開店の朝と一番乗り
執務室の大きな窓から、王都の朝の光が差し込んでいる。
ベクターがナギの店の状況報告を終えると、ジトッとした目でシオンを見た。
「これは友人として言うが……あんな一等地を金貨一枚で貸し出すなんて、いくらなんでも安すぎないか?」
「構わん。どうせ持て余していた物件だ」
シオンは羽ペンを走らせたまま、涼しい顔で答えた。
「……」
「なんだ?」
「いいや、別に?」
肩をすくめて誤魔化すベクターだったが、内心では少しばかりの懸念を抱いていた。
(……シオンが女に興味を持つなんて初めてじゃねぇか?)
* * *
「いよいよ今日からだ……!」
私は真新しい通勤バッグに完成した回復ジュースの瓶を詰め、祈るような気持ちで新居を出発した。
『クァッ!』
上空からクラモが飛んきて、私の頭の上にポンッと降り立つ。
兄弟子は、今日も一緒に店に来てくれるらしい。
店に到着し、いろいろと準備を済ませると、綺麗に拭き上げられた横長のカウンターの中に立った。
道路側に小さなテイクアウト用の窓口が、中のカウンターは座って飲めるようになっている。
ゆくゆくは種類を増やしていくつもり。
どきどきしながら、表の看板を『OPEN』に裏返す。
「おぉ~……!」
感動を噛みしめていた、その時――。
「おはようございます、ナギさん。記念すべき最初のお客様は、この私が――」
優雅な微笑みを浮かべ、スマートに入店して一番乗りを果たそうとしたアンリさん。
しかし、その横から猛烈な勢いで割り込んでくる人影があった。
「ちょっと待ったぁ! 一番のお客は、わ、た、し、なのっ!」
「なっ……カレン⁉」
ドンッ、とアンリさんを押しのけ、カレンさんがカウンターの前に陣取る。
師匠として当然よ、と髪をかき上げた。
「ふんっ! 絶対に譲らないわよ!」
「……い、いくらなんでも、レディらしからぬ行動では……?」
アンリさんが引きつった笑顔で抗議するが、カレンさんはどこ吹く風だ。
しかし。
「あの……お二人とも」
私がカウンターの上を指さすと、カレンさんとアンリさんの視線がそちらへ向く。
そこには、いつの間にかカウンターの特等席を陣取り、ふんぞり返るようにして『ドヤ顔』を決めている看板鳥の姿があった。
『クァックァックァッ!』
「「クラモ……っ! いつのまに……!」」
クラモにまんまと一番乗りの座を奪われ、ギリィッと悔しがる二人。
そのコミカルなやり取りに、私は緊張も忘れて思わず吹き出してしまった。
* * *
カレンさんとアンリさん、そしてお祝いに駆けつけてくれたリリーさんたちで、オープン直後の店内は一気に賑やかになった。
その後も、近所のお店の人たちが顔を見せてくれた。
「ジュースだと思って飲んだら、なんだか急に肩が軽くなったぞ⁉」
「ホントね! フルーツ味で美味しいのに、疲れが取れるなんて魔法みたい!」
味の良さと確かな『疲労回復効果』に驚く声が次々と上がり、用意していた三種のジュースは順調に売れていった。
夕方になり、辺りが茜色に染まり始める頃。
「よぉ、ナギ! 開店おめでとう!」
「いやぁ、立派な店構えじゃねぇか!」
露店の片付けを終えたヴェルターさんと門番のブロンさんが来てくれた。
ヴェルターさんの手には、湯気を立てる小さなお鍋が握られている。
「はいよ、開店祝の特製チーズヌードンだ。一日立ちっぱなしで疲れたろ?」
「わぁ……! ありがとうございますっ、すっごくいい匂い……!」
「ほら、冷めちまうぞ」
「いただきます……! はふ、はふぅ……!」
とろけるチーズが乗った温かいヌードンを食べると、一日の疲れがじんわりと溶けていくようだった。
もはやポーションなんていらないのでは……?
ヴェルターさんとブロンさんも帰り、そろそろ片付けを始めようかという時。
カラン、とドアのベルが鳴った。
「いらっしゃいませ……あっ」
入ってきた長身の男性を見て、私は目を丸くした。
間違いない。食中毒事件の時、アンリさんと話していた『ベクター』という人だ。
「……もう終わりかい?」
「い、いえ! 大丈夫です! いらっしゃいませ!」
少し強面な雰囲気に緊張しつつも笑顔で対応すると、ベクターさんはカウンターのメニューに目を落とした。
「あれ? あいつ何が好きだっけな……」
ボソボソと小さな声でボヤいている。
誰かへのお土産を選ぶお父さんみたいで、少しだけ親近感が湧いた。
「えっと……じゃあ、オレンジとメロンを頼む」
「はいっ、ありがとうございます!」
ベクターさんはジュースを受け取ると、軽く片手を上げて夜の街へと帰っていった。
* * *
店を無事に閉めた帰り道。
私は少しだけ寄り道をして、リロンデルの扉を開けた。
「テレサさーん! 余ったジュース、おすそ分けにきました!」
「おや、ナギ。よく頑張ったねぇ」
カウンターの奥から出てきたテレサさんが、私の顔を見て優しく労ってくれた。
その声を聞いた瞬間、張り詰めていた糸がふっと緩んだ気がした。
「おかげさまで大盛況でした! へへへ……」
「そうかいそうかい。よかったねぇ。ほら、これ持って帰りな」
テレサさんは、夕食の温かいシチューを木製の器に入れて持たせてくれた。
「器は返しに来ておくれ。また顔がみたいからね」
「テレサさん……。ありがとうございます。また、明日来ますね!」
王都の夜道は暗いけれど、少しも怖くなかった。
私のすぐ前を飛ぶクラモの目が、懐中電灯のように明るく道を照らしてくれているからだ。
胸に抱えたシチューの器から、じんわりと温かさが伝わってくる。
「……明日も頑張るっ!」
カレンさん、アンリさん、リリーさん、市場のみんな、そしてテレサさん。
この異世界で出会ったたくさんの人たちの顔が浮かぶ。
今日一日をやり遂げた達成感を噛みしめながら、私は帰路についた。




