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町の郊外にある小高い丘をのぼる。
ひさしぶりに今日はよく晴れていた。心地いいそよ風が草のかおりを運んでくる。
丘の頂上には大きな木があり、その根元には石の墓標が二つあった。
町から近く、見晴らしもいい。ユーザー用の墓所として急遽つくられたにしては上出来だ。
墓所には先客がいた。エドガの仲間たちだった。
無言で会釈をかわし、おれはエドガの墓石の前で膝をついた。
すまなかったな。ありがとう。心のなかで告げてエールの酒瓶を供えた。
「彼、下戸よ」エドガの仲間の一人、短髪の女が声をかけてきた。
「マジか。軍人だって聞いてたから酒飲みだと思ってた」
「偏見ね。あと正確には元軍人。わたしたち、民間軍事会社の傭兵なの」
PMCSオペレータというやつだ。彼らが異国の人間であることはわかっていた。量子演算がつくりだした電脳世界では国籍と言語の壁はないにひとしい。それでもすこし会話をすれば同郷でないこととカタギでないことはわかる。
しかし傭兵は予想の斜め上をいく事実だった。
「なんでまた傭兵がエクスデアに?」
「じつは仕事なの。エクスデアのテストプレイ募集には一般枠だけではなく、特殊な企業枠もあった。いろんな人種を集めてデータを取りたかったのでしょうね」
「なるほど。それで戦闘民族枠としてあんたらに声がかかったのか」
戦闘民族という冗談がどのようなニュアンスで伝わったのかわからないが、女は控えめに笑って肩をすくめた。
「現役の職業軍人となるとスケジュールがあわないだろうし、国家間のしがらみもあるからね。社内でも取りあいになるぐらい楽な稼ぎになるはずだったのだけれど……」
「まさかこんなことになるなんてな。……エドガに家族はいたのか?」
知るべきではないとわかっていたが訊かずにはいられなかった。
家族を想ったバミューの最期の言葉は魚の骨のようにおれの頭のなかのやわらかい部分にひっかかっていた。
エドガたちも迷宮レイドに積極的に参加していた。きっと傭兵の業務としてだけではなく、それぞれに現実へ帰らなければならない理由があったはずだ。
しかし女は瞑目して首をふった。
「あなたが気にかけることじゃない。わかっておいてほしいのは、わたしたちも彼も、だれかに命じられることなく自分の意思で正しいことができたということ。彼はきっと満足している」
おれは今一度墓石を見おろした。
もう一つの墓は迷宮で死んだルーキーのものだ。花束が一つ供えられていた。すこししおれている。彼の友好関係は知らないが、スーマラ騒動で拘束された女が解放されたあとに供えたのかもしれない。
これ以上、ここに墓が増えないことを祈るばかりだ。
「あなたはこれからどうするの?」
「さあ。とくにきめてない」
シュートは失踪しバミューは消失した。ギルドの一派と狂信者、町の二大勢力は自然消滅し、迷宮攻略も現地人狩りもなくなった。もはやレイド組もタウン組もなく、残されたユーザーは茫漠と無為な時間をすごしているような状態だった。
偽りのものだったとはいえ、みなから希望を奪ったのはおれだ。バミューを手にかけ、大勢のユーザーを相手に大立ち回りをした事実もある。
正直、この町に住みつづけるのは気が重かった。
「よかったらわたしたちとこない? 旅をしようと思うの。各地の町やお城をめぐって現実へ帰れる方法と黒衣の双剣の行方を探すつもり」
魅力的な提案だった。彼ら以上に頼りになる仲間はいない。なにより、変人銃使いに声をかけてくれるユーザーは金輪際あらわれないかもしれない。
しかしおれは丁重に断った。
女はがっかりするふうでもなく、なぜか満足そうに笑った。
「やっぱりね。ふられると思ったわ。それじゃあ、ローン・レンジャー。縁があったらまた会いましょう」
エドガのパーティーは去っていった。
入れ違いでミリアンが丘をのぼってきた。エドガの仲間たちと抱擁し別れをおしんでいた。短い逃亡生活ですっかり仲良くなっていたようだ。
ミリアンはエドガの墓に花束を供え、両手を組んで目をつむった。
しおらしい仕草でぜんぜん似合わなかったが空気を読んで茶化さなかった。
ミリアンは立ちあがり、なぜかおれをにらんできた。
「なんだよ。その目は」
「……あんたもどっかにいくなんていわないよね」
「どうだかな。ノーコメントで」
ごまかして後ろ手をふって去ろうとしたら、ミリアンが後ろから抱きついてきた。
「えっと。あの、ミリアンさん?」たまらずしどろもどろになる。
「……ありがと。あんたがしてくれたこと、あたしたちは一生忘れないよ」
ミリアンは呟くようにいって、いきなりおれを突き飛ばした。
「おい。なんなんだよ。情緒不安定かよ。生理か?」
「セクハラ野郎。いうにことかいてそれかよ。信じらんない」
ミリアンはいつもの調子にもどってひとしきりおれをののしると、手提げの鞄から竹編みの桶を取りだした。木製の蓋もついている。
「ほら。これ」ぶっきらぼうにさしだしてくる。
「なにこれ? 爆弾?」恐るおそるうけ取る。わりとリアルに爆弾ぐらいの重みがあった。
「うっさい。その容器高かったんだから、ちゃんと返しにきなさいよ」
吐き捨てるようにいってミリアンは大股でずかずかと帰っていった。
蓋を開けてみると卵雑炊がぎっちり詰まっていた。まだほんのりあたたかい。
「弁当に雑炊って。新手のいやがらせかよ」
愚痴ってみたが、これが彼女なりの最大限の贈り物であることはわかっていた。そしておれが町をは去ることを予感したからこそ弁当を用意してくれたのだろう。
「そろいもそろってこんな男のどこがいいのかしら。理解に苦しむわ」
頭上から女の冷淡な声がふってきた。
仰ぎ見ると、クナイが巨木の枝にぶらさがっていた。器用につま先を枝にひっかけ、コウモリのように逆さになっている。
「お前、いつからいたんだ」
「二時間ぐらい前から。どうせここにくるだろうと思ってね」
「暇なのかよ」
クナイは足をはなし、空中で一回転して音もなく着地した。
「わたしの素性についてはもう察しているかしら」
「さあな。素性は知らないが目的はわかっている。この町の壁文字について調査していたんだろう」
迷宮をめざせ。例の文言の影響はこの辺鄙な町にとどまらない。ほかの町にいるすべてのユーザーを駆りたてた。しかしだれもかれもが盲目的に信じたわけではない。当然、疑ってかかる人間もいる。
「ご名答。もう隠す理由がないから教えるけど、わたしは王都の対策委員会から送りこまれたの」
「へえ。間諜みたいなまねもするんだな」
真偽を調査するためにクナイは町の最大勢力であるシュート一派に潜入したということだ。納得できる話だった。
「委員会はあなたが想像するよりもはるかに熱心なのよ。そこで、一つだけどうしても聞いておきたくてね」
クナイがぐいっと顔を近づけてきた。無表情がどアップになる。
「シュートは消える間際、なにかいっていた?」
いっていた。はっきりと。忘れることはできない。あれが事実であろうとなかろうと口にすることはためらわれた。きっとシュートとおなじように。
おれは無言で目をそらしてしまう。クナイは意外にあっさりと顔をはなした。
「まあいいわ。ハンク。あなた、王都に出頭してもらうわよ」
「はい? 出頭ってなんだよ」
「わたしの上司への報告につきあってもらう。当事者のあなたから顛末を語ってもらう必要がある」
「いやだ。断る」
「なんですって。どうせ町をはなれるつもりだったのでしょう。ほかにいくあてもないくせに」
「いくあてがないからって好んで面倒くさそうなところにいくやつがあるかよ」
クナイは腕をつかねて冷たく目をほそめた。女帝の睥睨だ。そっちのけがあったら鞭を乞うところだ。
「これはあなたのための提案でもあるのよ。ユーザー殺しの噂はきっとすぐに広まる。あなた、下手したらお尋ね者になるのよ。一人では長生きできない。それに委員会は秘密裡にシュートを追跡することになる。あなたの目的と一致しているでしょう」
「まあな。考えておく」
クナイはこれ見よがしに舌を打った。
「準備ができたら声をかけるから。逃げるんじゃないわよ」
クナイもいなくなってようやく一人になれた。
腰をおろしてぼーっと空を見あげる。エクスデアの空は、かつて理想郷とされていたころとおなじように嫌になるくらいおだやかだった。
これからどうするのか。なにもきめてはいないが、おそらく一人で旅をすることになるだろう。クナイには悪いが委員会とやらは願い下げだ。でかい組織に属するのはもうまっぴらだった。
仲間も後ろ盾もないがだいじょうぶ。ピンチになったときのために白日の月を持っていこう。
今はとりあえず、腹がへった。
あたたかいうちに卵雑炊をやっつけてしまおう。
ご愛読ありがとうございました。




