新居お披露目 下
――カッ!
毛布の中、まさにそんな音がするくらいの勢いで目を開けた。
ガバッと毛布から出て、カーテンを開けて窓を開く。
小鳥の鳴き声を聞きながら、素早く毛布と枕の位置を直した。
ブラシで髪を整え、一番の勝負服を纏う。
これはリリーさんに教えてもらったお店で買ったもの……。
流行の小花柄のワンピース。
小花柄自体が可愛らしい雰囲気なので、ここで可愛い色を選んでしまうと、ただでさえ子供っぽいのに輪をかけて幼く見えてしまう。
そこで色は黒で大人っぽさをプラス。
これなら細身効果もありつつ子供っぽくもならない!
クックック……。
リリーさんにもお墨付きをいただいたし、今日の私に死角はない!
戦闘準備を終え、一階に降りるとちょうどテレサさんと顔を合わせた。
「おやまあ、可愛らしいじゃないか」
「……ありがとうございます」
むぅ、まだ大人っぽさが足りないのかな……。
「ナギ、今日だろ、お披露目」
「はい、テレサさんは来られそうですか?」
宿があるし、無理は言えないけど、テレサさんには来て欲しいなぁ。
「行くさ、アタシが行かなきゃ始まらないだろ?」
「ふふっ、そうですね、始まらないです」
「でも……寂しくなるねぇ……」
「テレサさん……」
「毎朝、たたき起こすのが楽しかったんだけどねぇ」
「ま、毎朝じゃないです! たまに……ですよ」
「はっはっは! 朝寝坊が直るといいね、じゃあ、後でお邪魔するよ」
「はいっ、お待ちしてますね」
リロンデルを後にして、私は王都の門へ向かった。
ブロンさんにお披露目に来て欲しいと告げ、そのまま露店に寄り、ヴェルターさんにも来てもらえるようにお願いをした。
アンリさんにはカレンさんから言ってもらうとして……マカロンさんはレストランがあるもんね……。一応、リリーさんに言付けだけ頼んでおこう。
街を歩いていると、懐かしい匂いに足を止める。
露店でなんと焼き芋を売っていたのだ。
「や、焼き芋……⁉」
「いらっしゃい、一個銅貨2枚だよ」
「この大きいの一個ください」
「まいど、熱いよ」
「ありがとうございまーす」
うわぁ……懐かしい。
焼き芋は万国共通、いや世界共通? なんだな。
「あちちち……」
半分に折って、黄色い部分にかぶりつく。
ほふほふ……。
おいしぃ――いっ! ほっくほくだぁ!
口の中に広がる懐かしい甘みが幸せを呼ぶ……。
「むふふ、いい店見つけちゃったなぁ~、あ、塩欲しいかも……」
食べ歩きながら、王都の居住区にある新居へと向かう。
雰囲気の良い並木通り。これもポイント高いよねぇ……。
そんなことを思いながら、ゆっくりと景色を眺めながら歩く。
焼き芋を食べ終わるころに、愛しの新居が見えてきた。
「どうしよ……ちょっと泣きそうかも」
ぐっと胸に嬉しさがこみあげてくる。
ふるふるっと顔を振り、私は気を引き締めた。
これから頑張っていかなきゃいけないんだから……。
でも、今日くらいは浮かれてもいいよね?
なんたってお披露目だもん。
家に続く石畳を踏みしめ、ついに……と感動に打ち震えていると、玄関前で待っていた親方とヴェルンさんが声を上げた。
「あ、来た来た! ナギさーん!」
「こんにちわ! お待たせしました~」
手を振るヴェルンさんが小さく会釈をした。
親方は腕組みをしたまま、満足げに家を眺めている。
「いよいよですね」
「はい! もう、ずっと楽しみで楽しみで……!」
ヴェルンさんはくすっと笑みをこぼし、
「親方、早くナギさんに渡してあげたらどうですか?」と親方に声を掛けた。
「おぅ、そうだな。ナギ、このドノバンの仕事の中でもこいつは……上から数えた方が早いぜ?」
にんまりと笑って私の手を取り、家の鍵を握らせた。
「か、鍵……!」
「確かに渡したからな?」
「お、親方ぁ……! ありがとうございました!」
鍵を受け取ることで、この素敵な家が自分の家になったんだと実感する。
元の世界でもマイホームなんて夢のまた夢だった。
それがまさか異世界でマイホームを持てるなんて……!
「じゃあな、後から気になるところがあったらヴェルンに連絡してくれ」
「え……、親方たち、お披露目会に参加してくれないんですか⁉」
「あ~すまんな……参加したいのは山々なんだが、仕事が詰まってるんだ」
「すみません、この足でマティス領に向かうんですよ。戻りは一か月後ですかねぇ……」
ヴェルンさんが申し訳なさそうに眉を下げる。
そうか、仕事なら仕方がない。まあ、これが最後ってわけでもないし……。
「そうなんですね……ちなみに、マティス領ってどんなところなんですか?」
「そうだなあ……まあ、どんなっつっても、ほとんどが砂漠だからな」と、親方が顎を撫でる。
「砂漠⁉」
「近くにダンジョンがあるせいだと言われてますね」
「ダンジョン⁉」
すごい……やっぱり異世界なんだ。
ダンジョンって、やっぱりモンスターとか出るんだろうか……。
「た、大変そうですね……」
「なぁに、ちょっと砂が多いくらいってなもんだ」
「モンスターとか……出ないんですか?」と恐る恐る聞くと、親方はガハハと豪快に笑い飛ばした。
「ダンジョンの外には滅多に出ねぇよ。それに、今回は腕利きの護衛もついてるから安心しろ」
「そうです。ちょっと遠出になりますが、やりがいのある仕事ですから」
ヴェルンさんも柔らかく微笑んで、ポンと私の肩を叩いた。
「では、私たちはこれで。ナギさん、新居のお祝い、たっぷり楽しんでくださいね」
「はいっ! 親方、ヴェルンさん、本当にありがとうございました! 道中、お気をつけて!」
荷馬車に乗り込み、手を振って去っていく職人さんたちを見えなくなるまで見送った。
そして、私は改めて目の前の扉に向き直った。
真新しい木の匂いが、ふわりと鼻をくすぐる。
大きく深呼吸をして、少しだけ震える手で鍵穴に鍵を差し込んだ。
――カチャリ。
重みのある、だけど心地よい音が響く。
ドアノブを握り、ゆっくりと押し開けた。
「……わぁ……っ!」
差し込む陽の光が、ピカピカに磨かれた木の床を温かく照らしている。
奥には念願だった広くて立派な作業部屋が見える。
「私の……家……。私の、作業場……っ」
『クァッ!』
ふいに頭上から声がして、開け放たれた窓からクラモが舞い降りてきた。
「あ、クラモ! 見て見て、とうとう完成したよ!」
クラモは誇らしげにパタパタと羽を羽ばたかせると、真新しいカウンターの上にふわりと降り立った。その姿がまるでお店の立派な看板鳥みたいで、思わず頬が緩む。
胸の奥がじんわりと熱くなって、さっき我慢したはずの涙がやっぱりポロリとこぼれてしまった。
異世界に来てから今日までのドタバタな日々が、走馬灯のように駆け巡る――。
「……よしっ! 泣いてる場合じゃないよね。みんなが来る前に準備しなきゃ!」
私は袖でぐいっと涙を拭い、両頬をパンッと叩いて気合を入れた。
窓という窓を開け放って爽やかな風を通し、買ってきた飲み物やグラスをテーブルに並べていく。
そわそわと部屋の中を歩き回っていると、あっという間に約束の時間になった。
――ざわざわ、わいわい。
外の並木道の方から、何やら賑やかな足音と話し声が近づいてくる。
「おーい、ナギ! いるかー?」
「こらヴェルター、近所迷惑だろ。あんまり大声出すんじゃない」
「やだ、ちょっと! すっごく可愛いお家じゃない!」
「はっはっは、アタシが見込んだだけのことはあるねぇ!」
この声は……!
私は弾かれたように玄関へと駆け出し、勢いよく扉を開けた。
「みんな……!」
そこには、両手いっぱいにご馳走や花束を抱えたカレンさん、テレサさん、ブロンさんにヴェルターさん……王都で出会った、私の大好きな人たちが満面の笑みで立っていた。
少し後ろの方には、見慣れぬ私服姿で微笑むアンリさんや、大きな鍋を持ったマカロンさんの姿も見える。
「「「ナギ、新居完成おめでとうーっ!!」」」
青空の下、まるで春が弾けたような温かいお祝いの言葉が響き渡る。
王都の片隅、私の大切な人たちと……。
最高にハッピーで賑やかな新居お披露目パーティーが、今、幕を開けた――!




