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第一章2 『邂逅』

 少女が今日ほど自分の不運を呪ったのは、人生で二度目である。

 一度目は両親が交通事故でこの世を去った時だった。彼女が七歳となる誕生日の三日前、トラックがスリップし、玉突き事故で五台の軽自動車を巻き込んでの大事故だった。両親の乗っていた軽自動車も前方が大破していた。即死だった。


 その時から彼女は笑わなくなった。喜びも、悲しみも、怒りも、あらゆる感情を半ば失ってしまった。  

 学校で友達も一切出来なかった。たびたび口が悪い、性格が悪い、目つきが悪いとも言われた。最後の一個は、自分ではどうしようもないので解せないが。


 そんな彼女にも趣味はある。読書だ。毎朝早くに学校に行き、教室で一人読書をするのが彼女の習慣だった。

 今日もいつも通り朝早くに家を出た。そこまでは良かった。

 

 だが――


 「……今日は本当についてない……!」


 彼女は急いで入りかけた通路を引き返して逃げようとするが、その僅かな停滞が致命的だった。

 今まで奇跡的に保たれていた差が埋まるには、十分過ぎた。


 「ガガガッ……ガァァァァ!」


 「うっ……がっ!!」


 影狼が前脚を振り下ろしただけで道の舗装は剝がれ、周囲に亀裂が走る。直撃どころか、かすってすらいないにも関わらず、彼女の軽い身体は紙くずの様に吹き飛ばされる。受け身もまともにとれず、硬い地面に何度も身体を打ち付けてしまった。

 細身の少女には強烈過ぎる痛みに、彼女の全身は悲鳴を上げている。額からは血が滴り、左の視界が黒く覆われていく。


 「ガガガッ!」


 彼女のもとに影狼はゆっくりと歩み寄って来る。殺意をまき散らしながら、その口元を愉悦に歪ませている。その姿は『狩人』というよりは『快楽殺人者』のそれであった。


 「……なんでっ……」


 なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで。なんで自分がこんな目に合わなければならないのか。なんで自分は奪われ続けるのか。なんで自分を都合よく助けてくれる王子様のような人物が現れてくれないのか。


 彼女は自分を襲う不幸から逃げようとするが、彼女の身体はもう思うように動いてくれない。

 全身を耐え難い痛みが支配しているから――ではない。恐怖だ。幼いながらも、両親が事故に巻き込まれたことで実感した死への恐怖。それが彼女の心を支配していた。


 だが、彼女はそれと同時に安堵していた。これでようやくお母さんとお父さんのところに行ける、と。

 彼女が自分の身に降りかかる理不尽を拒むのを諦めようとした、その時だった。



 ――この世界に衝撃が走り、空に穴が開いたのは。



 「…………………………は?」


 彼女は突然起きた現象に理解が追いつかず、口をあんぐりと開けたまま固まってしまう。

 影狼の方も例外ではなかった。未知との遭遇に、殺意すら忘れて空を見つめる。


 そして、さらに予想外のことが起こる。翼を二対携えた銀に輝く船が、空に開いた穴から舞い降りて来たのだ。


 「…………………………ガ?」


 影狼すら口をあんぐりと開けたまま固まってしまう。獲物と捕食者が手の届く距離にいるというのに、その場には沈黙が流れる。

 だが、その沈黙もすぐに終わりを告げる。


 船から一つの影が飛び出してきたからだ。一つの小さな影は、速度を落とさずに加速し続けて自由落下してくる。こちらに向けて。


 「え、ちょっと………? こっちに落ちてきてる!?」


 「ガァ!?」


 動きを止めていた影狼も、これには臨戦態勢を取らざるを得ない。

 先ほどまで追いかけまわしていた少女が脇目も振らずに距離を置くのを意に介さず、謎の落下物を迎撃しようと態勢を整える。逃げようとしないのは、本能で理解していたからか。 ――落ちてきた人物が、あらゆる獣よりも危険だということを。


 「え!? 女の子!?」


 落ちてきたのは、彼女と同い年ぐらいの少女だった。純白のロングコートを羽織り、黒い髪のポニーテールを風になびかせている。澄み切った青い目で地上を見渡すと、少女は空中で身体を捻り、影狼目掛けて落下する。その勢いのまま、影狼の頭を思い切り踏みつけた。


 「きゃあぁぁぁ!!」


 影狼が前脚を振り下ろした時とは比べ物にならない衝撃が辺りを襲う。踏みつけた影狼の頭部を中心として、道が陥没した上に先ほどよりも大きな亀裂が四方八方に走る。その衝撃の大きさに、距離を置いていた彼女の身体も一瞬宙に浮く。


 影狼を一撃で沈めた少女は、何事もなかったようにロングコートに着いた埃を払う。そして、しりもちをついて動けない彼女のもとに駆け寄ると、かがんで目線を合わせた。


 「えっと……大丈夫? 上空であなたが大きな犬に襲われてる?のを見つけたから助けに来たんだけど。 ………飼い犬じゃないよね?」


 「……ち、違います! こんなに大きな犬飼うわけないじゃないですか!」


 「そうだよね………。 ――まだこんなに殺気と魔力を放ってる犬なんて」


 「え?」


 そう言われて影狼のいた方向を見ると、首をブンブンと振りながら起き上がる影狼の姿があった。

 あれだけの衝撃をまともに食らったのに、しっかりと原形をとどめている。その目からは、確かな怒りを感じ取れた。


 「なんでまだ生きてるの……? 死んでもおかしくない衝撃だったのに……」


 「………危ないから離れてて。巻き込まれる」


 「グルルルルルルル………」


 影狼が唸り声を上げて、姿勢を低くする。こちらに体当たりするつもりだ。

 だが、それに対して少女が取り出したのは……黒い金属製の筒だった。


 「その、言っちゃ悪いけど……そんなものであれが倒せるとは到底思えないんだけど……」


 「そんなの分かってる。 ……だから、こうやって魔力を込めれば……」


 少女がそう言って筒を握りしめると、なんと筒に変化が起きた。筒の片側からカシュンカシュンと音を立てて、いくつもの金属が飛び出してくる。それらが組み合わさり、あっという間に物々しい雰囲気を放つ巨大な戦鎚(せんつい)へと姿を変えた。


 「……っ! ……すごいっ……!」


 今まで見たことのないような技術を前に、驚愕に顔を染める彼女に対して、戦鎚を持った少女は告げる。


 「……待ってて……。 ――すぐ終わらせるから」


 「オオオオオオオオオオォォォォォォォォォ!!」


 そうして、戦鎚を構えた少女と漆黒の獣の戦いが幕を開けた。


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