10.珍しく優越感に浸るアル
マーガレットの言う通り、いずれ修道院は出て行くつもりだった。真に保護を必要としている者は他にいるし、幸いセイラは、院長やマーガレットに働き先をどこかを紹介してもらうことが出来るだけの能力と経験があった。
*
「アレクシス様!」
修道院の裏庭で、ユストスは叫んだ。
修道院の様子は当然常に配下の者に報告させている。最近修道院に自分以外の出入りしている男性がいると聞いて、居ても立ってもいられず様子を見に来たときの出来事であった。
「君は…ヘイヴン侯爵、だったね」
思いがけない場所で、思いがけない人物に出くわしたユストスは戸惑った。いまアレクシスと呼ばれたアルの方も、侯爵家の人間がこんなところにいる理由を掴みかねていた。
お互い会話も思い浮かばず、沈黙が流れ始めたとき、セイラが興奮した様子でそこにやって来た。
「アル!探したわ!」
「セイラ。子供達と遊んでたね?」
アルは微笑みながらそう言って、セイラの頬に付いた絵の具を自然に拭う。
「どなたかが子供達に絵の具を寄付してくださったの!みんな大喜びよ」
「…」
その様子を見つめながら側で立ちすくんでいる長身の男性が、ユストスであることにセイラが気づいた。
「ユストス様もいらしてたの。ごめんなさい。今日は見ての通り慌ただしくて」
「構わない。ところでこちらの方は…」
「アルのことですか?ここの運営を手伝ってくれてるんです。昔いた…孤児院でも勉強を教えてもらったりしたんです」
「そうか。君の書く文字や文章が美しい理由が分かったよ」
「ユストス様せっかく来てくださったのにごめんなさい。アル、ちょっと来れる?子供達が絵を描いて欲しいって」
「もちろん。ではユストス様、失礼します」
アルはそう言うと、憐憫と少しの優越を含んだ視線をユストスに向けながらセイラに手を取られて孤児院の方へと去って行った。
絵の具はもちろんユストスが寄付した物である。
(なぜアレクシス様がここに? 私は彼女に断りもなく頬を触ったことなど無い。それどころか手を…)
様々な感情が沸き上がり、ユストスは混乱していた。セイラはアレクシスが何者か知らない様子だった。彼の顔を見る機会など庶民には与えられないから当然のことだろう。
アレクシスの方もそれを気にしていないようだ。
「なるほどね」
ユストスがアレクシスと呼ぶ青年は、セイラに手を引かれながら呟いた。
(彼のこと、まだ好きなのかなぁ?)
おおよその事情を察したアルは、これからのことをあれこれ考えていた。




