それでも、狡猾な奴らには監視網を潜り抜けられることはある。実際、自分は影狼に襲われている。だが、その数は異常だ。
「この事態に対処するためにあなたを呼んだんですよ、赤井秀平防衛大臣?」
「おや、ようやく私の出番ですか。待ちくたびれるところでしたよ」
消しゴム兵に呼ばれたのは、日本の防衛大臣を務めている赤井秀平という男だった。船に入る前に、彼は大事な話があるから船に入れてほしい、と消しゴム兵に懇願したのだ。彼に対して、話を振るまで黙っているという条件で消しゴム兵は入船の許可を出した。
厳かな雰囲気を放つ中年の彼は、髪や服装を隙なく整えており、几帳面な性格が見て取れた。
「私が主導の下、陸上自衛隊に『影狼対策科』という組織を設けていまして。彼等と連携すれば、東京都に潜む影狼殲滅も、千葉県攻略も効率良く進められると思います」
「ですので、消しゴム兵さんたちにも全面的に協力して頂きたいのですが……どうでしょうか? もちろん、謝礼はお支払いします」
上田と赤井が凄い剣幕で消しゴム兵に詰め寄っている。強力な力を持つ影狼に打ち勝つには、未知の力が必要と分かっているため、緊張した面持ちで消しゴム兵を見つめる。決して引き下がることのないその姿勢に、アカリも気圧されてしまう。
「……いいよ、全面的に協力する。謝礼も必要ない。僕たちの目的達成さえ邪魔しないなら、影狼は殲滅して、ゲートも閉じるあげるよ」
「目的とは……?」
「……そのうち嫌でも分かるよ」
上田の問いに、消しゴム兵は暗に告げる。君たちは知る必要はない、と。これには、上田と赤井も黙る他ない。
ともあれ、これで『異世界間首脳会談』は終わりを告げた。
アカリたちは、東京都に潜む影狼討伐に動き出すのだった。
* * * * * * * * * * * *
場所は、夜の東京都内。アカリは、消しゴム兵たちと共に東京都に潜む影狼討伐作戦に参加するために待機していた。
時間はもう夜の十一時を過ぎる頃だった。今は九月だということもあり、さすがに冷えてきた。
アカリは、連れている宝石狼を抱き上げて暖をとっていた。
「……アカリ、一応聞いておくが、本当に作戦に参加するつもりか……? 危険も伴うぞ、この作戦は」
消しゴム兵は、アカリに今一度確認してくる。その本心は、場合によってはアカリのことも守るために動かなければならなくなる面倒さ故か、それとも本当にアカリの身を案じてか。おそらく両方だろう。
「……というか学校はどうした? この作戦に参加したら、明日だけじゃなく明後日以降も学校に行けなくなるかもしれないぞ」
「それに関しては大丈夫よ。今まで学校を欠席したことはほぼないから出席数は問題ないし、授業を聞かなくてもテストは学年上位の成績を取れるから」
さらっとそんなことを言ってのけるアカリに、消しゴム兵は呆れた目線を向ける。
「普段からそういうことを言っていると、友達に何を思われるか分かってるのか……? 付き合いの長い友達ならともかく、他の人たちには何を言われるか……ん?」
そこで、消しゴム兵に一つ疑問が生まれる。
――彼女に友達はいないのではないか……?
言動やフィーアへの執着から察するに、その可能性は高い。
実際、それは当たりだった。今の消しゴム兵本人からすれば、それは知りようのないことである。消しゴム兵の考えは推測の域を出ないが、もし当たっていれば両親のいないアカリは学校でも家でも孤独だということに他ならない。
ならば、消しゴム兵の取る選択肢は一つしかない。
「我儘を言ってるのは分かってる。でもっ、それでも私は……!」
「いいよ、作戦に参加しても。もちろん、フィーアと一緒にね」
「えっ、いいの……?」
アカリが意外そうな顔で消しゴム兵の方を見た。彼女自身、もっと渋られると思っていたのだろう。
「ただし、宝石狼やフィーアからは絶対に離れないこと。僕の指示には従うこと。この二つは絶対に守ってくれ」
「うん、分かった。約束は破らない。 ……消しゴム兵、ありがとう」
アカリは今までのぶっきらぼうな表情から一転、初めて花の咲くような可憐な笑顔を消しゴム兵に見せた。
消しゴム兵は彼女の笑顔を見て、決意した。せめて自分がこの世界にいる間は、彼女の孤独を紛らわせることができたらと。
――この選択が最悪の結果に繋がるとも知らずに。




