12-1.それぞれの結末ver.J
(そう言えばあの夜は彼も余裕が無かったかもしれない。)
必死に言葉を重ねる彼を見ていると、こんな話し合いの時なのに、突然あの夜のことを思い出した。
突然2人きりの夜の記憶が蘇ってセイラは赤面した。そして、あの夜のことを後悔していない自分の偽らざる本音をついに見い出した。
「………私、ユストス様に『愛してる』って言われてません」
「!」
心の中では数え切れない程叫んだ言葉を、一度も口にしてなかったことに我ながら驚いた。
「セイラ、愛している」
***
「よく考えてちょうだいセイラ。爵位は途絶えたとは言ってもその血を引いて、我が家の後ろ盾もある。となれば、今後男性が列をなしてやって来るわ。無論そのような表面しか見ない男性は私が追い払うけれど。そんなものが無くてもあなたは魅力的な女性だから。それがユストスだなんて…」
「お祖母様、こんな子とはっ」
焦ったユストスが慌てて遮ろうとする。
「確かにこの子は優しいし、祖母思いだし、見た目も悪くないわ。私の財産の管理を任せてあるくらいだから、普段は仕事も出来るの。でも今回のことは本当にがっかりしたのよ。初孫だから甘やかし過ぎてしまったのかしら。事情を確かめもせずにあんなことをするなんて思いもしなかった」
そんな彼が冷静な判断が出来なくなる程、セイラに魅了された結果の愚行であることは祖母マーガレットにはよく分かっていた。しかしそれでもセイラを傷つけたことに変わりはないし、親友のことを抜きにしても、今やセイラも実の孫達と同様大切な存在だった。
「大体あなた、最近素敵な方と出会ったそうじゃない。その方と、もっとじっくりお付き合いなさい」
「なぜそんなことまで!しかし彼はダメです。制約が多くて息苦しいあんな世界で、セイラが幸せになれるはずない!」
「それはあなたが決めることでは無いでしょう、ユストス」
肝心のセイラそっちのけで祖母と孫がやり合っているのを見て、思わず笑ってしまう。
「何を笑っているんだ。アレクシス様はダメだ。背負う物が大き過ぎるし、政略に巻き込まれることもある」
(お兄ちゃんみたいなアルと、ユストスは違うのに…アルも私のことなんて妹だと思ってるわ)
「アルに冷遇されるかもしれません。そのくらいの権力はあるはず」
(アルは絶対にそんな事をするような卑しい人間では無いけど、からかいたくなっちゃった)
セイラがユストスを選ぼうとしていることに、どういう態度を取ればいいのかマーガレットとしても決めあぐねていた。
18歳は自身も嫁いだ年齢ではあるが、愛するセイラには、色んな人を見て、色んな経験をして欲しかった。
セイラの方も恩人であり人生の師でもあるマーガレットの意見を無視することは出来なかった。そこでマーガレットは一年間のモラトリアムを提案した。ただし、その間セイラはマーガレットの屋敷で暮らし、ユストスは毎週欠かさず会いに来ること。その際もちろん寝室は別で、手を繋ぐことも認めない。
「まあ、これはちょっと身内びいきもあるかもしれないけれど、あの子なりに反省はしてるみたい。最後はあなたが決めることよね」
*
かくしてユストスは一年間の試練を耐え切り、セイラを正式に迎えることに成功したのだった。
(そう言えばヴィオレッタも頑固だった。こうと決めたら一筋で、あっという間に愛する人の元へ飛び出して行った。あの子はどうにも抗えない病で去ってしまったけど、亡くなるまで愛されて幸せだったと聞いたわ。)