13
昼下がりの市街地、人目を避けて裏路地をすばやく進む。
エクスデアの世界でステルスミッションをやる日がくるとは思わなかった。
実際にやってみたら拍子抜けするほど造作もない。
おれを気にするのはいやに人懐っこい野良猫だけだった。好き好んで暗くて狭い路地裏を使うユーザーはいない。
立地を考えてぐあいのよさそうな空き家を見つけて忍びこんだ。
ここをアラモにしよう。最後の砦とするには貧相だが、選り好みできるほど選択肢は多くない。変人で孤独な銃使いにはふさわしい。
いそいそとパーティーの下準備をととのえ、通りを見わたせる二階の一室におちついた。
ほこりをかぶった机を引きずって窓際に配置し、弾薬や薬瓶など出番の早そうな道具を順番にならべる。
負い紐で肩につっていたリピーターを手に取り、機関部側面の給弾孔に弾をこめていく。
広場をはなれてすぐに棲家の空き家に立ちより、武器弾薬を回収してきた。
ボルトライフルやポンプショットガンなど銃だけはよりどりみどりだったが、長物にはあえてレバーアクションライフルを選んだ。射程が短いかわりに取りまわしに優れている。市街戦にはおあつらえむきの銃だ。
なによりこいつはボイドウォーカーとおなじ弾を使える。ボイドのように魔法の炸裂弾になることはないが、多種の弾薬で装具を煩雑にせずにすむ。
通りから人の声が聞こえた。咄嗟に身をかがめる。話し声はすぐに遠のいていった。苦笑して身体をおこす。びくびくしすぎだ。
棲家にもどるときも見張りの伏兵を警戒していたが、ひとっこ一人いやしない。ざるもいいところだ。
考えてみれば当然だ。おれを敵視しているのはごく一部、十数人のユーザーであり、お尋ね者になっているわけではない。
しかしそれもここまでだろう。今からおれはこの町にいるほぼすべてのユーザーに弓をひくことになる。
本意ではないがやるしかない。一年も流されるまま見て見ぬふりをしてだらだらやってきたのだ。そのつけがまわってきた。
死ぬべきでないやつが死んで、無辜の現地人が殺されようとしている。
正直、おれ一人が命をはってやるべきことではないのだが、ほかにやるやつがいないのでしかたない。死刑を宣告された死人の仕事だ。
十発。銃身下部に平行して延びる筒状弾倉への給弾を終えた。レバーを前後に操作する。撃鉄が起きて、薬室に初弾が装填される。
大通りを挟んだ正面には三階建てのひときわ大きな建屋があった。
冒険者ギルド。一階はギルド受付をかねた酒場であり、二階と三階は宿屋になっている。完全にユーザー用の施設だ。
さきほどから銀仮面たちがせわしなく通りを往来していた。ここは町の西側にある正門に近く、多くのユーザーが利用している道標がかどを曲がってすぐのところにある。広場でレイスに殺された狂信者が復活してとんぼ返りしているのだ。
ジーナたちががんばってくれている証拠だ。まだ広場は墓場運動会がたけなわだろう。灯台下暗し。おれがこんなところに潜んでいるとは夢にも思うまい。
ギルドから五人のユーザーがでてきた。騒ぎを聞きつけたのだろう。扉の前でたむろし、不安そうにきょろきょろしている。
嫌にカラフルな装備の連中。見知った顔があった。純白軽鎧の女騎士と深紅ローブのおさげ少女。アスカとミミィだ。
ギルドは町の最大勢力であるシュート一派が根城にしている場所でもあった。
しばらく待ち、通りから人の往来が途絶えたタイミングで窓の前に立った。
口をすぼめて息を吸った。第一声はきめていた。
「シューウトくんっ! あーそびましょっ!」できるかぎり陽気に腹から鳴った。
シュート一派の面々がぎょっとしてこちらを見た。まさしく幽霊でも見るような目だった。
「ハンク。あんた、広場で処刑されたはずだろ」
ミミィが問うてきた。驚きのあまりか、キャラづくりのですます口調がなくなっていた。
「あいにくだったな。憎まれっ子は簡単にはくたばらない」
「バミューたちがさっきから再出現を繰りかえしているようだけど、あなたのせいなの? なにをしたのよ?」アスカが遠くから責めたて、近づいてくる。
おれは手をかざして制止した。
「シュートに面を貸すようにつたえてくれ。おしゃべりしよう」
アスカは困惑顔で仲間たちをふりかえった。みながおなじように戸惑っていたが、ただ一人、ミミィは目許を険悪にゆがめておれをにらんでいた。
だぶだぶのローブの袖からするりと魔法のタクトを手に落とし、おもむろに差しむけてきた。
「ふざけてるんじゃあねえですよ。そんなの無理にきまってるです」
つぶやくような声量だったがこの距離でも敵意のにじんだどす黒い声が聞こえた。
まあこうなるよな。嘆息まじりにひとりごちる。
一昨日の教会での顛末は彼らも知っているはずだ。処刑を逃れたおれがシュートを求めて現れたとなっては、意趣返しか、エドガのかたき討ちにきたと思われて当然だ。
ミミィの周囲では白い冷気が凝縮し、無数の氷柱が形成されていた。
シュートの影に隠れがちだがミミィも異名を持っている。氷のいばら。
語感もセンスもわるいが的をいた異名だ。特徴的な赤いローブとやつが得意とする遠距離冷気魔法を、それぞれバラと棘になぞらえているのだろう。
ミミィがその気になったら、おれは数瞬で氷のハリネズミになる。
「待て。覚悟はできてるのか?」
「あん?」
「次に致命傷をうけたら、たぶんおれは死ぬ」
「なにをいうのかと思えば。命乞いですか。みっともないです」
「おいおい。そのつららとおなじぐらい冷静ならわかるだろ。わが身が可愛いだけならとっくに逃げてる。こんなところにのこのこでてくるかよ。親切でいってるんだぜ」
ここまでいってもミミィは怪訝そうに眉根をよせていた。
「人殺しになる覚悟はできているのかと訊いているんだ」
ミミィの眼光がわずかにゆらいだ。彼我の中間で立ちどまったままのアスカやまわりの仲間たちと顔を見あわせる。
これはいうなればおれ自身の命を人質にして交渉しているようなものだった。命乞いではないが、みっともないことに変わりはない。
しかしそのじつは時間稼ぎのこけおどしでしかない。
冷静になって考えればおれの問答が破綻していることなどすぐに気づく。死人の戯言など相手にしなければいいのだ。ギルドに戻るなり、バミュー一派に報せるなりすれば殺しあい云々にかかわらずに済む。
ミミィがいいやつで助かった。やつはバカ正直に相手をして、考え、逡巡した。
つまり隙をつくった。
みなの注視がはずれた一拍の隙におれは足許に立てかけておいたリピーターをひっぱりあげた。
即座に据銃し、ミミィの頭部を照準して撃発した。
「ちなみに、おれはできてる」
死ぬ覚悟も。殺す覚悟も。
膝からくずれ落ちる小さな体躯を照準器ごしに見つめながら告げた。
こちらとしてはシュートとの面談を断られた時点で交渉は決裂していた。ユーザーとして最低限の礼儀をとおすため、ダメもとで話しあいを提案しただけだ。
やることは始めからきまっていた。
まわりのユーザーは時がとまったように凍りついていた。
なにがおきたのかは火を見るよりもあきらかだが、だれも動こうとしない。銃撃に不慣れなものが事態を理解するには時間がかかる。
アスカが無防備に背をむけて赤く明滅するミミィに駆けよった。さすがヒーラーの鏡。しかし兵士としては落第だ。
レバーを操作して空薬莢を飛ばし、次弾を装填する。
アスカの後頭部、栗色の長髪に照星をのせた。
「悪いな」ぼそりと詫びて引鉄をしぼった。
アスカは小突かれたように頭から倒れ、ミミィのかたわらで力なく横たえた。
ようやくほかのユーザーが逃げだした。我先にとギルドの扉へ殺到している。
その背に容赦なく速射を叩きこむ。
あえて一人は見逃した。そいつは無様にけつまずきながらギルドのなかに転がりこんだ。案の定、扉は開けはなったままだ。
机のうえの特製カクテルをひったくり、扉のなかを目がけて投げいれた。
「ちわー。三河屋でーす」
いつものような着発式薬瓶ではない。落ちても割れない金属容器であり、時限式の大規模爆発魔法が封入されている。高威力の防御用手榴弾だ。
発動までの時間はおよそ五秒。
不気味な一拍の静寂、直後、橙の閃光が灰色の街角を染めた。
まるで小型の太陽だ。衝撃波によって雨粒が一瞬で蒸発し、白い層をふちどっていた。爆炎にまかれて重厚なギルドの扉は軽々とふき飛んだ。
「たまやだ。バカ野郎!」轟音に負けじと大声で怒鳴った。
ギルドの受付には現地人がいるので爆発薬瓶に破片は混ぜていない。至近距離で爆風をあびれば壁のシミになる威力だが、殺傷範囲はひかえめといっていい。
それでもスズメバチの巣をつつき女王バチを目覚めさせるにはじゅうぶんなはずだ。伏魔殿の最奥にいる黒衣の優男におれの存在と意図はつたわっただろう。
シュート。さっさと面を見せろ。さもないとお前が大切にしているユーザーが死んじまうぞ。
道標で復活した数人の銀仮面たちがギルドの前で足をとめた。
バミューの姿もあった。粉塵と灰煙が充満するなか、なにごとかと周囲を見わたしている。
魔法使いを照準し撃ち斃した。射程と火力の高いやつから排除する。こんなことに慣れたくはないが、ユーザー殺しの定石になりつつあった。
「まったく。なんて因果だ」数日前は迷宮ではぐれたユーザーを救うために命をはったというのに、今日は積極的に殺そうとしている。
狂信者たちは泡をくって散っていく。しかし大通りに遮蔽物はない。動いたところで的は的だ。可能なかぎり速く精確に撃ちぬく。
さすがにヘッドショットは難しいが、この弾薬なら胴体二発でもダウンはとれる。速射のきくレバーアクションを選んで正解だった。
「銃使い! なんのマネだ! とうとう狂ったか!」
下腹部に被弾したバミューがすっころび、這いずりながらわめいていた。
お前にだけはいわれたくない。しかし気持ちはわかる。はたから見たら乱射魔だ。完全にいかれている。
唐突に好きな映画のワンシーンを思いだした。教職の主人公が生徒に語るのだ。歴史的な偉人はつねに孤独であり、彼らの偉業の影には狂気があったと。
べつに偉業をなしとげるつもりはないし、後世でも気狂いの銃使いとそしられてもかまわない。
ただ、正攻法でミリアンたちを救えないのなら狂気の沙汰におよぶしかない。
狂人も悪役も望むところだ。
「かかってこいよ。一昨日の続きをやろうぜ。こっちのほうが殺しがいがあるだろう」
せいぜい邪悪な声音であおってバミューを射殺した。
リピーターに給弾していると家の裏手から爆音がとどろいた。
路地裏をうろつくのは野良猫と人目をしのぶユーザーだけだ。裏口から侵入しようとした間抜けがおれの罠にひっかかったのだ。
時間的におそらく再出現したミミィたちだろう。
段取り八分。おれの好きな言葉だ。こうなることは予測していたのだ。だてにここをアラモにしたわけじゃない。近接反応薬瓶に古典的なワイヤートラップなどなど、この家の敷地内は罠の密林とかしていた。
性懲りもなく銀仮面たちが駆けつけて路上から軽魔法や矢をとばしてきた。窓枠がふき飛び、天井が焦げる。
何発か身体をかすめた。額から流血していたがかまわなかった。リピーターを突きだして応射する。装填の合間は薬瓶を大盤振る舞いして爆撃をくらわせた。
弱いところを見せたら負けだ。一時でもひるんだら集中砲火で身動きがとれなくなる。最悪、広範囲の重魔法でこの家ごと潰されかねない。
「闇夜に霜がふるごとく」呪文のようにとなえながら撃ちつづけた。
射手に冷静さをあたえる魔法の言葉だ。痛みや恐怖といった外界のあらゆるストレスを遮断し、排莢、装填、照準、撃発を繰りかえすだけの機構となる。
通りの連中と撃ちあっているあいだも家の裏手では罠の爆音が散発的にひびいていた。
高音のまじった特徴的な破裂音が聞こえた。雷魔法の薬瓶だ。裏口のすぐ外にしかけたものだった。着実に近づいてきている。
この挟撃にいつまで耐えられるか。これは我慢くらべだ。
ユーザーの復帰地点である道標の近さは、おれにとって不利であると同時に唯一の勝機でもあった。
復活してすぐにおれから銃撃されることを意味しており、死のサイクルが短いほど保護遮断が発生する可能性が高くなる。
それをおそれたユーザーが身を引くか。シュートが現れるか。その前におれがくたばるか。
どちらにせよ一人では長くはもたない。短期決戦しか勝機はない。
ひやりと。首筋に冷気を感じた。
頭上を仰ぐと天井が白く凍りついていた。みしみしと音をたてて霜が拡がっていく。
なにが起きているのかわからないが、やばいことだけは明確だった。
本能的に部屋のすみにあったベッドに頭から飛びこんだ。
次の瞬間、屋根もろとも天井が割れて巨大な青白い塊がふってきた。
軽自動車ほどもありそうな氷塊だった。危惧していた最悪。重魔法だ。
氷塊は床にめりこみ、そのまま階下まで沈んでいく。蟻地獄のように床板がぬけてベッドがかたむいた。
横転してベッドからはなれ、道連れをまぬがれた。
一階に落下した氷塊は炸裂し、鋭利な氷の破片が渦をまいていた。大量のカミソリの刃を洗濯機にぶちこんでまわしたようなありさまだ。ものの数秒でベッドは木片と布切れに解体された。
床がもろくて命拾いした。あれがこの部屋で起きていたらひとたまりもなかった。
わずかに残った床面に横たえたまま天井にあいた大穴を見あげる。ふちからミミィが顔をだした。
「くそ。めちゃくちゃするな。他人ん家だぞ」たまらずののしったが人のことはいえない。最初に不法侵入して無茶をしたのはおれだ。
ミミィはタクトをむけていたがすぐに射かけてこようとはしなかった。
「……ハンク。あんたほんとにしぶといですね。銃使いがこんなに強いとは思わなかったです」
「強くない。だから罠をしかけたり、いろいろ工夫している」いいながら左手をつっぱって上体をおこした。外套に隠れた右手をゆっくり動かし、ボイドウォーカーの銃把をさぐる。「まあ、じつをいうとそれだけじゃない。思うに、お前らが弱くなっている」
「どういうことです?」
「気づいてないか。エクスデアに囚われ、この世界で生活するようになって、スキルや魔法で人間ばなれした動きをするユーザーは少なくなってきている。不思議とほとんどのユーザーがそのことに無自覚だ」
ミミィは胡乱な表情でおれをにらんだまま口をはさもうとしなかった。
「この世界はおれたちがいた現実にどんどん近づいてきている。ユーザーもおなじだ。アプリだったころの超人としての感覚を忘れつつある。もとよりレベルやスキルに無頓着で銃ばかり撃ってきたおれにはわかる」
ボイドの銃把をにぎった。ホルスターからぬき、じりじりと撃鉄を起こしていく。
「だからこそ、今でもスキルの技名を大声で叫び、人外の挙動をするお前らのボスに話がある。シュートは故意にそうしているんだ。やつはきっとなにか知っている」
「それは……いやです」
今度はおれが黙る番だった。ミミィは目尻に光るものをにじませていた。
「シュートくんだけは変わりません。昔も今も。正義感が強くて女の子にやさしい黒衣の双剣のままなんです。こんなことになったエクスデアでシュートくんだけがアプリだったころのように楽しませてくれるんです。いやなことを考えなくてすむんです」
ミミィの周囲に氷柱が現れた。鋭利な先端は寸分たがわずおれにむいている。おれもボイドの撃鉄を起こしきった。
「だから、あんたのようなやつにわたしたちの理想郷を壊させるわけにはいかない」
「そうかよ。気持ちはわかった。でもそれはまちがいだ」
いやなことも考えなくてはならない。もうここはおれたちの現実なのだから。
タクトを握るミミィの手がこわばって指先が白っぽくなる。
半べその顔から表情が消え、目が昏く冷たく沈みこむ。
ろくでもない覚悟をきめたのだ。おれもおなじ顔をしているからよくわかる。
ボイドを撃った。外套に隠したままのめくら撃ちだ。天井で炸裂しミミィが体勢をくずした。
氷柱が飛んでくる。左腕で胸と首元の急所をかばった。肩と上腕に衝撃がはしり、熱く重い鈍痛が脳天を貫いた。
残りの氷柱は頭をかすめて後ろの床や壁に突きたった。ふらついたことで狙いがそれたのだ。
ミミィは絶叫してタクトをふりあげた。第二陣の氷柱が形成されていく。
撃鉄を起こし、がむしゃらにボイドを連射した。
爆発とがれきの破片にまかれミミィは白目をむいて事切れた。前のめりで屋根から落下し、そのまま一階まで墜落する。
「いってぇな、ちくしょう」ぶっといつららが二本、左腕に深々とくいこんでいた。
歯を食いしばってひきぬく。派手に出血し腕がしびれた。回復の薬瓶をふりかける。傷が癒えることはなかったが、とりあえず血はとまった。
ボイドを太ももの上にのせて右手だけで装填する。ミミィに時間を取られすぎた。窓際の床も崩落している。アラモは陥落した。河岸を変えなければ。
四苦八苦しながら装填を終えて立ちあがったとき、衝突音が響き、部屋のドアがふき飛んだ。
大槌をかついだ銀仮面を先頭に狂信者がなだれこんできた。
彼我をへだてる床の大穴に意表をつかれ、たたらを踏んでいる。
ボイドをはじき、二人を始末したところで弾が切れた。
後続は勢いまかせに穴を跳びこえてくる。それぞれの武器を構えたおもしろ跳躍はショッカーやフットソルジャーのようで滑稽だったが、笑いごとじゃない。
おれは窓にむかって駆けだした。ジャンプ一番、サーカスの火の輪くぐりの要領で窓枠をぬけ、通りにダイブする。ただしサーカスや手品とちがって種も仕掛けもない。
空中でなんとか体勢をととのえ、足から着地することに成功した。
しかし足首がいやな方向に曲がり盛大にすっころんだ。鋭い痛みに下半身の血の気がひく。折れてはいないが完全にくじいた。
路地裏に身を隠すか。ちらりと考えたがまともに走れなくなった足で逃げきれるほどあまくはなかった。
路上には弓手と魔法使いが待ちかまえていた。すぐにおれの意図は読まれ退路を断つかたちで包囲された。
近距離アタッカーは続々と窓から飛びおりてくる。女双剣使いが華麗に着地し、即座に斬りかかってきた。
咄嗟に胸の薬瓶を叩きわり、防御障壁を展開した。
女はぴたりととまった。障壁ごしにのぞきこんでくる。銀仮面のなかの目はサディスティックな嘲笑にゆがんでいた。
外力をあたえなくても障壁は数秒で消える。無理に攻撃する必要はないということだ。ほかの狂信者も群がってきて瞬く間に取りかこまれた。
瞑目し深くため息をつく。ボイドウォーカーを装填し、左手で三十八口径をぬいた。
やすやすと殺されてやるつもりはない。しかし苦しまぎれだ。二挺拳銃でがんばっても二人道連れにできればいいほうだろう。
ここまでだ。無茶も無謀も承知していた。たった一人でよくやったほうだろう。
障壁の色味が薄くなってきた。四囲をかこんだ狂信者たちが武器をふりあげた。鏡開きかよ。ちくしょうめ。
「待て!」聞きおぼえのある野太い大声が狂信者たちを制止した。
バミューだった。銀仮面を押しのけ、おれの眼前に立つとつま先から頭までまじまじと見た。
「ひどいなりだな。銃使い。そうまでして貴様はなにがしたいのだ」
足を引きずり、頭と腕から流血している。腹の傷も開いたのだろう。下腹部がいやに冷たかった。満身創痍だ。
あらためて問われて、いろいろ考えた。ミリアンを助けたい。こいつらの間違いを正したい。真実を知りたい。
深い闇の底で制服姿の警察官が膝をかかえてうずくまっていた。節と血管が浮いた細い手で回転式拳銃をきつく握りしめていた。まるで、だれにも認められなかったおのれの信念を手ばなすまいと穴倉に逃げこんだ子供のようだった。
「正義を」祈るようなおれの言葉に闇のなかの男は顔をあげた。
銀仮面たちは口々におれをさげすんだ。 嘲弄するもの。嫌悪感にうめくもの。罵倒するもの。
しかしバミューだけは表情を変えず、まじろぎをせずにおれを見つめていた。
手ぶりで配下をしずめると声高に鳴った。
「この男の処刑はまだ途中であり、命を預かっているのは処刑人であるわたしだ。手出しは許さん」
この発言には銀仮面たちもおれも目を丸くした。
「しかしバミューさん」
「異論は認めない」
仲間の反駁をさえぎり、おれを見て通りの中央にあごをしゃくった。
「広いところまで歩け。武器も没収しない。正々堂々、決闘で勝負をつける」
いわれるがまま大通りのまんなかに立った。
十メートルほど距離をおき、バミューと正対する。
周囲は銀仮面と野次馬ユーザーにかこまれていた。ギルドの玄関先や窓からシュート一派も顔をだして見物している。
この町のユーザーのほとんどが集まっていた。派手に暴れたおかげといっていいものか。処刑のときとは打って変わって大盛況だ。
しかしこの期におよんでもまだシュートの姿はなかった。
西部劇の決闘のような異様な雰囲気のなか、バミューとにらみあう。やつの意図はわからない。おれとサシで戦うためにもどってきたのかもしれない。
その証拠に左手には見なれない楯を持っていた。バックラーと呼ばれる小型の丸楯だ。
空気がぴーんと張りつめる。合図はなかった。緊迫が最高潮にたっした瞬間、おれは腰の三十八口径をぬいた。
楯をかまえたバミューにむけて引鉄をしぼる。
初動から撃発までおよそコンマ二秒。早撃ちも練習している。距離をあけたタイマンなら負けるきはしなかった。
しかし弾丸はバミューの鼻先で火花を散らしてはじかれた。跳弾が群衆に飛んでいき悲鳴がおこる。
そういうことか。防御障壁が付与された魔法の楯だ。おれと戦うためにわざわざ用意したのだから、ただの楯であるわけがない。
「無駄だ。貴様の豆鉄砲はもうつうじない」
バミューは楯を突きだし、抜刀して突進してきた。
足や剣を握る右手など、楯から遠い四肢を狙って発砲するがことごとくはじかれる。障壁は楯を中心に身体をおおうかたちでドーム状に形成されていた。正面からの攻撃はいっさいとおらない。ボイドウォーカーとおなじくレアな高級装備のようだ。
くじいた足では後退することもかなわず、あっという間に肉薄された。
横なぎの一閃。三十八口径の上側を両手でわしづかみにして左側面を護る。用心金と銃身でかろうじて剣先をうけとめた。
圧し負ける。剣をふりぬかれ、銃をはじき飛ばされた。おれは尻もちをついた。
「たわいない。対策をされたら手も足もでないか。しょせん貴様は不意打ちでなければなにもできない」
耳が痛い。おっしゃるとおりだ。
しかし敵対的な科白とは裏腹に、とどめのために剣をふりあげるバミューの表情にはなぜか落胆が見え隠れしていた。
おれは左足首にまいたホルスターに手を伸ばした。銃身と銃床をきりつめた水平二連散弾銃が挿してあった。近距離用の高火力火器として、二十二口径の五連発から取りかえておいたものだ。
ななめ下から添うようにバミューの楯にあてがい、二つの引鉄を同時にしぼった。
爆音。すさまじい衝撃に血まみれの左手から散弾銃はすっぽぬけた。肘までじーんと痺れて傷口から血がふきだした。
バミューの身がのけぞり、楯を持った左腕がふりあがった。
いかに楯が優れものでもそれを握るのは人間の腕だ。豆鉄砲がつうじないなら大砲を用意すればいい。十二番口径の二発同時発射を片手でまともにうけとめられるやつはいない。
天に障壁楯をむけたことでバミューの胴体はがらあきになっていた。
右手でショルダーホルスターのボイドをぬき、炸裂弾を叩きこんだ。
バミューはゆっくりくずれ落ち、膝立ちになった。
おれは立ちあがり、ボイドの銃口を突きつけて撃鉄を起こした。
視線がかさなる。バミューはすべてを諦観したようなおだやかな無表情だった。
銃をおろすと、銃口に追従してバミューは静かに横たえた。
「バミューさん!」
「銃使い。貴様、これで勝ったと思うなよ」
「次はおれたちが相手だ。ぶっ殺してやる」
狂信者たちがわめき始める。
しかしおれはバミューから目をはなすことができなかった。
硬直するおれを見て、まわりのユーザーも状況を理解したのだろう。あたりはふたたび水をうったように静まりかえった。
バミューの身体は力なく倒れたまま変化しない。赤く明滅していないのだ。
保護遮断だ。
「だめだ! ああぁ、そんな。だめだ、だめだ!」
取り乱した声が静寂をやぶった。
シュートだった。ギルドから飛びだし、人垣を押しのけて駆けよってきた。
「アスカ。蘇生魔法を。急げ!」
名を呼ばれ、アスカが群衆から一歩を踏みだした。しかしすぐに立ちどまってなぜかおれを見た。どうするべきか、指示を求めるような困惑顔だった。
おれは首を横にふった。そもそも保護遮断はユーザーの精神を護るためのセーフティーであり、発動してからも回復魔法が効くようでは意味がない。一度発動してしまえば手の施しようはなかった。
なにより、バミューがそれを望んでいるとは思えなかった。
バミューはか細い声で何事かをうめいていた。膝をつき、顔を近づけた。
「いいんだ……。もういい。このまま逝かせてくれ。保護遮断を試させてくれ」
そのうわ言を聞いてすべてを理解した。おれにとどめをさそうとしたとき、バミューの動作は緩慢であり、必要のない科白をはいていた。そしてあの落胆の表情。
バミューは保護遮断を望んでいたのだ。
どこでその考えにいたったのか。おそらく何度もおれに撃ち斃され保護遮断の可能性が高くなるのに比例して、試したい欲求も高じていったのだろう。
しかし多くのものを従えることになった立場上、危うい方法で自分勝手に離脱することは許されない。決闘のすえに敗れたという構図なら大義名分はなりたつし、楯まで用意すればしめしはつく。
シュートはひざまずいてバミューの腕にすがりついた。
「バミュー。違うんだ。聞いてくれ。保護遮断は無意味だ。ここで身体を失っても現実には帰れない」
その確信をもった言葉に周囲のユーザーは目をむいた。
しかしバミューにはもうだれの声も届いていなかった。
「わたしは、おれは、帰らなければいけない。母さんが病院で待っている。弟もまだ高校生なんだ。おれが稼いで卒業させてやらないと……」
レイドに挑む無謀も、現地人を殺戮する狂気も、現実への帰還を痛切に願った結果だ。バミューも心の弱い一人のユーザーでしかなかった。だれよりも、なんとしてでも帰らなければならない理由があるユーザーでしかなかった。
バミューの目から光が失われていく。現実でも事故や事件で被害者を看取ったとき、何度か目にした。眸の闇にその人物が沈んでいくビジョン。無表情、無抵抗で落ちていく人間はきまって助からなかった。
現実へ帰還するユーザーの旅立ちとはとうてい思えない。
バミューの身体は半透明になっていき、ほどなくして消え去った。
あとにはちり一つ遺らない。これが死だとしたらこれほど残酷なことはない。
シュートは石畳をこぶしで打ちつけて嗚咽をもらしていた。
おれが立ちあがると、ミミィがタクトを突きだして近づいてきた。しかし意外な人物が肩をつかんでとめた。クナイだ。人差し指を唇にあて、ゆるゆるとかぶりをふる。
人垣のリングのなか。さきほどのシュートの聞き捨てならない発言もあり、すべてのユーザーが固唾をのんでおれたちを見つめていた。
意図したかたちではないがようやくシュートと対面することがかなった。種あかしをするにはこのうえない舞台だ。
「迷宮をめざせ。偽りの魂を浄化せよ。あの文字を書いたのはお前だな」
シュートはうなだれたまま観念したようにうなずいた。「……そうだ」
ユーザーたちが驚愕してどよめいた。狂言とされていたおれの言葉が真実であると証明された瞬間だった。
おれはユーザーの仕業であることは最初からわかっていた。最有力容疑者にシュートが浮上したのはつい最近だ。
きっかけは教会でのスーマラ騒動のとき。シュートは女を拘束してでもスーマラをとめようとした。
確信したのはおなじく教会でおれとエドガを攻撃してきたとき。多くを救えるほうを優先するといって、おれとエドガを排除してでも殺しあいをとめようとした。
なにか特別なわけを知らなければあんな強硬策はとらない。
「すべてはユーザーを護るため。保護遮断による消失を防ぐためか」
「そのとおりだ」シュートはゆっくり立ちあがった。充血した目でにらんでくる。「そこまでわかっているのに、こんなに派手に暴れたのか。それがどれだけ危険なことなのかわかっているのか。バミューは消えた。死んでしまったんだぞ」
「バミューが死んだというのなら、殺したのはおれだ。引鉄をひいたことは一生忘れない」
お前はエドガを殺し、おれを刺したことをどう思っているんだ。いってやりたかったが努めて私情を排した。建設的な対話をするまたとない機会だ。苦労してようやくえた。感情的になるべきではない。
「ただ、おれには保護遮断が危険だと断言することはできない。……しかしお前は違うようだな」
シュートは唇をかんでうつむいた。いいたくてもおいそれと公言できない重大ななにかを抱えているようだった。
たえかねた狂信者たちが詰めよってきた。
「待ってくれ。あの文字を書いたのがあんたなら、迷宮レイドやモブ殺しの意味は?」
「あれが現実へ帰れる方法なんだろ? なにか知っているから書いたんだろう?」
シュートはさらにこうべをたれた。痛みにたえるようにかたく目をつむった。
「おちついて聞いてくれ。現実へ帰ることはできない。でもあれはみんなのため、ユーザーのためにやったことなんだ」
「おれたちのためだと? ふざけるな! ずっとおれたちを騙していたのか」
狂信者の一人が身体をふるわせ、銀仮面を地面に投げすてた。
いや、もう元狂信者だ。彼らがあがめていた神の正体は目の前でしょぼくれる年端もいかない少年ユーザーだったのだ。
壁文字には現実へ帰れるなんて一言も書いていない。だから騙したことにはならない。それでも偽りの希望をあたえたのは事実だ。
問題なのはすべてのユーザーを欺くことになる重圧にたえてまでなぜシュートはそんなことをしたのかということだが。
身を粉にして踊らされた連中が冷静に話を聞けるわけがなかった。
元狂信者たちがシュートにつかみかかった。武器を使わずに殴ろうとするあたりが人間的な激情をあらわしているようだった。
ミミィをはじめ、シュート一派が割りこんでとめようとする。
もみくちゃだ。剣と魔法のファンタジーアプリの世界とは思えない。ひどく無様な乱闘騒ぎだった。
おれはボイドを空にむけて撃った。轟音に首をちぢめたユーザーは強制的にしずまった。
「質問しているのはおれだ。気持ちはわかるが順番をまもってくれ」
硝煙たなびくボイドをちらつかせて周囲を威圧してから、あらためてシュートを見た。
「どうしても一つだけ納得できない。なぜ現地人の虐殺を示唆するようなまねをした。迷宮をめざせは理解できる。保護遮断以外の希望をあたえるという意味ではいい案だとさえ思うよ。しかし偽りの魂云々は……ナンセンスだろう」
「……教会でもいったはずだ。この世界はアプリだ。アプリのままでなくてはいけないんだ。モブが自我を持ち、おれたちが現実とおなじような身体になるなんて、あってはいけない」
口ぶりから察するにシュートもエクスデアがどんどん現実に近づいていることはわかっているようだった。そしてそれを回避しようとしていた。
「なぜだ? なぜそうまでしてエクスデアの変化を嫌う。現地人の虐殺で変化をとめられるのか?」
「変化をとめられるかはわからない。だがほかに案が思いつかなかった。おれたちユーザーが生き残るためにリスクは減らしておくべきだと思ったんだ」
「リスク?」
「ハンク。お前ならわかるだろう。モブたちが自我を持ち、団結したらどうなると思う。まっさきに排除されるのは異人。つまりおれたち、ユーザーだ」
「おれたちが迫害される前に自我を持った現地人を排除したかったということか」
「お前はユーザーでありながらモブと仲がいい。大使のような存在だ。だからお前と親しくしようとしていた。しかしもう時間がないことがわかった。迷宮レイドではぐれたユーザーを救助したときだ。デイライト・レイスに協力してもらったんだろう。モンスターでさえ自己を持ち始めている。末期だと思ったよ」
シュートはいいながら腰の剣に手を伸ばした。
「おい。シュート。やめとけ」おれはボイドを握った。
「ユーザーが生身の身体になって弱体化していくなか、もし戦争になったら多勢に無勢だ。きっとおれたちは生き残れない」
シュートは剣をぬいた。ねっとりとした総毛だつような鞘鳴りが響く。
おれはボイドを眉間に突きつけ、引鉄の遊びを殺していたが、しぼりきることができなかった。
「おれがやったことはすべてユーザーのためなんだ。お前にもいつか理解できるだろう。そのときまですこしお別れだ」
シュートは短剣を自分の首に突きたてた。漆黒の刃は細い首を貫通していた。
しかし出血はない。シュートはくずれ落ち、その身体は明滅を始めた。
突然の出来事を理解できず、しばし茫然とシュートの身体を見つめていた。口が動いていることに気づき、顔を近づけた。
シュートはおれにだけ聞こえるような小さい声でいった。
「ハンク。おれたちはこの世界で生きつづけなくてはならない。もう現実へ帰ることはできないのだから。絶対にな」
「なんだと? なぜそういいきれる」
「なくなってしまった場所にはどうやっても帰ることはできないだろう」
シュートの身体は消えた。
まわりのユーザーはシュートの意図を察して駆けだした。行動不能による転送で道標へと飛び、ここから逃れようとしているのだ。
方々から戻ってきたユーザーが口惜しげに空振りを告げるなか、おれはその場から動くことができなかった。
シュートの最後の言葉が呪いとなって、際限なく頭のなかで繰りかえされていた。




