開店準備と馬車の中の思惑
新居のお披露目パーティーから数日。
私のポーションスタンド開店に向けた準備は、いよいよ大詰めを迎えていた。
「うん、ここにはこの絵を飾って……あ、そこの棚はもう少し斜めに配置しましょうか」
店の一階では、リリーさんに紹介してもらった若い芸術家の卵たちが、内装作りに腕を振るってくれていた。
もともと串焼き屋だった無骨な空間が、嘘みたいに王都の「モダンカフェ」のようなお洒落で洗練された空間へと生まれ変わりつつある。すごい。
壁には鮮やかな色彩の絵画が飾られ、木目を活かしたカウンターは温かみがある。
元の世界のお洒落なコーヒースタンドを思わせる仕上がり……。
「ふわぁああ~! 皆さん、本当にありがとうございます! すっごく素敵です!」
「ふふっ、喜んでもらえて何よりだわ。彼らも自分の作品を飾れる場所ができて喜んでいるのよ」
立ち合いに来てくれたリリーさんが、微笑みながらそう言ってくれた。
「ところで、お店の名前は?」
そうそう、一番大事なお店の名前。
カレンさんに相談したところ、「ナギ」という名前は入れたほうがいいといわれていた。
カレンさんの店も『錬金工房カレンG』だし。
私もそれにならい、『ポーションスタンド・ナギ』にしたのだ。
「ポーションスタンド・ナギにしました」
「へぇ、ポーションスタンドか。手軽なイメージを意識したの?」
「はい、ポーションって、どうしてもお薬のイメージが強いんで、ジュースみたいに飲めるイメージを持ってもらえたらなって」
「ふぅん、考えたわね。いいと思うわ」
「ありがとうございます、へへへ」
さて、内装が整ってくると、次に必要になるのは商品を並べるための什器だ。
これについては、アンリさんが手配してくれることになっていた。
なんでも、マカロンさんのお店『ル・シエル・アジュール』で使わなくなった上質な什器を、格安で譲ってもらえるというのだ。
「ナギさん、お待たせしました。準備はよろしいですか?」
店の前に停まった立派な馬車から、アンリさんが優雅に降りてきた。
「はい! アンリさん、わざわざ馬車まで出していただいてすみません……」
「いえいえ。さあ、どうぞ」
「リリーさん、すみませんけど……」
「大丈夫、ちゃんとやっておくから」
「ありがとうございます、お願いします!」
ペコリと頭を下げ、アンリさんのエスコートで馬車に乗り込む。
おぉ……ふかふかだ。
シートに腰を下ろすと、馬車は静かに走り出した。
この世界にタイヤが欲しい……。
石畳の道を走っているためかなり揺れるのだ。
いくらふかふかとはいえ、お尻が……。
ガタンッ、と一際大きな揺れがきた瞬間。
「きゃっ!」
体が横に倒れそうになった私を、アンリさんがサッと力強い腕で引き寄せてくれた。
ぐっと肩を抱き込まれる形になり、すぐ目の前にアンリさんの整った顔が迫る。
「!!!」
ほのかに香る上品な香水の匂いと、普段の柔和な印象からは想像もつかない、男らしく鍛えられた腕。
至近距離で重なった視線に、思わず心臓が止まりそうになる。
「はわっ……あ、ありがとうございます……!」
「お怪我はありませんか? 道が悪かったようですね……」
アンリさんはスッと体を離し、いつもの優しい笑顔に戻った。
けれど、私の心臓は『トクン、トクン』と早鐘を打ったままだ。
なんだか顔も熱い。
うわぁ……どうしよう、勝手に意識しちゃうよ~!
変な奴だと思われたかも……。
「マ、マカロンさんが什器を譲ってくれるなんて、本当に運が良かったです。アンリさんが声をかけてくれたおかげですね~。ありがとうございます」
私が照れ隠しのように笑ってそう言うと、アンリさんは優しく目を細めた。
「いえ、たまたまですよ。マカロンさんもちょうど処分に困っていたそうですから」
* * *
――しかし、その優雅な微笑みの裏側で、アンリの内心は静かに、そして熱く燃え上がっていた。
(……シオン殿下にばかり、良い格好をさせてたまるか)
王都の一等地にあるこの物件を、破格の金貨一枚でナギに貸し与えたのはシオン殿下である。
その事実を知った時、アンリの中で何かが燻った。
剣を持たない自分が唯一力になれそうなことなのに。
それさえも、先を越されてしまうなんて……。
貴族御用達商人としてのプライドか、それとも別の感情か――。
(物件がだめなら、ナギさんの城を彩るのは私の用意した品だ。無理を言ったマカロンさんには、後でちゃんとお礼をしなければ……)
(高価な新品をそのまま贈れば、遠慮深い彼女のことだ、きっと受け取ってもらえないだろう。そこがナギさんの魅力でもあるのだが……)
「アンリさん? どうかしましたか?」
「えっ、あ……いえいえ! すみません、少し考え事を……」
「お忙しいですもんねぇ、あ、見てください噴水が上がってます!」
「本当だ、ちょうどお昼ですね」
(ふぅ、せっかくの貴重な時間、考え事なんてしてる場合じゃないな)
アンリは外の景色を眺めるナギの横顔を優しく見つめていた。
* * *
無事に素晴らしい什器を運び込み、店内のセッティングはほぼ完了した。
残るは、肝心の商品だ。
私は新居の真新しい作業部屋で、ポーション作りに励んでいた。
さすが親方、いい仕事をする。細かい部分も手抜きがない。
引き出しなんて無音でするするっと開いちゃうし。
「さてと、せっかくお店で売るんだもん、ただの回復ジュースじゃつまらないよね」
そこで私は、ポーションにフルーツの風味を加えることにした。
王都の市場で手に入れた果実のエキスと、失敗ポーションの製法を応用した「回復ジュース」の配合を試行錯誤する。
「よし……これでどうかな」
目の前に並んだのは、3色の色鮮やかな液体。
爽やかな酸味と甘みが広がる『オレンジ』。
芳醇な香りで大人も楽しめる『グレープ』。
そして、まろやかな甘さの『メロン』だ。
それぞれ、ベースはオリーゴという甘い果実のエキス。
元の世界で、かき氷のシロップって材料は同じだけど風味だけが違うと話題になっていたのを思い出したのだ。
オレンジは、サンシトラスという柑橘の皮を入れている。
グレープは、紫芳蔓という紫の葉をもつ薬草をペーストにして加えた。
メロンは、翠甘葉という茎の部分に甘い蜜をたっぷり含んだ薬草、これがまごうことなきメロンだった。
意外と食べ物は元の世界と似たものが多いので、探せばメロンもあるかもしれない……。
「うん、味もバッチリ! これなら絶対にウケるはず!」
私は完成した3種のフレーバー回復ジュースを瓶に詰め、お店の周辺へご挨拶に向かうことにした。
「こんにちは~! 今度、近くでポーションスタンドを開くことになったナギと申します! これ、試作品の回復ジュースなんですけど、よかったら飲んでみてください!」
ご近所の商店や住人たちに、笑顔でジュースを配って歩く。
まさか、ここにきて飛び込み営業の経験が活きてくるとは……。
最初は「色付きの水?」と怪訝な顔をしていた人たちも、一口飲んだ途端に目を丸くした。
「なんだこの美味い飲み物は! しかも……あれ? なんだか急に肩の凝りが取れて、体が軽いぞ⁉」
「へぇ、甘くて飲みやすい」
「ん? なんか目の前が明るいな?」
「えへへ、ありがとうございます! 明日オープンなので、ぜひいらしてくださいね!」
試飲の反応は上々。
ご近所さんの心(と胃袋)をガッチリ掴むことに成功した私は、明日への期待に胸を膨らませながら、開店前の最後の夜を迎えるのだった。




